過日追想 一
~ パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ ~
ペシエを後にして星空の下を翔けて行く。
(ここは星に近いな)
この異邦の地は。
私が住んでいた場所よりもずっと。
穏やかな闇。
しかしそこに満ちる黒の色はあの日を思い出させる。
あの日、そうたった二か月前の出来事。
* * *
世界が回る、この場所はそう表現するしかできない。
黒い魔力洸の巨大な竜巻、それが水の大神殿と私の育った町を飲み込んだ。
遥か彼方、空の果てまで届く暴風の柱の中。
ブルー・クラーケンで突き進むも黒い濁流の先は見えず、私の傍らを無数の瓦礫と死体が流されて砕けて行く。
この風は呪いだ。
触れた瞬間に全ての生きる物達の命を壊す。
これは全てを壊せと叫ぶ、世界よ壊れよと叫ぶ彼女の慟哭。
「姉さんっ」
嵐の中心へと、彼女のいる場所へと必死に抗いながら飛ぶ。
この運命巧式の最高位たる深海将軍でさえもそれがやっと。
魔力を振絞り、風を掻き分けて、やっと、黒い風の濁流の壁を突き抜けた。
嵐の中心。
瓦礫の積み重なる静かな場所。
周囲を真っ黒な風の壁に囲まれて、天井に見えるのは空の蒼。
壊されつくし廃墟とさえ言えないこの場所の中心、小さな青い輝きへ元へと向かう。
「そっか。パーナが来たんだ」
「姉さん……」
俯いた鎧姿の女性、水の勇者【青の聖剣】。
私の三つ年上の幼馴染。
「もういいかなって、思った。私を縛るものは全て壊したしね。勇者の誰か、英雄の誰かが来るかと思ったんだけどね」
顔を上げて、虚ろにクスクスと嗤う。
「……パーナじゃ私を殺せないでしょ?」
「私は姉さんを殺しに来たんじゃないっ!! 助けに来たんだよっ!!」
私の叫びに、嗤い声が止まる。
「あなたが、私を助けに?」
「そうだよ」
離れて暮らしている父と母に連絡を取った。
西央地域の大国であるベルパスパ王国、その王族であり闇の勇者の息子であるお父さんと、王国の裏に力を持つお母さん。
特に高位開拓者や裏の実力者にさえ通じるお父さんの人脈があれば……。
「私は、必ず姉さんを助けるっ!!」
生まれた地を離れ、遠い異国であるこの地で育った私。
人の輪に入る事ができず、一人でいた私に手を差し伸べて暮れたのは、姉さんだった。
辛い時、悲しい時は一緒にいてくれた。
嬉しい時も一緒に分かち合った。
魔導を学び、戦い方を学び。
私は錬金術師に、姉さんは騎士になった。
そして水の聖女と、水の勇者になった。
「あは。パーナの不思議ちゃんっぽい所も可愛いけど、でも私は、その熱い所がやっぱり一番好きだなあ」
微笑んで。
布に包まれた瓶を抱えて。
地面に突き刺さっていた黒い剣を抜いた。
「ありがとう。でも私はね、この子と一緒にいくよ。だからパーナ、こんな場所にはもう来るんじゃないよ」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
「!?」
黒い剣から獣の咆哮が上がる。
汚らわしく、悍ましく、心が押し潰されそうなほどの恐怖を抱かずにはいられない、呪いの産声が。
「目覚めなさい。数多全ての魔剣を超えし獣の暴君、【魔剣皇帝 ゼバ・ベグスーラ】」
黒い嵐の壁が解ける。
世界を黒く犯そうと、巨大な破壊の大津波へとその姿を変える。
「姉さんっ!!」
大津波を止めるために、ブルー・クラーケンが右手に握る突撃槍グラビテスを砲撃形態のタイフーンへ変える。
八つの鏃型の戦略遊撃機テンティクルを宙へと全て解き放つ。
「ごめんね、パーナ」
「私はっ!!」
伸ばした右手は鎧纏う巨人の右手。
砲となったグラビテスが青い閃光を黒い濁流へと放った。




