武装鋼巨人VS青薔薇の刀刃竜
~ ヨハン・パノス ~
急進的な女性主義を掲げた元法王【白鳥の旗 ノカリテス・カラオン】によって、水の大神殿は多くの離反者を生み出した。
その殆どは男性であったが、少なくない数の女性の姿もあったそうだ。
ただでさえ先の事件で戦力を減じていた水の大神殿は、この件が致命傷となり、周辺勢力からの強い干渉を受けるようになった。
その中で、不足する戦力の立て直しを目したカラオン元法王は、大神殿に封じられた禁忌へと手を伸ばした。
パーナを始めとした大神殿の錬金術師達には、惜しげも無く封印された秘儀が開陳され、それを用いた魔導兵器の作製が命じられた。
だが、それらは禁忌とされ封じられていたものなのだ。
多くの錬金術師が心を病んで発狂し、またはその命を失っていった。
結局、その全てを修める事ができたのはパーナ一人だけであり、その功績を以て彼女は聖女を冠される事になった。
この【NO.401 ブルーローズ・ブレイドドラゴン】はその時に作られたものであり、本来は水の大神殿の守護をその役割としていたそうだ。
全長二十七メートル。
要塞用特殊魔力炉を五機搭載しており、その超高出力でもって、全身に施された百八の兵装を振るう。
製作費には水の大神殿における年間予算の三倍が使われ、これによって大神殿の運営が傾き、カラオン派の凋落を決定的にしたという。
なおブルーローズ・ブレイドドラゴンの完成によって【青の機巧師】の名は、裏の世界だけでではあるが、戦略兵器の大家として名を馳せる彼の【愚の獣】に比肩するものとなったそうだ。
* * *
青薔薇の刀刃竜の超加速魔導砲が放たれた。
モロ国民大臣が立て籠もる山荘を囲む軍勢は、周辺の建物や住民諸共に、この世から消失した。
瓦礫さえ残らなかった荒野。
その上空で、唯一生き残った戦闘装甲ゴーレムである、【武装鋼巨人】が青薔薇の刀刃竜へと対峙していた。
赤黒い独特の右腕は禍々しい力を湛えており、あれには恐らく、魔剣獣より奪った核が組み込まれている。
武装鋼巨人から噴炎の如き魔力が噴き上がる。
大剣を構え、爆発的な加速で以て青薔薇の刀刃竜へと斬掛かった。
『ウオオオオ!』
青薔薇の刀刃竜の分厚い防御結界に大剣の刃が激突する。
結界の強固な力場に遮られるも、濃密な炎の赤を纏う大剣は徐々に前へと進み、五を数える前に竜の結界を斬り裂いた。
青薔薇の刀刃竜の懐に飛び込んだ武装鋼巨人がその大剣を突き立てようとするも、竜の各所から現れた銃口の砲火の嵐を受け、自身の防御へ移る事を余儀なくされる。
その鋼巨人に向け、竜が右腕を向ける。
次の瞬間、凄まじい衝撃が虚空を走り、空が大きく揺れた。
『!?』
青薔薇の刀刃竜の腕より音速を超えて伸びた八つの巨大な刃が、その切先を武装鋼巨人へと殺到させたのだ。
大剣と防御障壁は間に合ったようだが、武装鋼巨人は吹き飛ばされ、都市結界へと叩き付けられ、そのまま地面へと落ちて土煙が高く上がる。
普通の戦闘装甲ゴーレムならこれで終わる。
しかし。
立ち込める土煙の中から、一つの巨大な影が飛び出した。
背中から爆炎を吐き出し、地表を這うように飛翔した鋼巨人は、その勢いのままに、手に持った大剣を竜へと向けて投擲した。
閃光の如き速度で空を走る大剣に向け、竜は両手から十六の刃を出して迎え撃つ。
