第03話 「私の家で住み込みの家庭教師をしない?」
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「私の家で住み込みの家庭教師をしない?」
「……おん?」
思わず変な声が出てしまった。それも仕方ないだろう。どうして、これから俺が佑奈の家で住み込みの家庭教師をするんだ?
「どしたの? そんな変な声出して」
不思議そうな顔で佑奈が俺のことを見ている。だが、佑奈はそんな俺の疑問を知ってか知らずか、無視して続きを話し始める。
「仕事内容は、当然だけど勉強を教えること。隆弘の成績なら問題ないと思うし」
「そりゃあ、まぁ……」
自慢じゃないけど、これでも名門進学校でトップの成績を獲得している。多分だけど教えるうえで、学力が足らないってことはないと思う。
「待遇としては、衣食住の保証は勿論、光熱費や医療費等、もろもろ生活に関する費用はこっちが受け持つよ。あ、当然だけど学校も辞めなくていいからね。それに、お父さんがお給料も出してくれるって言ってたよ。確か……月100万だったかな?」
「月100万!?」
「あ、少なかった? まぁ、もっと欲しいんだったら──」
「いやいやいや! むしろ、多すぎるって!」
一介の学生からすれば好条件どころか、破格の待遇だ。というか、どうしてそこで、足らないとかっていう発想になるのさ!? 安い棒が何個、買えると思ってるんだよ!
「どうして、俺にそこまで……」
だからこそ、分からない。どうして、住み込みでバイト? そりゃあ、施設に入れられるくらいなら佑奈の家の方がいいに決まってるけどさ! 流石にタイミグが良すぎる。
「はっは~。隆弘は私と同棲することに照れてれるんだ~!
何を勘違いしたのか、佑奈は少し嬉しそうだ。
「いやー、可愛いねぇ……ほれほれ」
意地の悪い笑みを浮かべながら、佑奈は人差し指で俺の鼻を撫でてきた。
「おい……」
「なーに? 今更、照れてるの?」
したり顔のような、嬉しそうな表情で俺に尋ねてくる。
この鼻を指で撫でる仕草は佑奈のクセのようなものだ。俺はこの行為がマーキングのようなものだなと漠然と思っている。小動物が自身のにおいを残すような感じだ。
「う、うるさい……」
いくら幼馴染といえど、これはいささか距離が近づきすぎるような気がする。華奢で小動物っぽい佑奈だからこそ妙にはまっているが、普通に考えて異性にする行動ではないような気がする。
「まぁ、悪ふざけはこれくらいにしてバイトの理由でしょ?」
佑奈の言葉に頷く。というか、分かってたのなら理由について教えてよ。
「葬式の日にさ、隆弘に連絡したんだよね私。家族葬だったから、私達は顔出せなかったし、どうしても心配でね。そしたら隆弘は連絡に出なかったから、落ち込んでるんだろうから助けが必要なのかなーって思って」
だから、秘密基地で再会したときに「助けに来たよー」だったのか。
「なんとか隆弘を見つけたと思ったら、体調不良で倒れちゃったでしょ? 看病するためにも、一晩、家で預かる連絡をしたらさ……」
そこで佑奈は一度、言葉を区切る。まるでこみあげてくる怒りをこらえるために、一息置いているかのようだった。
そこで知ったんだろう、俺と親戚連中の関係を。
佑奈は唇を強く噛みしめ、きつく手を握りしめていた。
「だから決めたんだ。隆弘の価値が分かってないやつなんかに……絶対に渡すもんかって」
確かな決意を持った佑奈の声が静かに部屋に響く。静かだからこそ、佑奈の気持ちの大きさが伝わってくるようだった。
「だから、家で住み込みのバイトなんだよ」
ようやく、いろいろなことが腑に落ちた。佑奈が俺のことを見つけた理由も、住み込みでバイトを紹介してくれた理由もだ。
「引き受けてくれたら、後見人にはお父さんがなってくれるよ。これで、親戚の人たちは隆弘のことで干渉できなくなるし。家では、『真白』の性も名乗れる。隆弘が不便することは何一つないから。隆弘は隆弘のままでいれるんだよ」
話をまとめるように、佑奈は俺が気になるであろうことを、すべて話してくれた。
「佑奈……」
確かにいい話だ。けど、いい話過ぎる。だからこそ、少し迷ってしまう。俺は佑奈が差し伸べる手を掴んでもいいのか……。
「隆弘さー、もっと単純に考えなよ?」
佑奈が俺の顔を覗き込んできた。
「今まで通り、学校に通いながら住まいと仕事が手に入るんだよ? しかも、可愛い幼なじみと一つ屋根の下で同棲できてラッキー! ──って思うぐらいでちょうどいいんじゃい?」
「……っぷ、あはは!」
佑奈と目が合ってしまうとなんだか迷っていた自分がアホらしくなって思わず笑ってしまった。
一瞬、目を大きく見開いていた佑奈だが、俺の言うことを察したのか、すぐに大人びた微笑へと切り替わった。
「そうだよな。ラッキーくらいでちょうどいいのかもな」
「そーだよー、お金持ちの幼なじみがいることに感謝だね」
「ああ、佑奈ありがとうな。けど……顔真っ赤だぞ」
どう考えても、自分のことを可愛いいとか無理して言ってたんだろ。
「うそっ!? うっ……本当だ……」
スマホ画面で自分の顔を確認する佑奈。現状の自分を把握すると、自身の羞恥心に火が付いたようだ。 その証拠に、顔だけでなく、耳まで赤くしていた。
「確かに、お金持ちで可愛い幼なじみがいることに感謝しないとな?」
せっかくなので、鼻を撫でられた件について反撃してみる。
「もおー! 勘弁してよ隆弘ぉ~。こっちだって、恥ずかしかったんだからさっ!」
すると、わかりやすいくらいに動揺していた。
いやぁー、こんな佑奈の反応を見れるなんてゆかい、ゆかい。
小さい頃からいつも佑奈が、俺のことをからかう理由が分かったような気がする。
「いじった俺が言うのもなんだけどさ、そんなに恥ずかしがる必要あった?」
「……私がする分にはいいけど、される分には慣れてないの。隆弘のバーカ! バーカ!」
頬はまだ赤いままだったが、答えてくれた。心なしか言葉が幼くなっているような気がするけど。
「それで……家庭教師引き受けてくれるの?」
話をそらすように、改めて佑奈は問いかけてくる。
佑奈の家と、親戚連中が選んだどこか分からない施設。考えるまでもないよな。
「うん、よろしくお願いします」
俺は佑奈の差し出してくれた手を掴むことにした。
母さんを楽させるために頑張ってきた俺の学力が活かせれるのだから。頑張ってきた意味というのもあるものだ。活かす道を用意してくれた佑奈には感謝してもしきれない。
「よかったぁー。隆弘に断られたらどうしようって思ってたから」
ほっと、安堵したように佑奈は胸をなでおろしていた。普通、そこは俺が喜ぶところだというのに。
「それで、誰に教えたらいいんだ?」
「ん? それはね私」
「まぁ、そうだよな……」
小学校の頃から、佑奈の成績が良かった記憶ないし。
「おいこら。そこはもうちょっと──」
その時だった。
コンコン、とドアをノックする音が聞こえ、誰かが入ってきた。
「失礼するよ」
しゅっとした体格で、人の良さそうな顔をしている男性が入ってきた。
「お父さん、どうしたの……?」
「隆弘君に、少し挨拶をしたくてね」
部屋に入ってきたのは佑奈のお父さんだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
明日の投稿も20~21時の間になりますので、お待ちください。
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