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襲撃?

「エリゼ、愛している」

「ありがとうヨハン。私も貴方を誰よりも愛している」


 幼馴染の少女エリゼ。

 昔はよく一緒にいたが、彼女の家である武器屋が大きくなるにつれてその頻度は減った。

 成長するにつれて、より美しくなっていく彼女。

 勇気を振り絞った告白が受け入れられた時は、二つの人生で、最高の幸せを感じた。

 

 俺は彼女を愛し、そして彼女も俺を愛してくれた。

 

 そして彼女の家であるダーン家に結婚の許しを貰いに行った。

 かつては優しかったおじさんとおばさんは、激怒した。

 

「魔法無しの出来損ないなんかにエリゼをやれるかっ!!」

「お父さんやめて!!」


 熱い紅茶を頭から掛けられ、あらん限りの罵倒を浴びせられた。


 エリゼがすぐに治療魔法を掛けてくれ、しかしそれさえも忌々しそうに睨み付けていた。


 何度も何度もダーン家に頭を下げに行った。

 父と母はダーン家を良く思わないようになり、何度もエリゼを諦めるように言って来た。

 そんな日々を経て、ダーン家からやっと結婚の許可を得る事ができた。

 

 条件として一千金価を稼ぐように言われた。


 その為に務めていた商店を辞めた。

 昼は荷役夫として、夜は酒場で働くようになった。

 

 荷役夫としての港の仕事は、百キロ以上の荷物を何度も背負って歩いた。

 酒場の仕事は、用心棒のような雑用をこなし、時には賊の襲撃さえ受けた。


 忙しい日々に、いつしか俺は剣を振るう意味を忘れていった。


―― 狼獣人の咆哮が、頭の奥で響く。


 そう、忘れていったはずだった……。


 ……。


 眼が覚める。

 上げた左手の甲を横に動かす。

 その皮膚を金属の感触が過ぎて行った。


 ドス、と音を立てて、顔の横に刺さった短剣が現れる。

 

 決勝選手の控室に在る寝台。

 そこに横たえられた俺と向き合う形で白い装束の少女がいた。

 長い白髪と整った顔、そして両目を覆う銀糸を縫いつけた黒い布。

 

 その後ろには上級貴族の衣装を纏った黒髪蒼眼の男がおり、その陰にもう一人、紺青色のドレスを着た少女の姿が見えた。

 

「おい、お前のせいで俺の金が消えちまっただろうが!!」


 整った顔を怒りに歪め、俺に罵声を浴びさせる。

 白装束の少女がその両手に投擲用の短剣を構える。

 

「汚ねえ手使いやがって! このクソ下民がっ、その頭かち割ってやろうか!?」


 非常に粗暴で下品な男だった。

 どこの貴族の馬鹿かは知らないが。

 大方俺の対戦相手の誰かに大金を賭けていたのだろう。

 

「衛兵を呼びますよ?」


 とりあえず言ってみる。

 こういう手合いは毎年出るようで、もし出会ったら即座に通報するように運営から言われていた。

 まあ、部屋にまで入って来るとは思わなかったが。

 

 

「ハッ。その衛兵さんは俺を簡単に通してくれたぜ。ま、俺を阻める奴なんぞ、こんなド田舎の国にいはしないがな」

「その御大層な方がこの下民に何の用でしょうかね?」


 怒鳴り来る男からは脅威を感じない。

 彼は簡単に取り押さえる事ができそうだが、男の前に立つ白装束の少女には手間取りそうだった。

 

「こんなのでも国の大切な祭典だ。選手に手を出したら色々とこじれる。だからお前、俺に土下座して試合を棄権しろ」

「それは困ります。何より、俺が貴方に頭を下げる理由など、これっぽっちも無い」

「あんだと!!」


 そして部屋の外からドタドタと足音が近づいて来た。

 それに気付いた白装束の少女が男の方を見る。

 やはり。


「昔っからあんたのような奴が出て来るもんだからこの部屋は外部から監視されているんだよ。魔法かなんかで警備の目を掻い潜ったようだがお生憎様だ」


 もう敬語を使って話すのも煩わしい。

 本当に貴族様かどうかも怪しいしな。

 飛び起きて台に置かれていた黒鋼の剣を取る。

 

「そら、もう衛兵が来るぞ。大人しくしていろ」


 ぐぬぬぬぬ、と顔をさらに歪める男。

 見た目は三十代のくせして、やけに子供じみた奴だと思った。

 

「お嬢さん達も、そいつの付き人なら主の馬鹿を止めるのも仕事の内だと思うがね」


 ヤレヤレ、だ。

 っ。

 彼らから目を離しはしなかった。

 油断、はあった。

 

「お前……」


 俺の剣の腹に手が置かれていた。

 美しい、ぞっとするほど整った顔の、もう一人の少女の細い左手が。


「君は知らないの?」


 問われる。

 美しい蒼の瞳が俺の顔を映す。

 俺の眼も空色の髪の彼女の顔を映す。

 

「何の事だ」


 タンッと少女が跳ね、また男の陰に戻る。

 

「……」


 男は何かを考えるように顎に手を当て、訝しげな表情で俺を見ている。

 

「お前、その剣はどこから持って来た」

「俺の親友が用意した。この大会に勝って、優勝するためにな」


 スス同盟剣闘大会は棄権する事ができない。

 この闘技場から出る事ができる参加者は勝者か死体、そのどちらかしかない。

 気絶も一応は敗北条件だが、そうなったら対戦相手に容赦なく止めを刺されるし、審判もそれを止めない。

 二位と三位の賞金は、実質は遺族への見舞い金だ。

 身寄りがなければ国庫へと没収される。

 

 そう。

 相続の問題の場合、この国で婚約は親族とみなされる。

 もし万が一、俺が決勝で敗れて死んでも、エリゼを助ける十分な金は彼女に渡る事になる。

 

「お前、馬鹿だな」


 男の声は呆れていた。

 それも心の底から馬鹿な愚者を見るように。


 男の言葉に怒りを覚える。

 なんで因縁を付けて襲撃して来た馬鹿にそんな事を言われなければならない。

 

「パーナク様」


 白装束の少女が男に声を掛ける。

 彼女を中心に鮮やな紅緋色の魔法陣が展開される。

 超越的な実力者の魔力には魂の色が宿るという。

 

 青の少女が俺を見ている。

 

「君に忠告するよ。すぐに棄権しなさい」


 紅緋色の光が消える。

 

「大丈夫かヨハン!?」


 ドアを蹴り破るようにして衛兵達と一緒にデバソンが部屋に入って来た。

 

「……、俺は大丈夫だ」

「いやー本っ当に、心配したんだぞ。あんな、何だ、貴族の奴がお前の所に入って行くからさ」


 入って来た鎧姿の衛兵達は、侵入者がこの部屋から逃げた事を確認して出て行った。

 その彼らの最後に、デバソンがドアの取っ手に手を掛けた時。

 

「エリゼは、どうしてる?」

「……ちゃんと客席でお前の事を応援してるよ」


 デバソンの顔は見えない。

 バタンとドアの閉まる音がした。


☆☆☆


お読みいただきありがとうございました。


作続きをもっと読みたいと思っていただけましたら、ご感想とブックマーク、星のご評価をお願い致します。


いただけましたら作者(私)がポジティブになって、書く力が充電されます。


よろしくお願い致します。


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