朝の闇/剣士を目指した者 十
事象の果てたる場所で。
ノイズからデーモンへ昇華したナナトを、剣技・水袷で吸収し、器の力で聖霊の形を持つ存在へと進化した。
『何故お前はそれ程の力を持ちながら、人である事に拘っている?』
俺にとって『人』とは超克すべき呪いであり、今世と前世を縛る鎖だった。
父と母とノルマン。
先生とリリ。
オトネとヤパスとカブトとスリーピー。
多くの仲間達。
だがしかし。
その幸福な出会いを経てなお、俺を苛むもの。
あの空と海の景色に身を投げ出して、魂に刻まれた、絶望の慟哭。
だから俺は問わずにはいられなかった。
絶望を抱きながら、何故それを生み出す『人』を超克しようとしないのか。
どうしてその呪いを、大切なものとして語るのか。
神蝕の王の切先を、青碧の鳳凰へと向ける。
「……。…………。……」
『その考えは! 自らの夢と意義を潰す、最も愚かなものだ!!』
真の力を解放した神蝕の王を振るった。
それを鳳凰の刀が受け止めた。
余波だけで星々が砕け、暗黒の宙へと消えていく。
剣と刀が打ち合う度に、『神の台座』の宙と大地が鳴動して崩壊の叫びを上げる。
俺と鳳凰が放つ、極限の魔力の激突で生じたエネルギーが暴れ狂い、時空の流れを粉砕する。
神話よりも遥かな古代。
連綿たる人の歴史の中で、億千万の人々が空想した、終焉の世界が現れる。
彼我の距離、彼我の別さえ失う混沌の戦いの中で。
剣と刀の刃だけが実となり。
そして。
永遠を感じた一瞬の中で、決着を迎えた。
……。
……。
「………………夢か」
闇の中、天井へ伸ばした左手が視界に映っていた。
「……」
手早く着替えを済ませ、神蝕の王を腰に下げる。
寝袋に包まれたニパンが寝息を立てており、ヤパスもまだ目を閉じている。
隣の部屋のアルネとゾハスの気配もまた、眠りの中にあるようだった。
静かに、音も無く。
ドアを開けて外に出ると、山の中の冷たい空気が襲って来た。
「ここの朝は特に寒いねっと」
闇に沈む湖へ向けて背伸びをする。
猫よりも夜目が利くと言われる俺の目は、向こう岸からこちらを伺う、巨大なワニの姿をはっきりと捉えていた。
「ふむ」
―― 使えそうだな。
「魔獣化もしているようだし……」
頭の中で算段を立てる。
階段を飛び降りて着地。
そして振り返れば、視界に飛び込む赤と黒。
「何度見ても突き抜けているよな。見るだけでも目が痛い」
俺達の携帯コテージの隣。
ラブホも顔負けに派手な、赤獅子夫婦の携帯コテージ。
濃い目の赤と黒を基調とした、獅子とハートをこれでもかと組み合わせたデザインである。
おまけに今は消えているが、ランタンという名のイルミネーションが、またこれでもかとコテージの外壁に巻き付けられている。
「周囲に潮の匂いは無しっと」
頭を振り、湖畔の林の中へ足を進める。
「よしよし。喧嘩はしてないな」
コテージを守るように配置された、竜機兵と機巧人形に声を掛けた。
こいつらに掛かれば、この辺の魔獣など相手にもならない。
俺も周囲を警戒していたが、対処に動かないでいい分、とても楽であった。
「……」
足元に散らばる、人の手足を見る。
竜機兵が『しまった』というように、自分の額をコンッと小突いて、口から吹いた炎で焼き尽くす。
その燃え残った武器や鎧の残骸を、機巧人形が掴み、片っ端から食べていった。
「ま、いいけどな」
深夜に感じた潮の匂いは、この死体達だったんだろう。
邪な気配を放ってた上に、バラバラになった身体は、ガチガチの対人装備で固められていた。
要するに、正当防衛の範囲内という事だ。
「お疲れ様でした」
声を掛けると、ピシッと竜機兵が敬礼を返してきた。
(相変わらず、ヤパスの作品は芸が細かくて人間臭い)
この疑問を持ったのは俺だけじゃなかった。
「もしかして、中の人がいたりする?」
竜機兵はブンブンと首を横に振り、それに思わず吹き出した。
「ははっ、冗談だよ」
あからさまにホッとした竜機兵に苦笑して、踵を返し、彼らを後にした。




