表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第二話 僕の家での過ごし方

第二話 僕の家での過ごし方


 僕の新居は安さを求めたせいで辺鄙なところにある。僕は息を切らせながら自転車を麓のほうへと漕いで行く。倉庫街を抜け、大きな国道を横切り、その先の駅前を通り抜け、商店街を越えると坂道が急になり始めて、山のほうへと向かっていく。僕のアパートはそんな山の麓付近にあった。

「着いた着いた」

 僕は、アパートの駐輪場に、がちゃんと自転車を起こし立て僕の自転車を止めた。あの海沿いの倉庫からここまで自転車を漕ぐこと、およそ三十分。まえに母さんと住んでいた公営住宅は、本当に駅近だったから、自転車を使い、倉庫まで五分だった。そういえば、梨原君が言っていたっけ、『上のほうは安いですけど、不便だから無駄です』って。でもまぁ、いいさ。駅前の民間賃貸だと、無慈悲に八万円を超えてくるからね。そんな駅前は安くても六万円。僕の給料だと、逆立ちしても、借りることなんてできない。

 一応、母さんの遺産は少し―――父さんが遺してくれたものも含めて二千万円くらいはあったけど、僕は母さんの遺産は相続放棄をした。自分で汗水垂らして稼いだ僕のお金じゃないし、家庭を持っている弟夫婦と妹夫婦に全部あげた。弟は二人の息子を、妹は一人の息子と二人の娘を伴侶との間に授かった。弟夫婦も妹夫婦も共働きで、育ち盛りの子供達がいる。だから僕はちょっとでも弟妹の二人には楽な生活をしてほしかったら、僕は僕の取り分をかわいい弟と妹にわたしたというわけだ。


「~♪ ~♪ ~♪」

 僕は自転車を止めると、ふんふんふぅんと鼻歌まじりでアパートの僕の部屋へと向かった。僕の部屋はこのアパートの一番真ん中だ。外が見える窓は一つしかない。上と両隣にも人が入っている。上の人は、ドンドンと足を鳴らす人。左は老夫婦。右は知らない。

「ふぅ。さっぱりした」

 シャワーを浴び、身体を拭いた僕はタオルを首にかけながら、座布団の上に腰をおろした。母さんが亡くなってこの新居のアパートに引っ越すとき荷物はできる限り減らそうと決意した。なぜかって?それは母さんの遺品が多くて、しかも父さんの物までそのまま残っていた。相続放棄した僕の代わりに、弟夫婦が率先して遺品整理をしてくれる。たまに妹も子供を連れて実家に帰って来て、弟夫婦と一緒に遺品整理をしているみたい。そんな弟から、子供のいない兄さんは荷物を減らしておいたほうがいいよ、と聞かされたんだ。僕も、弟と妹が行なう家の遺品整理を手伝ったことは何回かあるけど、僕も弟の言葉が本当だということを身に沁みて解ったんだ。

 でも、そんな相続放棄をした僕なんかに、弟は実家だった家の冷蔵庫と電子レンジ、洗濯機を僕にくれたんだ。お金がない僕はそれだけでとても嬉しかった。だって冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機は新たに買い揃えるだけで十万円以上はかかってしまう。

 ちなみに僕は、テレビは貰わなかった。それ以外の家具も。だって荷物が増えるし、車を持っていない僕は、それを今の新居に運ぶ手段もなかったんだ。引越し屋に頼むとそれだけでお金がかかるしさ。僕の給料じゃこれからこの街で細々とようやっと暮らしていくのがぎりぎりだ。お金はできるだけ、使わないほうがいいに決まっている。

 僕は仕事帰りに寄ったスーパーで買った値引き食品で軽く夕飯を済ませると、僕の薄いせんべい布団に横になったんだ。今は五月、だんだんと暑くなる頃だ。だから、凍え死ぬことはないって。

「・・・」

 だんだんと僕の目蓋が重くなってくる。今は二十二時だ。独り暮らしをするようになって、母さんの身の回りの介助をすることもなくなった。だからずいぶんと僕が寝る時間が早くなったような気がする。僕は母さんの身の回りの介助以外にも、母さんのために炊事洗濯、風呂なども全部行なっていた。でも、独り暮らしはそれをしないから、その点気楽でいい。だって適当にご飯を作ればいいし、洗濯も纏めて三日に一回している。さすがにそれ以上汚れた衣服を置いていると、臭いが残るようになるから置かないけどね。でもちょっとやっぱり独りは寂しい。

 ぼろアパートは六畳と四畳半の台所が一つ。その中で僕はその眠気に身を任せたんだ。

「おやすみ・・・」

 僕はせんべい布団で深い眠りに落ちていった―――。


///


「う・・・うん・・・―――」

 朝になったみたい。僕は遮光カーテンを買うお金がもったいなかった。よって僕の新居の部屋は薄いぺらぺらな布一枚のカーテンしかない。だから、朝になると、朝日がカーテンを突き抜けて部屋の中まで入ってくる。いつも―――この季節だったら日出からしばらく経った六時頃には眩しい朝日のせいで僕は目が覚めてしまうんだ。でも、まだ眠い。そんなときはこれの出番だ。僕はうつらうつらしながら、右手を枕元へと伸ばした。

「―――っ」

 僕の右手がそれの端を掴む。それとは蓋を閉めていないダンボール箱だ。僕は枕ごと頭をダンボール箱の中に入れた。そうすると視界が暗くなって、これでまた眠ることができるってもんだ。僕は―――僕の意識は・・・