矢と刀刃が激突、そして巨大な爆発が起こった。
その僅かな時の間に武装鋼巨人の左手は魔導弓を握り、番えた魔導矢の鏃を青薔薇の刀刃竜へと向けた。
右腕より流れ込んだ魔力が魔導矢を禍々しい姿へと変え、それが竜へと放たれ虚空を翔ける。
大剣よりも十数倍速い速度で迫る魔導矢に、竜の鋼の顔に緊迫が走ったように見えた。
『ルオオオオオオオオ!!』
それはこの戦場で初めて聞きいた、青薔薇の刀刃竜の鋼の咆哮。
竜が膨大な魔力を発っする。白い氷の結界が現れ、瞬時に竜の身体を包み込んだ。
武装鋼巨人の刃と青薔薇の刀刃竜の結界の、再度の激突。
しかし今度は竜の結界に軍配が上がり、氷付いた魔導矢は地面に落ちて粉々になった。
青薔薇の刀刃竜が纏うのは、『絶対凍結の氷封結界』の超級魔法であり、パーナが好んで使うものである。
あの結界に触れたものは、その全てのエネルギーを奪われる。
魔法は魔力を奪われ無となり、打撃は運動エネルギーを奪われて停止する。
原子の運動さえ停止させるこの結界は、非常に難易度が高く、またとんでもない魔力を消費するので、S級開拓者でさえ使える者は、俺が知る限り二人しかいない。
武装鋼巨人が次々と魔導矢を射掛けるが、その全てが結界に阻まれ、氷となって地面に落ちて行く。
魔力切れを狙っているようだが、五機の要塞用特殊魔力炉を持つ青薔薇の刀刃竜は、余裕で一時間以上は結界を展開し続ける事ができるらしい。
それに、竜にばかり目を向けるのは悪手だ。
結界展開前に青薔薇の刀刃竜が放った十の飛翔遊撃機が、迷彩魔法を使って武装鋼巨人の死角に回り込んでいる。
そして、武装鋼巨人が最後の魔導矢を放った瞬間、全ての飛翔遊撃機が迷彩魔法を解除して突撃を掛けた。
武装鋼巨人はそれを躱せず、自爆した飛翔遊撃機の爆炎に包まれ、燃え盛る炎の中でその姿が頽れていく。
黒焦げになった武装鋼巨人の魔力が消える。
そして、青薔薇の刀刃竜が結界を消したと同時に、背中にある要塞用特殊魔力炉の一つが、地面から放たれた魔導矢を受けて爆発した。
(何と言うか、忍者みたいなゴーレムだな)
あの飛翔遊撃機が自爆する直前、武装鋼巨人は分身を残して地中へと潜り逃れていた。
気配と魔力を消して青薔薇の刀刃竜が結界を消すのを待ち、その好機を逃さずに魔導矢を撃ち込む事に成功したのだ。
態勢を崩した青薔薇の刀刃竜が再度『絶対凍結の氷封結界』を展開しようとするが、もう一つの魔力炉を破壊され、結界を展開できないままに地面へと不時着する。
それへ向け、魔導弓を放り捨てた武装鋼巨人が亜空間から大剣を出し、青薔薇の刀刃竜へと突撃する。
竜の砲火が鋼巨人を襲う。
しかし武装鋼巨人が突き出した右手の展開する力場に遮られ、全てあらぬ方向へと飛んで行く。
残された魔力炉が唸りを上げ、青薔薇の刀刃竜の顎門に超加速魔導砲の火が灯る。
しかしそれよりも速く振り抜かれた武装鋼巨人の大剣によって、その首諸共に切り飛ばされた。
そして行き場の無くなった膨大な魔力は暴走を始め、爆ぜる寸前となった竜の身体は、半色の魔力に包まれて何処かへと転移して行った。
「流石は先輩。本当に美味しい所を持って行く」
俺は抜きかけた青燐を鞘へと戻す。
カチンッと鳴った音が風の凪いだ荒野に上がり、何処までも途切れずに響いて行った。