第六十七話「予期せぬ事態」
今日は俺たちが待ちに待った予選リーグ一回戦が開始される日だ。俺がどれほどこの日
を心待ちにしていたか、言葉には言い表せないくらいである。あえて言葉にすれば毎日俺はカレンダーに×を記し続けて、今か、今かと待ち続けていたのだ。
それなのに……それなのに。予選リーグの一回戦のその日、俺は開始時間五分前に学校にいた。学校からインしようとかそんなことではないのだ。目の前にはノートPCなど無い。携帯ではインできないので事実上、俺は試合には参加できないみたいだ。
なぜおれがこんな目に合っているのかそれは今日の放課後に遡る。
俺は、やっとのことで退屈な授業が終わり早く帰ってチーム戦の用意をしようと思い、教室から出ようとしていた。
「待て。岡崎。君に頼みたいことがある」
この声はニット帽がチャームポイントの生徒会長にして学級委員、西園寺秀夫だ。西園寺は実は足が水虫では無いかと言われている疑惑の男だ。こんなやつに構っている暇はない。さっさと帰ってゲームをしなくては……。
「俺には無い。じゃあな」
「待て。何だ。そのコピペみたいな。しゃべりは、まるで手抜きしているみたいじゃないか」
全く、こいつはいつも忙しい時に絡んでくる。今日はこいつのチームとの対戦だから、俺が忙しいのは知っていると思うのだが……。
「岡崎くん。西園寺君の手伝いをするんだ」
俺の背後にいつのまにか担任が立っていた。この担任はこの台詞しか言えないのか。
「なぜ俺がやらなければいけないんですか?」
「クラスメイトだろうが頼んだぞ」
「……はあ。そういうものですか」
「そういうものだ。いいからやれ」
「頼んだぞ。岡崎。すぐに生徒会の倉庫まで来い。僕は先に準備しているからな」
西園寺は俺に気持ち悪い笑みを浮かべると担任と一緒に教室から出て行った。どうやらリアルでの攻撃を俺に仕掛けてきたようだ。
俺は三階の外れにある生徒会の倉庫まで行くとあまりの仕事の量に呆然としてしまった。
「この書類を年代順に棚に整理してくれ」
「おい。おい。これ今日中には無理だろ。いくらなんでも多すぎるぞ」
「別に今日で無くても構わない。下校時間になったら帰っても構わないから頼んだぞ」
西園寺はそう言うと倉庫から出て行こうとする。
「おい! まさか俺一人でやるのかよ」
「何を言っているんですか。君、一人でやるんですよ。僕は僕で生徒会の仕事がありましてね。とても倉庫など整理していられませんから。頼みますよ。マスターの岡崎君」
再び、西園寺は気味の悪い笑みを浮かべると倉庫から出て行った。
「くそ! こんなもの一人でできる訳ねえじゃねか! うおおおおお」
俺は怒りの余り近くの棚を蹴ったら本が崩れてきて埋もれてしまった。しまった。仕事を増やしてしまったようだ。
一時間ほど真面目に書類の整理をしているところにドアの鍵が閉まる音が聞こえたような気がした。俺はドアに近づきドアを開けようとした。
「あ。開かないじゃないか。おい! 鍵かけんなよ」
外に人の気配がする。こいつが鍵をかけたのだろう。俺は叫んだ。冗談ではない。これから俺はチーム戦に行かなくてはならないのだ。
「おい。誰だか知らないが開けろ。俺は忙しんだ」
「悪く思わないでくださいよ。僕はどうしても君に負ける訳には行かないんですよ」
「お。お前は!西園寺だな。開けろ! 何くだらねえことやってんだよ」
「ふふ。せいぜい吠えているがいいですよ。勝つのは僕達、ECO今岡です」
西園寺の足音が遠ざかろうとしていた。まずい。このままではここから出られない。
「岡崎いいいいいいい! お前覚えていろよ。お前が禿げていることと水虫なことをばらしてやるかな! 覚悟しろよ!」
