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第02話 「不安も傷も私が包んであげるから」

 意識が宙に浮いたフワフワした感覚だった。場所は母さんと二人で暮らしていたオンボロアパート。


 周囲は真っ暗で何もなかった。ただ、延々と暗闇が広がっているだけ。


 今の俺よりも、小さい俺が座って母さんの帰宅を待っていた。

 これは夢の中だ。どうしてかは分からないが、昔の記憶を思い返していた。


 ただ、母さんが返ってくることはない。

 目の前の現実に気づくと、体の芯から震えさせる寒さが、辛さが、悲しさが襲ってくる。


 だけど、それは一瞬だった。体の震えが止まったから。


 理由は手にあった。柔らかくて、優しくて、慈しみがあって。そんな温かさが、手から胸の中に広がってきた。


 これは夢じゃなかったのだろうか……分からなくなってきた。

 そのまま俺の意識は──。


          ※


「……どこだ、ここ?」


 目を覚ますと、クルクル回るプロペラの付いた照明器具が目に入った。お金持ちの家にあるやつだ、あれ。


「あ、起きた、隆弘?」


 俺の目の前には、幼なじみの黒沢佑奈くろさわゆうながいた。

 黒髪で、丸みのあるショートヘア。華奢で小柄な体形に、やや釣り目気味な瞳がどこか小動物っぽさを連想させる。


 佑奈とは腐れ縁とも呼べる仲で、幼稚園の頃から高校に入った今でも付き合いがある。あまつさえ、クラスまでもがずっと一緒だ。


佑奈ゆうな? どうしてここ──」


 言いかけたところで思い出した。そうだった。雨に濡れたところで佑奈と出会って……その後、どうなったんだっけ?


「ここは私の家だよ。急に倒れるから心配したんだからね」

「そうだったのか……ありがとう」


 唇を尖らせている佑奈にお礼を言う。

 言われてみれば、頭はまだボーッとするし、体も少し重い。


 そりゃあ冬空の中、雨に打たれたんだから体調崩すか。


「まだ、夜中の三時だから寝てていいよ。それともお水か何かいる?」

「いや、大丈夫」


 今は食欲とかも特にないし。そう返事したところで気づいた。


「今、夜中の三時ってことは……ずっと看病してくれてたのか?」


 俺が葬儀場を飛び出したのが19時くらいだった。秘密基地にいのが20時だとしても、少なくとも三時間以上は傍にいてくれたってことに……。


「? そりゃあ、勿論。だって目を覚ました時に誰もいなかった寂しいでしょ?」


 さも当然と言った風に佑奈は答える。


「それに、ほら!」


 そう言って、佑奈の視線が下がる。追いかけた先は俺の手元だった。

 佑奈が俺の手を握っていた。


 そうか……夢の中で温かさが広がったのは佑奈のおかげだったのか。


「風邪の時って、どうしても心が弱くなるから楽になるかなーって。エヘヘ、ドキドキした……って、どうしたの!?」


 頬を赤く染めながらも、佑奈はどこか嬉しそうに話していた。しかし、それは一瞬のことだった。すぐに、驚愕の表情に変わったからだ。


「え……?」

「気づいてないの? 頬の涙に」


 指摘されて初めて気づいた。頬に手を触れると、冷たい感触があった。 

 何で泣いてるんだ……葬式のときだって泣かなかったのに……。


「大丈夫……私がいるよ……」


 佑奈の静かで優しい声が耳元で聞こえてきた。

 気付けば、いつの間にか佑奈に抱きしめられていた。


「不安も傷も私が包んであげるから、何でも話してよ」


 まるで俺の背中を優しく押すかのようだった。

 幼なじみだからなんだろうか。


 たったそれだけのことで、佑奈なら全部を受け止めてくれるから話しても大丈夫だと思えてしまった。


「当たり前のことだけどさ……俺のことを心配してくれる人も……まだ、いるんだよな……」


 頭に浮かぶのは、俺のことを邪険に扱う親戚連中。葬儀の間ずっと、一緒にいたせいでそんな当たり前のことも忘れていた。


「当たり前じゃん……隆弘のことを大切に思ってるのは、隆弘のお母さんだけじゃないんだよ」


 佑奈に頭を優しく撫でられる。

 一度、口を開いてしまえば止まらなかった。


「どうしよう、佑奈。母さんもいなくなって……俺、一人になっちゃった……」


 突き付けられた現実を言葉にすると、足元から崩れ落ちてしまいそうな錯覚に陥る。手は震えるし、視界だってボヤけてくる。


「それに……まだ、母さんに何も返せてない……早く就職して楽させてあげたかったのに……いっぱい恩返ししたかったのに……うっ、うぅ……」


 頬を涙が伝う涙が止まらなくなってきた。


「隆弘はたくさん頑張ってたもんね。成績上げて、バイトもして。でもね、何も返せてないっていうのは違うと思うよ?」

「え……?」


 思ってたのは違う言葉が返ってきたことに驚いた。


「だって、それだけ一生懸命だった隆弘の気持ちが伝わってないはずないもん。多分だけどさ、その気持ちだけでも嬉しかったと思うよ?」


「そうかな……でも、そうだったらいいな……」


「それにさ、一人になったっていうのは違うよ。だって、ここに私がいるじゃん。隆弘の傍で……体温を、気持ちを分け合える私がいるんだから」


 俺の頭を撫でながら、佑奈が優しく話す言葉の一つ一つが染みわたる。

 佑奈が傍にいてくれて本当に良かった。そうでないと、絶対に悲しみに押しつぶされていた。


「うっ……ううぅぅ……」

「今は、たくさん泣いときなよ。涙が止まるまで、ずっと抱きしめてあげるから」


 それから俺が落ち着くまで、ずっと佑奈は頭を優しく撫でてくれた。


 ………………

 …………

 ……


「佑奈、ありがとうな」


 落ち着いた頃、改めて佑奈にお礼を言った。

 感謝してもしきれない。


「これぐらいなんでもないよ」


 苦笑しながら、佑奈は返事をする。


「それでさ、隆弘のこれからについてなんだけどさ」


 そう言えば、佑奈はまだ知らないか。俺がこれから施設に引き取られるであろうことを。


 引き取り先が決まったら連絡しとかないとな。

 寂しくなるが、これっばしかは仕方ない。


「ああ……それはだな──」


 俺が説明しようとしたら


「家で住み込みの家庭教師をしない?」


 予想外の言葉を突き付けてきたのであった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

明日の投稿は20~21時の間になりますので、お待ちください。


ここまでで面白い、続きが気になると思って頂けたら、ブクマ・評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)していただけると大変、励みになります。

どうか、よろしくお願いします。

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