最終話 僕は、あの青い空の彼方の先を目指して僕は征く。
最終話 僕は、あの青い空の彼方の先を目指して僕は征く。
十二月の末、世間ではクリスマスイブという日だ。僕にとっては普段となんら変わらない普通の日だ。僕はいつもどおり職業安定所に行ったその帰り道だった。この一週間を逃せば、職業安定所は年末年始の休みに突入してしまう。梨原君と僕の受けた企業がダブルでダメになっても僕はめげずにいくつかの企業を受けてみた。でも、全ての企業の合否結果はやっぱり・・・資格をなにも持っていない僕にとっては、まるで厳しい冬のような結果だったんだ。
「ふぅ・・・僕の財布の中身と同じで寒いよなぁ」
もう季節は、いつ雪が舞っても不思議じゃないぐらいの寒さの真冬になっていた。街中はクリスマス一色でカップル達や家族連れが楽しそうにはしゃいでいた。今日はとくに寒波の影響で物凄く寒い日だったんだ。僕は少しでも寒い真冬の外気に触れるのを少なくしようと、駅構内へと歩いていった。ちなみに今日は、僕の愛車の自転車はおやすみだ。今にも雪が降り出しそうな鉛色の曇天だったからだ。途中で雪が降ってきて積もった雪の中を自転車で走ることはできないよ。
駅構内とその周辺の屋根がある商店街を歩いていたときだった。僕の目に飛び込んできたのは―――宝くじの売り場だった。
「!!」
そこで僕の記憶のピースがつながったんだ。そういえば、まだ僕が倉庫に行ってた頃に宝くじをあそこの売り場で買ったよね?
確か、まだその券は財布に入ったままのはず。僕はポケットから財布を取り出した。そして、その券は財布のカード入れの一番奥に、くたくたになってずいぶんくたびれたように入っていた。
「一応確かめてみるか・・・」
どうせ、外れてるだろうけどね。万に一つ当たっていたとしても三百円くらいかな。三百円が当たっていたら、大根かジャガイモでも買ってさっさと帰ろ。
僕はそのずいぶんとくたびれた宝くじの券を右手に持ち、宝くじ売り場に近づいていった。そうして店員さんにその券を渡す。
「あのぉこれの当落をみてもらってもいいですか?」
「はい」
店員さんは僕から券を受け取ると、なにやら小さな機械に僕が渡した券を挿した。
「ッ!!」
みるみるうちに男の人の店員さんの表情がこわばっていく。もう一人女の人、歳の頃は中年の女の人の店員さんもそれを覗き込む。
「ッ!!」
女の店員さんも驚いたように目を見開いたんだ。
「??」
あれ?なにかあったのかな? もしかして僕が持ち込んだ券を偽物だと思ったのかもしれない。財布の奥に押し込まれて数か月、夏を越えて、もうずいぶんとくたくたにくたびれた宝くじの券だったから。
「「おめでとうございますっ」」
でも偽物を疑われているとか、そういうことじゃなかったみたいだ。二人の店員さんの顔が破顔し、とてもうれしそうな顔になったから。
「え?え? もしかして当たってますか?」
僕も身を乗り出した。でも、どうせ三百円か七百円くらいだろう―――。
「はい。これを見てください」
中年の女の人の店員さんが、当選番号の数字を僕に見せてくれたんだ。
「―――?」
うん?あれ?おかしいなぁ数字の桁が九つもあるよ? おかしいよね、三百円なら数字は三桁だよね・・・? うん?あれ?あれれれぇどういうことだ。
「―――」
僕は自分の当選金額を目に納めて固まった。桁を数えてみる一、十、百、千、万、十万、百万、千万、億―――って―――
「―――ッ!!」
えぇええええええッまじかッ!! 本当に驚いたときには声なんて出ないみたいだ、僕の場合は。その事実を消化すればするほど、僕の膝もがくがくぶるぶるがくぶるがくぶると震えはじめた。
「―――」
つまり僕は七つの数字を選ぶ宝くじで一等が当たったわけだ―――。うん、ここまでは解った。そしてその当選金の桁は―――九桁の七億円―――・・・
「あれ?見てくださいこの回のくじ」
すると、今度は男の店員さんが、その横にいる女の店員さんを呼んだ。呼ばれた女の店員さんは売り場の中でなにやら、その二人してなにかを確認しているようだった。ややあって男の店員さんが売り場から身を乗り出すように僕を見る。
「どうやらキャリーオーバーもしているようですね」
「キャ、キャリーオーバー・・・?」
「はい。しばらく当選者が出ていなかったようですね―――」
そうして男の店員さんは、周りの客や通行人には聴こえないような小声で、僕に当選金額を囁いたんだ―――。
「貴方の当選金額は―――、―――・・・」
「きゅ・・・きゅう・・・お―――く・・・ろく・・・せん―――まん・・・」
あれれれぇ?なんか僕腰に力が入らないよ? そう、僕の下半身足腰は力が抜けたように、ふにゃふにゃになってしまった。そして、そんな僕はその場にくずおれたんだ。
「あぁ・・・」
虚ろな意識の中、宝くじ売り場前で横たわる僕は救急車のサイレンを聞いていたんだ―――
僕はお世話になった白衣の看護師さん達に深々と頭を下げた。
「お世話になりました」
僕は昨日、駅前の宝くじ売り場で腰を抜かし、驚きのあまり気を失ってしまったわけだ。そして救急搬送された僕。検査の結果、僕の身体には大事がなかったというわけで、僕は次の日に無事退院できた。
「取りあえず、今日は帰ろう・・・」
後日、改めて銀行に当たりくじを持って行こう。僕は病院の出入り口で頭を下げて一礼し、帰路についた。
「僕ほんとに―――」
十億円近いお金が・・・僕の手元に―――転がり込んできたんだ―――。病院のベッドに横になっているときも、まだまだ実感がなくて。でもやっとだんだんと僕は実感が持てるようになっていったんだ。そして今は、今の僕は、三日前の僕と違って、この街の景色が!! そして、この曇天だけど僕の気持ち的には曇天じゃないこの空が!! 曇天だけどまるで違って視えるんだっ!!
