第五十六話「集めて、揃えて、止める」
俺は忙しかった。とにかく忙しかった。ファイナルトーナメントの選抜の準備で寝る暇が無いほど忙しかった。もう学校になど行っている暇は無かったがさすがに今まで結構休んでいるのでこれ以上休むことができなかったので仕方が無く学校に向かった。
授業中は十分に睡眠を取って夜に備えることにした。とても無駄な体力を使っている暇など無い。先生も空気を読んでくれて俺を起こすことはなかった。
放課後、HRが終わると早速俺は帰り支度をした。これからが俺の一日の始まりだ。俺はさっそうと教室から出ていこうとしているところを呼び止められた。
「待て。岡崎。君に頼みたいことがある」
ニット帽がチャームポイントの生徒会長にして学級委員、西園寺秀夫だった。ニット帽の下は実はハゲているんじゃないかという疑惑の男だ。こんなやつに構っている暇はない。さっさと帰ってゲームをしなくては。
「俺にはない。じゃあな」
「岡崎君。西園寺君の手伝いをしなさい」
西園寺の背後に担任の何とか原がいた。黒メガネが特徴のいかにも堅そうな中年の男でとっても融通の効かない男だ。新学期俺はこいつが担任だと言う話を聞いて終わったなと思った。実際ここ何ヶ月か付き合ってみたが担任は出世にしか目がないようで全く使い物にならないやつだった。俺は密かにこの男の足を引っ張ってやろうと思っていた。
「なぜ俺がやらなければいけないんですか?」
「クラスメイトだろうが頼んだぞ」
「……はあ。そういうものですか」
「そういうものだ。いいからやれ」
訳の分からない理屈で俺がやることになった。クラスメイトならそこにもあそこにもいっぱいいるだろうが。なぜ俺がそんな面倒なことをやらなければならないんだ。今回の担任は西園寺をやけに肩を持つ。俺は金でも握らされているのかと密かに思っている。
「だとさ。お願いするよ」
「俺はやるなんて言ってないぞ」
「この冊子を作って欲しい。明日使うから今日中に頼む。できたら帰っていいから」
見るとかなりの枚数の紙が俺の前の机に積まれた。どうやら生徒会の議事録のようだ。
「これ生徒会の仕事じゃないか。なんで俺がそこまでやらなければならないんだ」
「岡崎。頼むよ。どうせ暇だろう」
「暇じゃねえよ。すげー。忙しいって。今から帰らないとまずいんだよ」
「じゃあ先生行きましょうか。昨日ですね。おいしい牛丼屋を見つけたんですよ。アメリカ産牛肉100%でものすごくおいしいんですよ」
「おい! 聞けって」
西園寺は先生と出て行った。俺のことは完全に無視のようだった。あの野郎め。ふざけやがって。こんなことやってられるか。
「くそ! 何だ。あいつは」
見ると冊子の一部の枚数は10枚だが100部くらい綴ってホチキスで止めなければならない。やりたくは無いが仮にも生徒会長に逆らうと後々面倒くさそうだ。一応俺は平和主義者なのでやってやることにした。
「こんなにいらねえだろうが。資源の無駄だぜ。しかし、多いな。これは」
考えた結果、俺は助っ人を呼ぶことにした。助っ人に全部やらせればいいんだ。
「あいつはこういう時のためにいるんだよな」
俺の第一下僕の内藤君を召喚することにした。彼は俺の呼び出しならどこにいようとも必ず来てくれるジャフみたいな男だ。
「出ないな。あいつ」
「お。出た。出た。もしもし」
「何? 岡崎君。ハッ。ハッ」
「内藤君。頼みがあるんだけど」
「ハッ。ハッ。頼みって? ハッ。ハッ」
「いや。西園寺に雑用頼まれてさ」
「ハッ。ハッ。ごめん。ちょっと……ハッ。手が離せなくて」
「なんだ。そのハッって。うるさいぞ」
「ごめん。ハッ。ハッ。ハッ。あああああああ。しまったああああ」
プー。プー。
内藤くんの奇声と共にすごい物音がして電話が切れた。あいつ何やってるんだ。いつもながら意味が分からないやつだ。
「何だ。あいつは。全く使えないやつだ」
仕方ないので第二下僕にかけることにした。彼女はかゆいところに手が届くくらい気のつくやつだ。きっと今、俺の教室の側にいるかも知れない。とりあえず電話をかけて呼び出すことにした。
「もしもし。愛華か」
「何ですか。ヤッ。ヤッ。ヤッ。先輩」
「喜べ。愛華。お前は選ばれた。何千人の中から選ばれたんだぞ。こんなことお前の人生の中で初だと思うぞ」
「それは。ヤッ。ヤッ。すごいですね……」
「ああ。すごいことだぞ。だから今すぐに俺の教室まで来い」
「ちょっと……ヤッ。ヤッ。今はちょっと。無理」
「何だ。うるさいな。変な雑音も入ってるぞ。お前どこにいるんだ」
「どこって……あのですね。ヤッ。ヤッ。ヤッあああああああああ」
プー。プー。
「まただ。何だ。」
内藤くんも愛華も使えない。仕方がない。最後の一人にかけるか。あまり期待できないが一応かけて見るか。
その人物はワンコールで出た。
「誰ですか?」
「俺だ。俺。俺。良子ちゃん。大変なことが起きたんだ。早く来てくれ。頼む!」
「だから俺だって。俺。俺」
「あの……誰ですか」
「俺。だって俺」
「岡崎先輩……ですよね」
「分かっているなら変なことやらせるな。それよりも頼む。大変なんだ。大至急。ホチキスを持って俺の教室まで来てくれ」
「何があった―」
「ああ。頼む。やめてくれー!」
プー。プー。プー。
良子ちゃんとの会話を打ち切って俺から電話を切った。これくらいの演出なら南極の氷よりも冷たいと評判の良子ちゃんでもきっと来るだろう。
「待っているのも暇だからやるかな」
良子ちゃんが来るまで暇なので順番ごとに紙を置いて集めてホチキスで止める作業を繰り返す。
集める。
揃える。
止める。
集める。
揃える。
止める。
段々とむなしくなってくる。俺って何でこの世に生まれて来たんだろうか。少なくとも集める。揃える。止めるをするために生まれてきた訳ではないはずだ。
30分後。
「来ないな。もうすぐ来るだろ」
1時間後。
「おかしいな。そんなはずはないんだが……。車が混んでいるのかな」
2時間後。
「もう終わっちゃうぞ」
2時間半後。
「終わった……。あの野郎が! 先輩がピンチだって言うのに」
結局、俺は一人で西園寺の雑用をやり遂げてしまった。俺がアパートに帰ったのは八時近くになった。何だかやりきれないそんな一日だった。おかげでファンタジークエストが殆どできなかった。レベル上げもできないし。このままでは真面目に俺が選抜から落ちてしまう。そうなったらこの話はどうなってしまうんだ。俺はそんな余計なことを考えながらその日は午前2時くらいに寝た。