剣と敗北の聖女 八
「国王を殺したのは俺だ」
国葬が終わり、王族のみが集った部屋の中で、蚊を潰したついでのようにハファエルが言ったのを、フラビオ達は聞いた。
激高した者はいた。
静かな者もいた。
ただ、剣や杖を向けた者はいなかった。
それをつまらなそうに見て、ハファエルは言葉を続けた。
「将軍を兄者に、宰相をルシアにだそうだ」
ハファエルの異母兄にして第一王子たるマテウスが口を開いた。
「それでお前は?」
「言う必要あるか? バカらしい」
第三王子であり、マテウスと同じ母を持つルアンがテーブルを叩き立ち上がった。
「王位簒奪の為に肉親を殺したあなたを、もう私は兄とは思わない!!」
「ズレてるなあお前。クシャ帝国の留学で成長しなかったのかよ」
右手で魔導剣の柄を掴んだルアンをマテウスが止めた。
「父は象徴が必要だと言っていた」
「そうだな。それなら打って付けがいるじゃねえか。超級魔法を使えて五手乃剣の一つを使える【翔砲騎】が」
ハファエルは欠伸をして、言葉を続ける。
「兄者がグレーベルに王冠を渡したいんなら俺は構わねえぜ? ま、折角理由ができたんだ、それを俺が見逃さい、という事を了解してはもらうがな」
「……」
「あなたという人はっ!!」
「それともお前が来るか? けどな~、お前の派閥って碌なのいねえだろ? 一番強い【夕凪の剣】でさえ大剣位で、以下は有象無象。俺もつまらねえ作業はしたくねえし、後ろ盾の領地諸共、問答無用でケルベロスの一撃を叩き込むぞ?」
「……」
「今は我ら一族で争う時ではない。密偵からの報告では、スパニーナの軍港と国境で動きがあるそうだ」
「王殺しの話はこの場所に埋めて行く。万が一にも外に漏らすようなことはせぬと、宰相たるワシの名において誓う。だからハファエル。どうか我らの宿願、スパニーナの打倒を果たしては貰えぬだろうか」
「……できねえな。あの国は【紅滅の牙】のシマの一つだし、妹分の【炎滅の牙】の夫の一人が皇弟だ。運命巧式無しだと面倒だし、使ったとなれば俺とスパニーナの話じゃ終わらなくなる。最悪はイノリと【紅滅の牙】で戦争だ。国より星の存亡とかいう話になるぞ?」
「……そうか」
「それに俺が行きたい場所はもう決まってる。邪魔をするなら、むしろ俺がお前らを灰にするぞ?」
「「……」」
静まる空気を破り、フラビオが立ち上がった。
「ハ、ハファエル様! 一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」
グレーベルは戦場へ、ルシアは病床に臥せり、他の者達から距離を置かれて、端の席に座らされていた少年。
大人達が口を閉ざした中で唯一人、自分と目を合わせた姿にハファエルは興味を持った。
「何だ?」
「あなたは何の為に剣を握るのですか?」
『俺の欲しい物を手に入れるためだ』
脳裏に浮かんだその考えを、しかしハファエルは口に出せなかった。
王位、ボルトニア王国、そして大陸の覇権。
ただの第二王子だった時に夢想したものは刹那で霞のように砕け消える。
血と汗と土の味。
国に身代わりの魔導人形を置き、数多強者と戦い抜いた日々の果て。
力を欲し、力の限界を知り、それでもなお欲するものがあった。
金銀財宝、名誉栄光。
そんなモノがどれ程あろうと、決して比べる事などできぬものが。
ハファエルは我知らず両の拳を握り締め、それを見た。
「……」
口を閉ざすハファエルへ、フラビオはさらに言葉を重ねる。
「ハファエル様、私と賭けをしましょう」
「賭けだと?」
「はい。私が負ければ私が王になります」
「……なるほど。じゃあお前が勝てば」
「あなたに私の剣となって頂きます」
フラビオのその言葉に、王族達が騒めいた。
ルアンはフラビオへと掴み掛り、しかし、突如現れた風の檻に囚われる。
「………………いいだろう。勝負は何にする?」
「戦争で」
ハファエルが頷き、それに誰も口を挟まなかった。
「聞いての通りだ。兄者、叔父上、伯母上、それとその他共。お前らも参加したければ好きにするといい」
風の檻が解け、ルアンが今度こそとハファエルの胸倉に手を伸ばした。
「仮にも王族に生れ落ちて、このような時にまで無頼を気取るとは心底あきれ果てた。所詮は何処の生まれとも知れぬ女の血が混じる男か」
「くっく、そうだな」
ハファエルは顔を近付け、ルアンへだけ聞こえるように呟いた。
「そう言えばお前の母の一族が寄越した嫁な、実に見事な業を隠していたな。作ってもらった酒が美味すぎて、俺はウワバミだから持ち堪えたが、父上は酔い潰れて寝てしまったぞ?」
「……っ、お前、まさか知って。ならば私を脅迫するつもりか?」
「酒の席の話をして、どうして脅迫になる」
「っ」
ルアンを床に放り捨て、フラビオへ視線を向ける。
唇の端から血を流しながら、気圧されまいと踏ん張る姿を軽く笑い、ハファエルは扉へと手を掛ける。
「忘れるな。戦争だ」
ハファエルが去り、閉じた扉を、誰もがしばらくの間、見詰め続けていた。
 