「僕は禿げても無いし! 水虫でもない!」
俺の決死の叫びも学校にこだましただけで無駄に終わった。西園寺の気配が無くなると急に静かになった。時計を見るともう下校時間はとっくに過ぎていた。
俺はここを出るために必死に打開策を練った。ドアは開かない。3階だし窓から飛び降りる訳にはいかない。俺はポケットを探ってみた。これがじゃないか。携帯電話が。
とりあえず愛華に電話して助けを求めることにした。
プルルルル。プルルル。
『掛けになった電話は電波が届かない……』
携帯電話からお決まりの文句が流れてきた。
「出ない。いつ。こんな時になぜ出ない。意味がわからん。携帯なんだから携帯しとけよ!」
使えない愛華は諦めて良子ちゃんにかけることにした。きっと良子ちゃんなら出てくれるに違いない。俺は良子ちゃんに電話をかけるために電話帳を開いた。
「あれ? あれ? 良子ちゃんの携帯番号が無いぞ」
なぜか良子ちゃんの携帯番号がなかった。なぜだろうか。そういえば俺は良子ちゃんの携帯番号を知らなかったことを思い出した。付き合いは長いが俺は良子ちゃんとはチャットでの連絡で間に合っていたので今まで電話をしたことが無かったのだ。それが今仇になってしまった。
「そうだ。内藤君がいた。なんで忘れていたんだ」
俺は藁にもすがる思いで内藤君にかけた。
プルルル。プルルル。ガチャ。
「はい。もしもし」
出た。内藤君が出た。
「内藤くん。緊急事態だ。頼む。学校に――」
「こっちも緊急事態なんですよ。おら! 死ね!」
電話からエアホッケーのパックの音がする。どうやら内藤くんは唯一の特技のエアホッケーをやっているようだ。
「内藤君。頼む。俺の話を聞いてくれ。俺は今閉じ込められ――」
「岡崎君。いや。岡崎。俺は今緊急事態なんだ。邪魔するな。殺すぞ!」
ガチャ。
「へ……」
内藤くんは今までに聞いたことのない声と台詞を吐いて問答無用に電話を切った。俺はこれで全てが終わったと思い、崩れ落ちて本心状態になった。
そして、時間は戻って現在。つまり試合開始五分前。俺は倉庫にいた。少し前に愛華から連絡が来て、愛華の代わりに友達が助けにくることにはなったのだがもう試合には間に合わない。俺はこの暗い倉庫で試合が勝つように祈るしかなくなった。
場所は代わり、ファンタジークエスト予選リーグ一回戦、レッドウィングvsECO今岡の対戦場所『草原』のフィールドではケミカルパンクが来ないので苛立っていた。
ねこねここねこ おい。パンクはなぜ来ない。
ケミカルアイカ 兄さんはなぜか倉庫に閉じ込められたらしく来ないっすよ。
ねこねここねこ あほか。あいつは!
ロマンチストジャーニー 安心してくださあああああああああああい。私がいますからあああああああああああ。
タリア 不本意ながらロマンチストで行くしか無いな。
ニートは人間国宝 ああ。非常に不本意だがロマンチストで我慢しよう。
ロマンチストジャーニー みなさーんうううう。私がんばりますからねええええええ。マスタああああああああああああああ。草葉のかげから見守っていてくださいねええええええ。
俺は俺の代わりにロマンチストジャーニーが出ていることとは知らずに窓から見える星を眺めていた。久しぶりに見上げた星はとても綺麗だった。まさか学校に閉じ込められて見るとは思わなかったが。
『試合が開始されました』
ファンタジークエストの『草原』のフィールドでは開始が宣言された。俺抜きでの試合が今開始された。
ご拝読ありがとうございます。久しぶりの更新です。要約一回戦にたどり着くことができました。
よろしくお願いします。