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剣と敗北の聖女 十二


 最上の戦争は歌劇のようだ。定刻に始まり定刻に終わる。全ては舞台の上で完結し、観客は満足と共に余韻よいんひたる。


 しかし低能どもの戦争は汚物の上で殴り合う酔っ払いの喧嘩だ。


 ふらつきながらあっちこっちへ拳を振るい、誰も彼もを巻き込もうとする。汚物は飛び散り目も当てられない。国同士をいさめる判事はいないので、終わるのはいつになるかも知れぬ。


 まるで場末の芝居小屋で外れの駄作を眺める気分にさせられる。


~ 【硝子の眼 パルコット・キラモン】著・『私が見た戦争』より ~


* * *


「十中八九罠です!」


 忙しなく出立の準備を進める母へ声を掛けますが、僕の方を見向きもしません。


「陛下が次代を考えられているという風の噂を耳にしました。来月には建国際、そしてルアン様の帰国があるので、話として具体化する可能性が高いと思います。フランシスカ王妃が仕掛けるとしたら、今なのです!」


 ……。


「母上?」


 仇敵を見るように細められた母の碧い目が、僕を睨み付けます。


「聞こえています」

「母上の同窓の友人といえどもグラーサ様はオルランド伯爵に嫁がれた方であり、何よりフランシスカ王妃の側近です。慎重を期さなければなりません!」

「はぁ」


 返答には芝居臭い溜息が返ってきました。


「本当に、あなたは人の気持ちが分からないのね」

「……」

「グラーサはそんな子じゃないの」


 そして母上は側近と共に出発し、会談で出された食事の毒によって倒れてしまいました。


 盛られた毒は『臓食ぞうはみの蜜』であり、薬物に長じた錬金術師でも判別の難しいものでした。


 毒見をした母上の乳姉妹であるアルバさんは亡くなりました。

 そしてザロ城の治療室で意識無く横たわる母上を見た時に、この驚く事の無い結果に、思わず苦笑してしまいました。


―― あなたは人の気持ちが分からないのね。


 母上の事で一番記憶にあるのは、やはりこの言葉でしょうか。


 僕を騎士にしたかった母上と、騎士という生き方が無理だった僕。


 騎士学校への入学を拒否した時。

 家出して、王都リルデンのおじいちゃんのいる本店で修業して、皆に認められた事を報告した時。

 ザロの旧本店を任された事を報告した時。

 王族会議へ出る資格を国王陛下から与えられた時。

 そして僕という人格について、相談をしてしまった時。


 その度に母上は言うのです。


―― あなたは人の気持ちが分からないのね。


 魔法で検知ができず、ラベンダーの蜂蜜と全く同じ味である『臓食ぞうはみの蜜』はかなり希少な毒薬です。


 製造できる者は限られており、そこに動きがあれば、僕のような立場の者が気にしないはずはありません。


 なのでオルランド伯爵家の執事が蜜を入手した事を、僕は知っていたのです。

 

 母上へ使われるかどうかは、あくまで可能性の話でした。


 嫡男を産んでからは、彼への教育に非常に熱を入れ、将来の栄達の為に活発に社交に参加され、王妃の側近と呼ばれるまでになったグラーサ伯爵夫人。


 そしてその彼が僕への過剰なストーカー行為に走り、マテウス様(叔父上)から謹慎を言い渡され、久しく屋敷に籠る様になってしまった。


 仮に根拠となる情報を添えて伝えたとしても、母上はそれを態々《わざわざ》グラーサ伯爵夫人へ言って確かめたでしょう。


 その結果、母上が毒で倒れた事に加えて、僕の持つ情報源が危険に晒される事になったかもしれませんでした。


「お目覚めの頃には全て終わっているでしょう。ですから母上、今は静かにお休み下さい」


* * *


~ ボルトニア王国ピポロ伯爵領ホプニラの丘・狩の城 ~


 古くは領主が近隣の魔獣討伐に利用した古城であり、現在はここにルアン様達が逃げ込まれています。


 使者を名乗り一人で訪れた僕は彫刻の間へと通され、出されたお茶を飲みながら、静かに取次を待っていました。


 騒々しく扉が開かれ、厳めしい顔をした騎士が抜き身の魔導剣を持って近寄ってきます。


「あなた一人だけですか?」

「ああそうだ。王妃殿下からのお言葉をお預かりして来た」


「承りましょう」

「これが答えだ!!」


 騎士の剣が僕を袈裟斬りにしました。

 派手な血飛沫の向こうで聞こえた「薄汚い平民混じりが身の程を知れ」という声を最後に、僕の視界はブラックアウトしました。


 ……。


「結構高い人形だったのですが」


 分かっていた事ですが、話合いに出向いた僕の姿を模した魔導人形は壊されてしまいました


「本当……」


 目を開ければ枝葉の影と青い空。

 地獄からは遠いありふれた光景。


「僕達は親の都合で振り回されてばかりですよね」


 エメラルドタブレットの精神出力をオフにして、ココアを淹れます。


 コーヒーは嫌いですが大人は大好きなのようで、商談で出される事も珍しくありません。

 それなりに高価な品ですが、蜂蜜無しミルク無しで出されると好感度は暴落します。


 ほんと、苦い物を飲まなければならない大人など、成るものではありません。


「僕が戦う理由は王族として許せるものではないでしょう。特にクシャ帝国で学び、理想を抱いて帰って来られたあなたには許容できない事も分かっているつもりです」


 手配は全て滞りなく。


 僕がねじ込み、ルアン様追討を任命されたカルネイロ子爵はまだ遠くに。


 そしてこの一日だけは、僕がザロにいない事に気付く者はいないでしょう。


「決着は僕自らの手で」


 おじいちゃんも、カミラさんも、サンドロさんも、商会や派閥の皆も。


 そして父上はいつも通りに。


 今日のスケジュールで僕に会う事はありません。

 

 木々の間から見える古戦場跡の荒野と、その先に在る小高い丘。

 その上には城壁に囲まれた、古びた石造りの古城の姿が見えます。


「出庫【赤薔薇の重蹄騎士レッドローズ・レイドブル】」


 蔵庫から戦闘装甲ゴーレムを出します。

 遠き異国の錬金術師が作り出した作品であり、おじいちゃんとハファエル様と一緒に行ったオルペア共和国のブラックベリーのオークションで出会い、一目惚れした僕の愛機。


 ブリゴア鋼製の十二Mの巨躯きょくいろどる、紅のエレメンタル・コーティング。

 肩部に迫撃魔導砲×二、左腕に機関砲盾、右腕に機兵用突撃槍を装備。

 専用に設計された要塞級の出力を持つ魔力炉を搭載し、操縦者の安全性を度外視した出鱈目な出力で陸海空の全てに対応可能。


 しかし何よりも、兵器であることを追求しながら、美術品としての高い完成度を持つその威容。


 会った事はありませんし、彼か彼女かも秘匿されていて分かりませんでしたが、これを作った【青の機巧師】という錬金術師の、突き抜けた才能きょうきを感じずにはいられません。


「出庫【白薔薇の突撃兵ホワイトローズ・ストライカー】」


 百体のカミカゼ特化型戦闘ゴーレムを出して、レイドブルとのリンクを確立。


「ルアン様、あなたの理想は僕には邪魔なのです」


 魔導機関戦闘起動。並列精霊機演算開始。


―― 稼働時間、残り一時間。

 

 操縦腔そうじゅうこう閉鎖。


『行きます!!』

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