第三話 僕がこんなにも張り切るわけ
第三話 僕がこんなにも張り切るわけ
「―――」
タイムカードに印字された今の時間は十四時五十二分だ。僕は担務表を覗き込むようにして、今日の僕の担務を確認する―――
今日の僕の担当の作業内容は地域区分だった。工場からやってきた荷物、もしくは梱包した荷物は未区分のまま、この僕が今いる倉庫のフロアに集められる。その未区分の荷物を北から北海道、東北、北関東信越、首都圏、東海、北陸、関西、中国、四国、九州、沖縄と分けていく作業というものが地域区分作業だ。この作業は昨日の今池君とやったような二人作業とは違っていて、十人ぐらいで行なうチーム作業だ。僕達が荷物を木の板パレットに載せ終わるとそれを、フォークリフト搬送係の人とトラックの運ちゃんが各々のトラックへと運んでいくんだ。
つまり、地域ごとに荷物を分けるのが僕の担当作業だ。ちなみに言うと、今池君と的場君は特殊車両の運転免許証を持っているからこの搬送係の仕事もできる。今池君と的場君の二人の時給は僕なんかよりもずっと高くて、千円+五百円+危険手当でたぶん時給千六百円ぐらいなんじゃないかな。僕はこの倉庫のアルバイトの中では最低ランクの時給千円の底辺だ。
そんな時給なんかのことよりも、僕は今日の担務表を見てなによりも驚いたことがあるんだ。
「!?」
えっ!? 今日のこの地域区分作業のチームメンバーの中に、なんと芦原さんがいたんだっ!! 芦原さんは、大抵が検品作業室での検品作業か梱包作業の作業をしているから、てっきり今日も芦原さんはそこでの作業をすると僕は思っていたんだ・・・!!
え!? ほんとに!?ほんとに今日の僕は芦原さんと一緒の仕事なの?
「―――・・・っ」
いや、これはいろいろと僕が芦原さんのフォローをできればいいんだけど。彼女芦原さんはこの地域区分作業なんてあんまりしたことないと思うし、それに重い荷物だって多いんだ。この地域区分作業ってのは。
「―――」
僕は誰にも見られないように、ポケットの中に軍手を嵌めた右手を入れて、ぎゅっとその拳を握り締めたんだ。
そして倉庫長と梨原君が行なうミーティングのあと―――・・・今日の僕の作業、地域区分作業が十人のチームで始まる。今日はそのチームの中に芦原さんがいる。僕を含めた十人でぞろぞろで地域区分作業場まで向かう。その作業場は平らな広い床になっていて、その床は先にあるトラック発着場と繋がっている。
地域区分をする荷物を置くために設置する板パレットの枚数は、北海道、東北、北関東信越、首都圏、東海、北陸、関西、中国、四国、九州、沖縄の十一枚だ。それぞれに地域ごとが分かるように紙が貼られている。板パレットに荷物が五段積まれると、地域区分作業をしている十人のうちの誰かが透明なビニールのラップでぐるぐると、荷物に巻くことでずれたり落ちたりしないようにする。そのラップは家庭用の小さなものじゃなくて、大人の腕の長さほどの幅がある。別にラップを巻く係なんていう人はいない。そろそろ荷物がいっぱいだなぁってみんなが思い始めたら、誰が言うこともなく十人のうちの誰かがラップを持ち出してぐるぐると、板パレットを積んだ荷物の周りをぐるぐると回り始めるんだ。そうして完成した荷造りパレットをフォークリフト搬送係の人がフォークリフトで差してトラックのところまで運んでいく。これが地域区分作業のあらましだ。
「んっしょ」
僕は腰をかがめてダンボール箱の一つを手に取る。この荷物がもっと重いものだったら、ちゃんと膝からかがんで荷物を持たないと腰を痛めてしまう。僕は何回か、腰を完全に壊してしまったことがある。そのときは激痛でほんとに這うような動きしかできないほどの痛みなんだ。トイレに行くのにも、立つことも歩くこともできない。激痛がきりきりずきずきじんじんと腰に走り、寝ておくのがやっとだった。たとえるなら、まるで背骨がとげとげ棍棒か釘バットのような形状になって、身じろぎするたびに周りの筋肉や神経にその突起が刺さる、と思うほどの痛みだ。
僕はその痛みを経験したことで反省し、重い物はちゃんと膝からかがんで持ち上げるようにと心がけるようになった。
「・・・」
僕は自分の両手に持つこの荷物の住所を確認して北陸の板パレットに置く。置いたらまた未区分の荷物の塊のところまで戻って、また新しいダンボール箱を手に取って同じように板パレットに地域区分する。これの繰り返しだ。単純作業だから別に頭を使うような仕事内容じゃない。だから、別けるときに住所をしっかりと見る必要はあるものの、とても楽な作業だ。ちょっと重い物があるような肉体労働だけどね。
「ふぅ~」
今は五月だし、この倉庫内は冷房もないから汗が噴き出し、だらだら垂れ、肌にべたべたと汗が纏わりつく。そんな中、芦原さんの様子が気になっていた僕は、ちらりと芦原さんに視線を送ったんだ。
