因縁 三
~ パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ ~
水の大神殿の暗部に属し、ロシュペ公国の裏を建国の時より支えてきた、『影法師』と呼ばれる一族がいた。
その血の中に生まれた、傑出した才能を持つ兄妹。
私が十四歳の時に起きた、奇岩山脈に興ったバールストン帝国との戦争。
その戦場の中で、【望愛の機巧師 ベアーチェ・オースター】を知った。
* * *
「答えなさいベアーチェ。ノカリテスは何処に?」
蒼牙の先を向ける。
海蛇の口の中に見える魔導矢には、極少量でも巨大な魔獣を臓腑から腐らせ、重量級のゴーレムさえ溶かし尽くす、致死のバクテリアが仕込んである。
「カハハハ。キレてる、キレてるねえパフェラナた――――ん。我はとっても嬉しいよ」
つま先立ちになり、ゴスロリを着た身体をクルクルと無意味に回転させる。
「『薔薇園』を使わない所が、もうブッチギレって感じ。そんなお人形さんみたいな形をして、どつきあいが趣味ってのがまた、そそっちゃう~~~」
黒呪樫のタクトが右手でクルクルと回り、ピタリと、蒼牙に向き合うように止められる。
「あの方と剣士たんはあっち行っちゃったしさ~、少し遊びましょうよ~。我の『遊戯盤』と~パフェラナたんの薔薇園。さあ~て、強いのはどっちかな~?」
虚空からベアーチェの人形が続々と現れ、襲い来るそれらに守護牛騎士を向かわせる。
二十四の守護牛騎士に百を超える人形が飛び掛かって来るが、戦闘用オプションを装備した守護牛騎士達は、その猛攻を上回るパワーで以て薙ぎ払う。
具風を生む魔導戦斧が縦横を走り、人形の攻撃を魔導封盾が防ぎ切る。
魔導連弩から発射される無数の魔導矢が空から来る人形を撃ち落とし、迫撃魔導砲の重火力が固まりとなった人形を吹き飛ばす。
「流石はパフェラナたんの作品~。やっぱり~、兵士程度じゃ相手にならないか~」
「随分な余裕ですねベアーチェ」
ベアーチェが振るう赤黒い剣となったタクトを、槍形態にした蒼牙で振り払う。
死角から打ち込まれる蹴りを躱し、放った氷と風の礫の散弾は、赤黒い焔の斜幕に遮られた。
(強い……)
今の礫の一つ一つには大級魔法以上の魔力を込めていた。
総じて城塞を更地にして余りある威力のこれが、簡単に防がれてしまった。
コロネの取巻きであり、気弱な厨二の少女を擬態していたベアーチェは、その実、大剣位級の体術を持ち、真達位に匹敵する魔力を持つ実力者だったのだが。
その半年前と比べても、別人のように強くなっている。
「取り込んだ悪邪の力ですか。見た所、完全に自分のものにしていますね」
「そ~だよ。『超世界』の遺物を使って~、もう完璧に同化したよ~。ま、その為に会長に付いてたんだよね~。あのクソ一族が上手く隠してて~。ホント、時間が掛ったよ~」
ケラケラと笑う。
「今の私は人であり~、悪邪であり~。ふふふふ~」
パチンッとベアーチェが指を鳴らした。
上空に蔵庫の、亜空間の出口が大きく開いた。
船の上に影を落として現れた人形は余りにも巨大であり、その全長は、目測で六十九メートルを測ることができた。
人の上半身を象った異形の城が、下に付けられた巨大な羽根車を回転させて、宙に浮き空を飛ぶ。
タンッと甲板を蹴って跳んだベアーチェが、その人形の肩へと着地した。
「イッけえー城塞た~ん」
人形に備え付けられた大型魔力炉が唸りを上げ、三百二十四を数える砲がこの船へと向けられる。
「海鎖を解き 獄界の檻を放て」
「水の聖女たるパフェラナの名において 青の門を開けよ」
虚空より現れた莫大な青い魔力が私を包み込む。
「出なさい 運命巧式」
「重加圧魔導砲、全門発射!!」
