第六十九話「諦めないで最後まで……(人生もね)」
「ああ。先輩早く来てくださいよ~」
開始10分程でかなりの点差を付けられてしまった。私は泣きそうだった。
バタン。
「はあ。はあ。くそ」
そこに先輩が息を切らせて帰ってきた。そもそもなんでこの人は閉じ込められていたんでしょうか。謎です。
「何で、愛華がここにいるんだよ」
「その話は後で、今超やばいです。ちなみに良子ちゃんもいます」
「見れば。分かるよ」
「どうやって入った?」
「管理人さんに愛人ですって言って入れてもらいました」
「嘘だよな……」
「本当は、っていうか話している場合じゃないんですよー」
「見せろ」
先輩は私を押しのけてPCの画面を覗き込んだ。ちなみに625対0で絶賛負けています。
「お前ら、何、負けてんだよ!」
「せ。先輩。頼み……ますから揺さぶらないでください~」
先輩は両手で私の頭を挟んで激しく揺さぶった。脳がシェイクされて気持ちが悪い。
「俺もインするぞ」
先輩は部屋のデスクトップのPCを起動させた。中々PCが起動しないので先輩はイライラしているようでしきりに貧乏揺すりをしていた。
「愛華、何でこんなことになってるんだ。説明しろ!」
「あのですね。ごにょ、ごにょ」
私は先輩に馬鹿でも分かるように簡潔に説明してあげた。私のパソコン画面は味方がバタバタとやられている。私も何度殺されたのか分からない。この昨日のジョニーっていうキャラが強すぎるんですよ。嘘じゃなくて。本当に。
「なんだと……。良子ちゃん、良子ちゃんがいながら何やっているんだ」
「つい……熱くなって……ごめんなさい」
良子ちゃんは激しくキーボードを連打しながら、画面を見つめながら謝っていた。一番の核の支援WIZをやっている良子ちゃんはおそらくかなり余裕がないはずだ。分かりにくいけど真っ青な顔をして、うっすらと顔に汗をかいていた。
「よし、インするぞ」
「先輩……インしても参加できませんよ」
「チャットで参加するからいい」
「勘弁してくださいよ……」
「……邪魔」
そんなことを言いながらも1235対125と1000点ほど差を付けられてしまっていた。まとまりがないので死亡者続出、タゲもばらばらで、なかなか相手を倒せない。
ザ・ワールド ふははは。どうだ。パンク。これが僕の実力だ。
ケミカルパンク お前ら何やってやがる!
ねこねここねこ うるさいわね。なんで来たの? 黙っててよ。
ケミカルパンク やわいキャラに攻撃を集中させろ。かりかり肉まんか。音楽性の違いがやわいぞ。
ザ・ワールド ケミカルパンク! そこで指をくわえて見ていろ。
ねこねここねこ うるさい! 黙ってて。気が散る。
タリア 出ていないやつは黙れ!
ケミカルパンク お前らが指示しないでどうするんだ。
ロマンチストジャーニー マスタああああああ。私マスタああああの代わりに、頑張りますからねえええええ。
ケミカルパンク おい。ロマンチスト。出過ぎだ。あー。
ケミカルアイカ みんな落ち着いてっすよ~。
ラスト十分、5632対342。5000も差を付けられて、私はさすがにもう駄目だと諦めていた。先輩はチャットしながら私を足で蹴るし、臭いし、痛いし、精神的にも肉体的にもぼろぼろだった。
昨日のジョニー ザ・ワールド、契約はここまでだ。じゃあな。
アンテナ取り付け一万五千円 さよならですねー。頑張ってくださいねー。
ザ・ワールド ちょ……。ちょっと待って。あ……。
なぜか、画面上から相手のキャラが大量にログアウトした。私は今までこのゲームをやっていてこんなことは初めてだったので、何が起きたのか分からなかった。バグったのかとも思った。
ケミカルパンク なんか知らんがチャンスだぞ。たたみかけろ!
ニートは人間国宝 4人しかいないぞ。行けるぞ! うおおおお!
ねこねここねこ 絶対に逃さないでよ! 集中砲火!
タリア クマとハウスキーパーは足止めだ。逃がすなよ。
ねこねここねこ チャンスっす~。これやばいっすよ~。まず1人♪
私は弓の射程を最大限に利用して画面の外に逃げようとしている。かりかり肉まんをまず倒した。5632対534。点数は負けているが全滅させれば勝てる。
ザ・ワールド なんでこんなことにジョニー、覚えていろよ。みんな散らばれ、1人でもいい。逃げきるんだ。
剛田チーズ マスタ。すいま……せん。
ザ・ワールド 剛田あああああああ! 後は、ルルはどうした。
ルールル、ルルル、ルールル……。 私はとっくにフェイドアウト!
ケミカルパンク 後は、お前だけだな。ザ・ワールド。
ザ・ワールド 僕は、逃げきって見せますよ。
タリア 囲め! 絶対に逃すな。
ケミカルアイカ みんなでぼころうっすよ~。
残り時間は3分、総勢14人でザ・ワールドに対して総攻撃を加えた。残りHPは殆ど無いんだけどなかなか死なない。ゴキブリ並の生命力だ。気持ち悪い。
「愛華! 愛華! まずいぞ。早くしろ」
「先輩。お願い……しますから蹴らないでくださいよ。臭いです~」
「……やった」
『レッドウィングの勝利で試合が終了いたしました。お疲れ様でした』
残り、1分ほどでザ・ワールドを倒してなんとか全滅勝ちすることができた。まさに軌跡。ミラクルです。
「よし! まず1勝。よくやったぞ!」
「私、最後2人倒しましたよ」
「愛華。よくやった。お前は偉い」
「……私は?」
「良子ちゃんも今日は殆ど役にたってなかったけど、勝ったから偉いぞ!」
「……微妙」
先輩は私と良子ちゃんの肩をバシバシと乱暴に叩いた。よっぽど嬉しいみたい。私たちを叩き飽きるとキーボードを打って、レッドウィングのメンバーをねぎらっていた。今まで先輩のこと口だけで使えない馬鹿(いい意味で)だと思っていたけど、先輩はレッドウィングに必要な実感した。たぶん先輩がいたらここまで苦戦しなかったと思う。
「それで愛華……。どうやって入ったんだ? ああ!?」
「良子ちゃーん。そろそろ帰ろっか」
「待て! 聞かせてもらおうか」
「さよなら~。良子ちゃん。早く。先輩。ごめん!」
「目があああああ。くそ愛華あああ。待ちやがれ」
私は先輩の顔目がけて、ポケットから取り出した塩を投げつけた。先輩がひるんだ隙にパソコンと良子ちゃんを手に取って先輩のアパートから抜けだした。アパートではすごい唸り声と物が倒れる音が聞こえた。
「本当はニートなお兄ちゃんを迎えに来た妹達として入ったとはとても言えないよ……」
「愛人よりは……いい気がする……けど」
先輩はしばらく、アパートの人から可哀想な人だという目線を受けることになったみたいです。
「おい。愛華。この前、『生きてればいいことあるよ』って励まされたぞ。どういうことだ」