「ふんっと・・・!!」
芦原さんが持とうとしている荷物重そうだなぁ。大丈夫かなぁ・・・。芦原さんは身体ごと揺らしながら、荷物を持ち上げようとしているものの、その荷物は彼女にとって重すぎるのか、中々持ち上がらない。僕は次自分が持つ荷物を決めた。そして僕はその芦原さんに近づいていく。
「芦原さん大丈夫?」
「あ、茂部さん」
「持てるかい?」
「ううん・・・それが・・・」
芦原さんは悲しそうに首を横に振ったんだ。確かに彼女は小柄だ。だからあんまり重いものを持てないんだろう。
「いいよ。僕が持つよ」
「あ、うん。ありがとうございます茂部さん」
僕は芦原さんが退いた場所に座り、両手の指をがしっと荷物の底に入れて、ぐっと力をこめて手の平まで差して手の平と腕を引くことでそのダンボール箱を持ち上げた。あとは腰を痛めないように、屈伸の応用でそのダンボール箱を持ち上げた。
「ッ」
確かにこの荷物は重かった、男の僕でも。何が入っているんだろうほんとに重いや。僕はこの荷物を落とさないように慎重に東北の板パレットにゆっくりと置いた。
「ふぅ・・・」
そうして僕は腰をいたわるように背中を逸らした。それからまた僕は未区分の荷物の山のところに急いで戻る。
「―――」
僕はちらりと芦原さんを一瞥した。
「んっしょっ」
芦原さんはかわいい声を出しながら、今度は軽い荷物をその手に取ったようだ。それを彼女は地域区分していった。だから僕は重い荷物をたくさん持とうと思った。僕がそれだけ多くの荷物を持てば、芦原さんの負担は軽くなる。まぁ、当然僕と芦原さん以外にもあと八人の同僚の作業員はいるから、僕が全部重い荷物を持つ必要はないけどね。
芦原さんの手伝いをしたとき以降、何度僕は未区分の荷物の山と区分した板パレットの間を行ったり来たりしたんだろう?
またも僕は芦原さんの様子が気になり始め、ふとさり気なく芦原さんの様子を見てみた。
「んっしょっ・・・!!」
「・・・」
なんかまた荷物を持ち上げるのを苦労していそうだな・・・芦原さん。芦原さんが持とうとしているダンボール箱に入った荷物はとても重そうで、芦原さんが手に力を入れても、ほんの少ししか動かないみたいだ。でも、僕が手伝いに行ったら芦原さんには迷惑かなぁ? 他の同僚達の目もあるし―――変な噂とか気にするかも芦原さん―――
「あ・・・」
そのとき、僕の視線と芦原さんの視線が合った。そのとき芦原さんの目が、まるで僕に縋るようなそんな眼差しと表情になったんだ。
「ねぇ茂部さん。この荷物とても重いの、ねぇねぇ持ってぇ―――」
「あ、うん!!」
僕は努めてその心を顔に出さないように平静を装った。でも『よっしゃあッ』と僕の内心は躍っていたんだ。
僕はゆっくりと芦原さんに近づいていった。ほら、走っていくのもなんか、照れくさいだろ?
「持つよ?芦原さん」
「うん、よろしく茂部さん」
僕は傍らで芦原さんが見つめる中、とても重そうなダンボール箱の上部に手をかけ、そのまま自分の身体に向かって引くように半分だけ浮かす。その隙にその重いダンボール箱の底面に手を入れ―――
「せぇの・・・!!」
僕が掛け声と共にしゃがんでいた体勢から、ぐんっと屈伸の応用でそのとても重いダンボール箱を持ち上げたんだ。
「はぁ・・・」
僕はとても重いダンボール箱を九州の板パレットの上に静かに置いたあと、ゆっくりと立ち上がり安堵のため息をついた。もし、芦原さんが、このとても重いダンボール箱の荷物を持って、あまりの重さに落としてしまったらどうなっていたことか。落としてしまっていたら、この荷物の中身が壊れてしまっていたかもしれない。
「―――・・・」
ちらりと芦原さんを見た。彼女は先ほどのことがウソのように、今度は軽そうな荷物を運んでいた。ほんとに芦原さんは僕の邪魔になると思って、気を利かせてくれて向こうに行ってくれたのかもしれない。ひょっとして僕のこの気持ちも察しているのかもしれない、芦原さんは。そうして僕は、芦原さんのことが気になりつつも、地域区分作業の同僚に混じり、二十時までその地域区分作業をこなしていったんだ―――。
「おつかれさまです、茂部さん」
「う、うんおつかれさま。芦原さん」
二十時になり、倉庫を出たすぐあとのことだ。僕に挨拶をしてくれた芦原さんは帰路につく。
「―――・・・」
そして僕は今日も、『最寄り駅まで一緒に帰ろう、芦原さん』と誘うことはできなかった。だって、恥ずかしいし、馴れ馴れしいだろう?勇気がないんだ。
いつも僕はこうだ。そうしてあとから自転車を取りにいく僕は、途中で芦原さんに追いつくと、いつも僕は芦原さん会釈して自転車で彼女を抜き去っていくんだ―――。