ある英雄とある少年
24時間以内の投稿で、二本目になります。
ボルトニア王国の新王が即位してから一年が経った。
王位を巡る王子達の争い。
その最後に起きた、不可侵条約を破り進軍して来たスパニーナ帝国と、イブラン王国との戦争。
ボルトニア王国にある多くの村や町が焼け、多くの国民が老若男女関係なく、その命を落とした。
そして今、奇跡的に戦火を免れた王都大劇場では。
満席となった客席から、舞台の上へと、熱い視線が向けられていた。
『王位を争う愚かな三人の王子達』
『常に血に濡れた剣を携える、野蛮なる第一王子』
『策略を巡らし、毒を持ちて暗闇に笑う、冷酷なる第二王子』
『優しい微笑みの仮面を被り、しかしその下に、肉親さえ切り捨てる素顔を隠した、卑劣なる第三王子』
『病に伏せる王は、次の王を決めることなくこの世を去った』
『それがこの国に訪れた、災禍の始まりであった』
『美しき麦の穂の波は、恐ろしい炎の海となった』
『私達の愛する故郷の町は、鉄の靴と鋼の車輪に踏み潰された』
『私達は絶望した』
『私達は聖霊に祈った』
『そして、奇跡が起きた』
『風の聖霊【カロペー】に導かれ、一人の男が現れた』
『彼の名は【翔砲騎 グレーベル・グスタボ・フェルナンデス・セレーゾ】! 偉大なる予言者であり、至高の剣聖である【正逆のイノリ】の教えを受けた、誇り高き英雄!!』
「「ワアアアアアアアアアアッ!!」」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!
……。
……。
劫亢の座との戦いを終え、王都に帰還したグレーベルは、義弟セザルに先導されて、王城の中を歩いていた。
「なあ、怒ってる?」
「まさか。英雄の帰還を喜ぶ事はあっても、怒るなんて事、ありはしないだろう?」
「ハハ、デスヨネ……」
振り返り、爽やかな笑みを返したセザルに、グレーベルの背中を、冷たい汗が流れ落ちた。
(やべえ、マジ切れだ……)
普段のセザルは劇の役者のように、キザったらしい二枚目だ。
しかし切れた時、その胡散臭い笑みは、まるで好青年のようなものへと変わる。
『ギッ』
「あ、こら、出て来るな」
グレーベルの右ポケットから、一匹のヤドカリが這い出てきた。
器用にグレーベルの頭へと登り、そのハサミの一つをセザルへと向ける。
『グー、コレ、敵?』
「敵じゃない敵じゃない。こいつは義弟で友人のセザルだ。俺の友人はお前の友人。だからお前を食べない、オーケー?」
『ワカッタ』
そう言って、グレーベルの懐の内ポケットへと帰って行った。
「へえ、言葉をしゃべる魔獣なんて珍しいな。魔力の感じから成り立てかな?」
「あ、ああ。そんなとこ……」
「弱獣のようだし、お前だから大丈夫だろうがな。しかし、一応ここは王城だ。そこは注意してくれよ」
「わ、分かってる、分かってる。こいつは無害だし、下手は打たないさ」
「ったく、本当にお前は変わらないな。見た目はおっさんになっても、中身はガキのままだ」
「おい、ちょっと待て。まだ俺は三十二だぞ」
「完膚なきまでにおっさんだ。と、着いてしまったか。説教してやる積りだったんだけどな」
グレーベル達の目の前には、謁見の間に続く大扉があり、四人の兵士がそれを守っていた。
「少佐、劫亢の座の討伐おめでとうございます!!」
「我が国、いえ、この北西大陸広しといえど、劫亢の座に勝てるのは英雄【翔砲騎 グレーベル・グスタボ・フェルナンデス・セレーゾ】少佐だけであります!」
「少佐こそ、英雄の中の英雄! 聖騎士の中の聖騎士です!!」
「あなたこそ、聖霊の祝福そのものです!!」
彼らの純粋な、尊敬を超えた崇拝の眼差しを受け、グレーベルは思わず両手で頭を抱えた。
「どうした?」
「い、いや。魔力切れで頭痛が……」
「すまんな。俺も帰って来たばかりのお前を休ませてやりたいが、陛下が至急と仰せなんだ」
「分かってるよ。むしろ巻き込んでるのは俺の方だ。全く、あのクソガ、痛っ!?」
セザルのデコピンを受けて、グレーベルが仰け反った。
懐からヤドカリの目が、チラリと覗いている。
「テテ。おい、大丈夫だ、問題ない」
「割と本気だったんだが。手加減し過ぎたか?」
「お前じゃねえ! って十分痛かったわ!!」
「そうかそうか」
セザルが合図をし、兵士達が大扉を開ける。
「行ってこいバカ野郎。きちんと向き合えよ」
「うるせぇ」
捨て台詞を置いて。
グレーベルは謁見の間へと、足を踏み出した。
* * *
「来ましたぜって、おい、誰もいねえじゃねえか」
宰相は疎か、近衛騎士の姿もない。
飾る物の無い殺風景な広間は、ただただ、がらんと静まり返っていた。
「陛下~、陛下~。なあ、陛下が何処にいるか知らないか?」
グレーベルは、玉座の後ろに置かれた
石像へ声を掛けた。
宙に浮く、長い髪をした、美しい女の首。
二枚の羽衣が彼女を包むように、風の中を舞っている。
生と始の聖霊であり、風を司ると言われる【カロペー】を表した物である。
「『陛下は今お手洗いに行ってます。とても大きいので、大変時間が掛かります。あなたはもう帰っていいですよ』。そうか、ありがとさん」
そう言って踵を返したグレーベルの後頭部を、魔法の水球が襲った。
「痛っ、とそっちかよ」
玉座の横。
開け放たれたドアの先。
青い空の広がるバルコニー。
「何の用ですかね陛下? クソ死にそうな目にあって、魔力枯渇でぶっ倒れそうなんですけど!」
王冠を頭に載せた幼い少年が、その手に握る杖の先を、グレーベルへと向けていた。
「聖霊の御前で、下品な言葉は慎んでください父上」
「お久しぶりです陛下。相も変わらず、生意気そうで何よりでございます」