巨大人形の全ての砲が破壊の力を吐き出し、星の影さえ吹き飛ばす程の閃光の大爆発を起こした。
「ぬっふっふ~。これは勝っちゃったかな~。我が忌まわしき宿敵~、我が愛しき好敵手よ~。安らかに眠りたま……」
船を包む氷の結界の外で爆炎が晴れて行く。
傷一つ無い結界の力場を挟んで対峙するベアーチェが、笑いを収め黒い目を細めた。
「深海将軍 ブルー・クラーケン」
青い装甲を纏った、古代の超機兵が屹立する。
「テンティクル、貫け」
「くっ!?」
ブルー・クラーケンの放った八つの戦略遊撃機テンティクルが宙を駆け、閃光となって巨大人形を貫いた。
爆散する巨大人形、そして直前に逃れたベアーチェが、更に四体の巨大人形を招喚する。
大槌を持った人形。
大剣を持った人形
大盾を持った人形。
全身に砲を備えた人形。
「これでっ!!」
巨大人形達がブルー・クラーケンの四方に回り込み、ベアーチェが膨大な魔力を注ぎ込んだ魔法陣を描き出す。
「愛欲の熾火よ灯れ」
「我欲の嵐を歌い上げろ」
「我を喰らい 他を喰らえ」
「星の果てまで その顎門を開け」
「【炮欲の狼皇 ベガフェグ】」
天顕魔法が発現し、炎の餓狼が顕現した。
宙の星に届くと思える程の巨大な顎門を広げ、船と人形諸共に呑み込もうと、ブルー・クラーケンへと迫って来る。
それに私は、砲撃形態にした黒い突撃槍を向け、引き金を引いた。
天空へ青い閃光が放たれ、その破壊の光の中で、炎の餓狼は跡形も無く消し飛んでいった。
視界の端では、テンティクルに破壊された人形達の残骸が、空の下へと落ちて行く。
「勝負は着いたと思いますが?」
「……ええ、そうね~」
振り返り、背後に立つベアーチェに告げる。
転移魔法で逃れたようだが、それもギリギリのタイミングだったようで、姿はボロボロになっている。
「……全く、ミスったわ~。エサに飛びつくべきじゃなかったわね~」
「ノカリテス達の居場所を吐けば、楽に殺してあげますよ」
まあ実際は、彼女を捕えておくことは難しく、殺すしか手段が無いだけの話だが。
ノカリテス達の中で一番強いのは彼女で、一番厄介なのも彼女だ。
「……まだ調整ができてないけど、仕方ないわね~」
ベアーチェが膝を突き、血の滴る残った右の掌を甲板へと突ける。
「いいわよ~パフェラナた~ん。これに勝ったら~、会長達の居場所を吐いてあげる~」
右腕を流れ落ちる血が甲板の上を走り、魔法陣の形を作る。
魔法構成は出鱈目で、描かれる形は、女の貌をしていた。
背筋が寒くなり、直感が『あれを破壊しろ』と、五月蠅い程の警鐘を鳴らす。
「おまけで~、『蜂鳥』と『竜』の在り処も付けてあげるわよ~。必要でしょ~?」
ベアーチェの言葉を無視して黒い突撃槍の切先を向けた時、彼女はまた、黒いタールの笑みを浮かべた。
「心配しなくても~大丈夫よ~」
魔法陣から赤黒い火柱が噴き上がる。
「兄様に誓うわ~」
「!!」
その言葉に躊躇い、機を逃した。
炎の中でベアーチェの存在が高まっていく。
それは人の、いや定命の生物を遥かに超えて。
「フフフ、カ―――ハッハッハ』
炎が解ける。
膝を突いた姿が立ち上がり、その目線が、ブルー・クラーケンと同じ高さでぶつかった。
光沢の無い、赤黒い金属の身体。
人型でありながら、その容貌は人のものではなく。
ゴーレム、いや運命巧式に近い雰囲気を纏っている。
『成功~。まあ失敗なんて有り得なかったんだけどね~』
「ベアーチェ、あなたはそれを望んだのですか……」
『そうよ~。我こそは、人を超え機巧を超え、悪邪を超えし存在』
かつての古き時代。
狂いし人々が求め、至った存在。
古代第六文明たる『超天意』が生み出した、最悪中の最悪たる禁忌。
『我こそは超成者。神の領域に立つ者なり』




