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更生

むずかしかった……

「……で、実際のところはどうなんだ?」


「実際、というと?」


 ユキがハウスに行くのを見届けたシンラは、リンベルに向かい合い、かなり思い切った内容の話を切り出していた。


「俺はお前のことをまだ信用しきれていない。ユキの手前言い出せなかったが、お前がPKなんじゃないかと睨んでいる」


「……」


 シンラがその考えに至った理由についてはいくつかあり、その根拠を述べながら、リンベルの反応を窺う。


「βテストに有名なPKがいたよな。そいつの特徴とかなり一致していることを考慮すれば、お前がPKだと警戒しておいた方が身のためだろ? なぁ、実際のところはどうなんだよ。アンタは白ネコなのか?」


 白ネコとは、そのPKの通称である。


 白ネコの身長や体格など、その特徴は細かく晒されている。スクリーンショットなども多く寄せられているので、かなり詳細な特徴になっていて、ちょっと調べれば誰でも分かるくらいには有名な存在だ。少なくとも、このゲームにおいては。


 その特徴とリンベルの特徴が一致していることや、戦い方に対人戦特有の動きが出ていたりといったところが、この推察に辿り着いた要因だ。


「……ちょっと詰めが甘かったか。やっぱり早いうちに変装スキルを取得しとくべきだったなぁ……。


 そうだよ、僕はプレイヤーキラー──厳密に言うと元、ね。 君の言う通りだよ。確かにβテスト時代は白ネコとして暴れ回っていたけれど、今は全くそんなつもりはない。


 ……ユキさんに誘ってもらえて、本当に嬉しかったんだ」


「随分と素直だな。だがな、信じられる訳がないだろう? いつ背後から刺されるかも分からない相手を、仲間に迎え入れようとは思えねぇ。それに振り回されるユキが可哀想だ」


 要するに仲間になるなと、シンラはそう言いたいのだ。


「そう? 仲間じゃなくなったその瞬間から、僕はPKだけど。僕はタチの悪いPK、白ネコだからね。君たちをストーカーのように、いつまでも追うよ。そして殺し続ける」


 何故リンベルがPKから足を洗ったのかは気になるところだが、どうやら今のところ、どんな手を使ってでも仲間になる気らしい。


「なんとも酷い脅しだな。あぁ、ユキに危害を加えるつもりが微塵もないのは分かった。分かったとも。だがな、ユキには正体を隠し通してくれ。アイツが負い目を感じるような真似はしたかねぇんだ」


「言われなくてもそのつもりさ〜。


 にしても、こうやって気楽に振る舞えるのはいいねぇ。自分を演じる必要がなくて、最高の気分だよ」


「俺はいつ殺されるかとヒヤヒヤして最悪の気分だったがな」


 黙っておくべきか悩んだ。PKかもしれない相手を前に、かなり思い切った選択だったように思える。


「……というか君も人のこと言えないんじゃないの〜? これは他のPKから聞いた話だけど、君は別のゲームでは女性を手玉にとってゲームを有利に進めていたらしいじゃないか。ここのベータテストではそんな話はあまり聞かなかったけど」


 実はシンラもVRゲーム界隈では有名だった。そのやり口としては、女性に甘い言葉を囁いて気持ちのいい思いをしてもらい、その対価としてゲーム内のアイテムを受け取るなど、まだいくらか善良ではあった。決して暴力に訴えることもない。あるのは本人の顔面とコミュニケーション能力の腕の良さだけだ。


「……さすがに知っていたか。裏の情報は回りやすいもんな。


このゲームでは──というか、今後そういうことはやらないと、そう決めたんだ。あまり深くは詮索しないでくれると、助かる」


「まぁ何があったのかは聞かないけどさぁ。ユキさんを騙そうとかそういう訳じゃないんでしょ? ならいいよ。僕も同じような立場だし偉そうには言えないからね。あとウワサが正しければの話なんだけど、君って男が嫌いなんじゃないの?」


 だんだんと素の顔が出てきたリンベル。シンラにとってもこちらの方が話しやすく、お互いに砕けた態度だと会話が弾む。


「そういう噂があるのか。俺はユキを騙すつもりは微塵もないし、確かに男は好きじゃないな。その件についても噂についても、否定はしない」


「奇遇だね。僕も男はそんなに好きじゃない」


 二人はお互いの秘密を共有し、これからも隠し通すと約束しあった。


「ユキさんって僕らみたいなのを引き寄せやすい体質なわけ?」


「まぁ、装備の件といい、カエルの件といい、何かしら持ってるんだろう。それは間違いない」


 着目するべきは、犯罪者に近い二人をピンポイントで引き当てるユキの引きの強さだ。


 良いのか悪いのかは別として、ハプニングを引き寄せやすい体質といってもいいだろう。


「……なんで男嫌いのアンタがユキさんと関係を断たないの? 見た目は女だから?」


「……正直、男だと言われるまで騙されていたよ。かなり近距離で会話したのに、完全に女だと思った。声にすら男の要素がないしな」


「あぁ、声すごいよね。男だって言われた時は本当なのかと耳を疑ったもん」


 その割にはあっさり信じていた気がするが、正直まだ疑っているとリンベルは言う。それこそが本音なのだろう。


「俺は何としてでも、ユキの装備の作成者に教えを乞おうと思っている。師匠と呼ぶべきかもしれん。そんな打算があるのは、確かだ」


「ユキさんのドレスって、服飾系の職業の管轄じゃないの? 初期職業じゃないからNPCしか今のところいないだろうけど、君は鍛冶師じゃないか」


「俺は現状取得できる生産系スキルの殆どを取得したぞ。ユキのお陰でな」


「はぁ? なにそれ羨ましい。僕もベータの時みたいに暗殺系に割きたいんだけど。というかそれだけ生産に割いてあの強さだった事が衝撃だよ」


「ステータスポイントの賜物だな。因みに今のレベルは17だ」


 リンベルの現在のレベルが5ということを参考にすれば、その数値の異常さが分かる。この二人の間に三倍以上の開きがあるのだ。


「驚きすぎて声も出ないんだけど。そりゃカエル倒せるよね。僕が十人いてもレベル差で二人に負けそう」


「因みにユキの方が倒した量が多いから、そっちに多めに経験値が充てられている。当然、レベルも1つか2つくらい上だ。


 ……しかも本人はβテストを経験していないから、このレベルの上がり方に違和感を抱いていない。俺は経験してるから分かるが、さすがにおかしいよな」


「もうすぐ20なの!? クラスチェンジ出来ちゃうじゃん……。初日からクラスチェンジってだいぶおかしい、よね……?」


「あぁ。おかしい、おかしいはずなんだが……」


 驚きすぎて声が出なくなったリンベル。同時に、βテスト時代に経験値を稼ぎたいがあまりにPKに走ってしまった自分は一体なんだったのかと、後悔に苛まれた。それが転じてPKとして一躍有名になってしまった。


「なんかめっちゃ悔しい……。ねぇ、レベリングに付き合ってくんない?」


「装備素材の買い出しが終わって、ユキに説明してからな。あと今更だが軽い口をきくな、歳上を敬え」


「ユキさんには歳下だからって遠慮すんなとか言ってたくせに」


「お前いつから俺らの話を聞いてたんだ!?」


 本日の教訓


 PKを舐めてはいけない。

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