「っ」
この曇天いいじゃないかっ!! 雪よ、今こそ振ってくれっホワイトクリスマスだっ!!
「やっほぉーいッ!!」
うぉおおおおッこんな上り坂なんて楽ちんだよぉおおおっ!! 僕は力の限り、自分の借家のぼろアパート目指して猛ダッシュで駆けていく。
「ふーっ!!」
僕ははぁっはぁっと息を切らせながら、バタンと扉を閉めた。そうして僕はばたっとせんべい布団の上にダイブした。薄い布団だからダイブした顔が痛いや。
「~~っ!!」
僕は枕を抱きかかえながら、まるでイモムシのようにバタバタとせんべい布団の上を転げまわったんだ。当然階上に住んでいる見知らぬ人から、ドンドンという足を鳴らす音があったよ。
でも、もう階上の人ともおさらばだ。取りあえず当選金で持ち家を買おう。そして弟夫婦と妹夫婦にもいくらかお裾分けしてあげよう。
「はぁっ・・・寝よ♪」
僕はほんとに久方ぶりに、心軽く安らかに床に就いたんだ。
今日は十二月二十七日だ。さすがにこれ以上、お正月に近づけば、銀行も冬期休暇に入ってしまう。朝早く起きた僕は、ちょうど九時に家を出た。印鑑や身分証明書、もちろん当たりくじも厳重に財布の中に仕舞ってある。しかも財布は紐で僕のズボンに結い繋げた。これで財布は絶対に落とさない。
僕は、この前の面接で袖を通した黒いスーツをふたたび着て、さらにその上から上着を羽織り、リュックサックを背負った。
「さぁ行こうっ」
そして、僕は愛車の自転車に跨り、坂の下にある銀行を目指す。今日はまるで僕の門出を祝ってくれるような晴れ渡った青い空だ。快晴の澄んだ空気の真冬日だ。雪なんて絶対に振らないだろう。
「僕は風になる―――」
僕は思い切り自転車を漕ぎ始め―――僕の自転車は下り坂を悠々と駆け抜けていく。もちろん車道だ。自転車は軽車両だからね。
「??」
そこで僕はふと自分の愛車の走り方に違和感を覚えたんだ。ブレーキハンドルを力いっぱい握り締めても、まるでスカスカで一向にブレーキがかからなかったんだ。
「ん?」
ブレーキワイヤーが気にかかった僕はふと、そこに視線を下げたんだ―――。
「ッ!!」
するとブレーキワイヤーが切れていて、その自転車の風切る速さにはたはたとブレーキワイヤーは揺れていた。
「ひえぇえええええッ!!」
僕の愛車は猛スピードで、赤信号を止まれずそのまま大きな国道へ真っ直ぐに止まることなく突き進んでいく。
「うわぁあああッ避けてくれぇえええッ!!」
その僕の叫び声が、なんとか聞こえたのかどうかは知らないけれど、国道を横に走っていく自動車に僕は自転車ごと突っ込まずには済み―――国道を横切った。そうして、僕が安堵したその矢先―――。
「ッ」
僕の自転車は―――大きな街路樹を目がけるように思い切りそこに突っ込んだんだ。―――激しい衝撃が僕の身体に走り、僕はハンドルを握ったまま自転車ごと吹き飛ばされて、そこで僕の視界は真っ暗に途絶えた―――。
「うんっでも大丈夫だっ。僕は大丈夫だ」
僕がハンドルを握る愛車の自転車はどこまでもどこまでも進んでいく。これで僕も、やっと空を羽ばたき飛ぶことができる人間になったんだ。
どこまでもどこまでも―――・・・僕はあの青い空の彼方を目指して僕は征く。
「よし、征こう」
僕は見上げた空を、見渡す空を突き進む。そうさ、今の僕はどこへだって、どこまででも征ける。そう―――
「あの青い空の彼方の先を目指して僕は征く―――!!」
完
あとがき―――
読者のみなさま。稚拙な文章力の私小説『僕は地虫、見上げた空を征くものよ』を最後までお読みいただきありがとうございます。