第01話 「遅くなってごめんね、助けに来たよ!」
「こんな子、引き取りたくないわ。日高さんの家で引き取れないの?」
「家は無理だ。そもそもで引き取りたくない。桜井の家は?」
「こっちだって、年頃の娘がいるんだよ。他人の子を面倒見てる余裕なんてねーよ」
礼服を着た大人たちの会話が、嫌でも耳に飛び込んでくる。よくもまぁ……本人がいる前でこんなシリアスな話ができるもんだ。
話の内容は誰が俺──真白隆弘を引き取るのか。
たった一人の家族である母が病死すると、訃報が親戚連中に飛び込んだ。それから葬儀が手配され、母さんは見送られた。
そして葬儀の日からずっと、身寄りが無くなった俺の押し付け合い合戦が繰り広げられているわけだ。
(人生初のモテ期が来たよこれ……)
心の中でそっと自嘲してみた。だからと言って、何かが変わるわけでもないが。
「というかこんなガキ、誰も引き取りたくねーだろ」
「それもそうだな……すぐにでも受け入れてくれる施設を当たってみるか」
「そうね。その子のためにも、それが一番いいわ」
葬儀の日からずっと色々言われてきたが、どれも建前だろう。なぜなら親戚連中は母さんのことを煙たがっていたからだ。
俺が中学生の頃の話だ。
正月の集まりに出た時、母さんは親戚の年寄りにセクハラされたことが発端だった。負けん気の強い母さんだからこそ、揉めるのはすぐだった。
だが、相手が悪かった。なぜなら、親戚連中を取りまとめており、威光が一番強い存在だったからだ。
誰も逆らえず見て見ぬふりをした結果、なぜか全て母さんが悪いことにされてしまった。そのため、俺を引き取るということは、眼をつけられることを意味している。
これが、母さんと俺を煙たがっている理由だ。
なんとも反吐が出るような話だ。
俺は同じ空間にいるのが耐えられなくて、気づけば外に飛び出していた。
季節は十二月。凍えるような寒さがあったが、さっきの場所よりはましだ。
どうせ誰も俺がいなくなっても、気がつかないはずだ。むしろいなくなった方が、余計な手間も省けて喜ぶかもしれない。そう卑下するくらいには、俺も打ちのめされていた。
当てもなく、身体を引きずるようにして歩く。随分と歩いていたようであたりは真っ暗になっていた。
「ったく……行きついた先がここかよ」
ここは小さい頃に幼なじみと一緒に作った秘密基地だった。と言っても、児童公園にある雑木林の開けたスペースに椅子を置いただけの場所だが。
高校生になった今でも残っているとは思わなかった。椅子に腰を下ろして、今後のことを考えてみる。
寒さにさえ目を瞑れば、考えることに集中できるはずだ。
「あーあ……せっかく勉強頑張ってきたのにな……」
自嘲気味に呟く声には闇に呑まれていくだけだった。
俺の父親は物心つく前からいなかった。そのため、家族と呼べるのは母さんだけだった。
父親がいない理由は聞いたことないので分からないが、あまり気にしていなかった。
母さんとの生活で十分すぎるくらいに俺は幸せだったからだ。だからこそ、苦労して俺のことを育てている母さんを楽させてあげたかった。
そのために、名門進学校で学費免除の特待生制度を勝ち取るだけの勉強をした、高校に入るとバイトだって始めた。そして、できるだけ早く就職するつもりだった。
「まぁ、頑張った意味なかったけどなぁ……」
そして、葬儀の日からずっと心が凍ったままだ。あれだけ大切に思っていた母さんの遺体を前にしても涙が出ることはなかったからだ。
「施設に入れられたら、今後、佑奈にも会えなくなるんだよなぁ……挨拶しとかないと」
先ほどの親戚連中を見てたら、すぐにでも俺は施設に入れられるだろう。だからこそ、幼なじみだけには別れの挨拶をしようと考えた時だった。
ポツポツと雨が降り始め、一気に勢いは強くなる。
「別れの挨拶をする時間すらくれないのね……」
もはや、鼻で笑うしかなかった。体に当たる雨と真冬の寒さが体温を奪っていく。
仕方なしに、葬儀場へ戻ろうとした時だった。
「やっと見つけた……」
後方から、安堵したような声が聞こえてきた。
すると次の瞬間、雨が体に当たらなくなった。
「えっ……?」
視線を上にあげると、頭上で傘が広げられていた。
「こんなところにいたら風邪ひくよ?」
優しくて温かい声だった。
状況が、状況だったからだろうか。打ちのめされていたからだろうか。
よく見知った相手のはずなのに、女神か天使のように見えてしまった。
それでも絞りだようにして、相手の名前を呼んだ。
「佑奈……?」
「そーだよー、隆弘の幼なじみの佑奈だよー」
微笑みながら、俺の幼なじみが手を振っていたのだった。
「遅くなってごめんね……助けに来たよ!」
その姿を見た瞬間、なぜか身体から急激に力が抜けてしまった。
そういえば、ろくに寝てなかったし、ご飯も食べてなかったっけ? そんなことを思い出していると、視界が真っ暗になってしまった──
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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