「・・・、・・・、・・・」

 また泥の中に潜るように落ちていったんだ。


「―――・・・」

 そして、十時頃。僕の眠気はすっかり取れ、意識は完全に晴れ渡る。僕はせんべい布団からむくりと這い起きた。まずは顔を洗う。寝ているうちに出てきた汗やら脂は気持ち悪いから洗い流しておきたい。そして口を漱ぐ。

 小ぎれいになった僕はそこでおもむろに献立を考える。うん、めんどくさいからカレーでいいや。

「~♪ ~♪」

 僕は鼻歌まじりで、玉ねぎの皮を剥き、その次はピーラーを使ってジャガイモの皮とニンジンの皮を剥いていく。ピーラーの刃で手を切ってしまわないように慎重に。カレーってこだわらなかったら、ほんとに安上がりで済むよね。

 まな板を置き、今度は包丁でとんとんとジャガイモとニンジンをお手頃サイズに切り分ける。玉ねぎを切るときは目が痛くなるから素早くしゃっしゃっと切る。ついで鶏肉を少々切ってから鍋へと入れた。ほんとは豚肉や牛肉のほうが美味しいんだけど、でも豚肉も牛肉も高いもんなぁ。

 次に切り分けたジャガイモ、ニンジン、玉ねぎと順番に、それから蛇口をひねって水を最後に入れる。あとは火にかけておくだけだ。でも茹でるときにジャガイモが柔らかくなりすぎると、潰れてしまうから弱火にしておこう。

 その間に僕は洗濯機をかけて、カレールーの用意をし、溶かしかき混ぜ、その間に洗濯物が出来上がるから、干していく。と、まぁ、これが、出勤までの僕の日常だ。それが終わり、僕は時間なく出来立てのカレーを掻きこむように食べる。もう出勤時間の十四時が迫ってくる。

 僕は空のペットボトルを水道水で満たし、一つ握ったおにぎりと一緒にそれをリュックに詰め込む。

「レッツゴーッ!!」

 僕はリュックを背負うと、僕の愛車である自転車に跨り、海のほうの倉庫街を目指すんだ!! 帰りしなは上り坂ばかりで、とんでもなくふーっふーっ息を切らせながら、しんどい上り坂を三十分漕いで上がる。でも、出勤はとても楽だ。なんてったってほぼ下り坂だから、惰性でただ下がるように走れる。下り坂の車道を猛ダッシュで漕げば、帰るときより遥かに早くて職場まで十五分で着くことができるんだ。

「いぇーいっ」

 僕は風になる。風になれるんだ・・・!! 商店街の前の大きな道を僕の自転車は颯爽と駆け抜け、駅前の交差点を、大きな国道を横切り、電車の線路の踏切を越え、倉庫街へと自転車の僕は至る。そうして勤務先の倉庫の前で僕はハンドルを握り締めながら、ききっとブレーキだ。

「新記録達成じゃないか・・・!!」

 僕は折りたたみ式の携帯電話をパカッと開けて液晶画面に記された時間を確認する。おぉう十四分で行けたよ。明らかに新記録だ。僕は携帯電話を真ん中から折るように閉じてそれをポケットの中に仕舞った。ちなみにスマートフォンは通信料が高いから僕は持っていない。僕の持つこの相棒の携帯電話はすでに十年近く苦楽を共にした携帯電話だ。まだまだ現役でいてくれ僕の携帯電話ちゃん。きみに壊れてもらったら僕が困る。

「それにしても、時間早く着きすぎちゃったなぁ・・・」

 今の時間は十四時二十分ぐらいだ。僕の勤務時間は十五時からだ。自転車を駐輪場に停めた僕は、倉庫の敷地内の車止めに腰を下ろした。

「―――・・・」

 僕は、車止めに座って時間が来るまでぼんやりと海の方を眺めていた。倉庫街のコの字に折れた向こう岸は釣り人の人達に解放されている。そこではおじいさんが海に竿を投げて釣りをしていた。他にも何人か岸壁から釣りをしている人達も見えた。

「―――・・・」

 僕もあの人達みたいに釣りをしてさぁ。それでもし魚が釣れたら、釣れた魚で生活費を浮かしたいなぁ・・・。

「・・・」

 そんな感じで僕がぼうっと釣り人と海を眺めていたときだった。一人の人がこの職場へと歩いてくる。足音で判るこの人は―――

「あれ?茂部さん入らないんですか?」

「あ、ううん。入るよ」

 その女の子に声をかけられた僕は、ゆっくりとその子に振り返ったんだ。

「おはよう、芦原さん」

「あ、はい。おはようございます」

 その女の子の名前は芦原 沙和子さんって言うんだけど、この芦原さんっていう女の子はこの男ばかりの職場の中で数少ない若い女の子の一人だ。若いって言っても僕の見た目では三十代前半ぐらいに見える。芦原さんは眼鏡をかけていて、落ち着き払った女性だ。髪の毛は長いこともなくまた短いこともない。体格はちょっと小柄の人だけど、でも小柄然としたバランスのいい感じだ。痩せているわけでも、肥えているわけでもない。また、芦原さんの性格は騒がしいわけでもなく、かといってまったく喋らないわけでもなく、ほんとに普通のそこらへんにいるようなふつうの女の子だ。

 僕は車止めから立ち上がった。僕の様子を見た芦原さんは少し微笑んで、僕もちょっと照れるように一緒に倉庫内の職場の扉をくぐったんだ。

 倉庫内に入ると、そこで芦原さんと別れた。僕は男性更衣室へ、芦原さんは女性更衣室へと続く。着替え終わった僕が、担務表とタイムカードがある場所へ赴くと、すでに作業着に着替えていた芦原さんが来ていた。僕を待っていたなんて・・・そんなことはないよね―――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