第四十八話番外編ニートの華麗なる日常1「再始動」
俺は普段はエリートサラリーマンの殻を被っているが本来の姿はオンラインゲーム『ファンタジークエスト』をこよなく愛すどこにでもいる廃人の一人だ。名前は「ニートは人間国宝」。ニートという新たな役職をリスペクトしてこの名前を付けた。
『ファンタジークエスト』は有名どころのオンラインゲームより知名度は低いが独自の路線を歩んでいる。従来からある戦士、魔法使い、牧師、弓師、槍師 に加えてロボット、ナイト、Mob使い、藥師、フェアリー、商人、幻術士、格闘家に加え、巫女が再実装され、今やファンタジーの殻を大きく破っている。短期間でのキャラクターの大量投入によりゲームバランスを著しく失い、多くのユーザーの失望を買い、大量のユーザーがこのゲームから離れていった。裏では「カオスクエスト」などと揶揄されていたが、一部のユーザーからの熱狂的なまでの支援に支えられてなんとか運営している。
俺は今日も朝からメールのチェックで忙しい。もちろん狩りの誘いだ。今まではチャットでの誘いが多かったがあまりの多さに今はメールのみでの受付している。どうやら今日も分刻みのスケジュールのようだ。いったい俺はいつ寝ればいいのだろうか。
アフターファイブはもちろんネットカフェに直行だ。アパートもあるのだがネットカフェのリクライニングシートの気持ちよさと各種飲み物にシャワーまで付いているので毎日は無理だが何泊かは可能だ。それに特定のネットカフェ限定の経験値、ドロップアイテム2倍の恩恵は中々魅力的だ。
俺はいつものようにチェックインしていつもの一番奥の25号室に席を確保する。最近は忙しくて連泊が続いている。連泊が続く時は近くにある24時間のスーパー銭湯に行ってそのまま出社する。会社には前もって何日か分の着替えが置いてあるので何も問題は無い。
同僚の女の子に「今夜はどう?」と聞かれるが俺は今日、予約でいっぱいだと返してやる。彼女はネット上での俺の恋人だ。リアルではその女の子は彼氏がいるらしいが、ネット上だけが全ての俺には関係ない。偉大な先人がリアルは出稼ぎだと言ったらしいが激しく同意だ。俺にとってはネット上がリアルだ。
『ファンタジークエスト』を起動してログインするといきなり俺の舎弟の宮藤がチャットで話かけてきた。宮藤は今、解散しているチーム「ファンタジー倶楽部」からの付き合いで解散してからもこうしてつるんでいる。
宮藤使い 兄貴ぃー。俺のID盗まれましたよー
ニートは人間国宝 なんだと! 何やっているんだ。だいたい、なんでそんなことになったんだ。
IDを乗っ取られるという話は話ではよく聞くが実際に被害にあった人からその話を聞くのは始めてだった。それも宮藤から。
宮藤使い それがですね。最近仲良くなった中の人が女の子っぽい子にこの前ちょっと僕のキャラを操作してみたいって言うものだから貸してあげたんですよ。そうしたら……。
ニートは人間国宝 パスワードが書き換えられてログインできなくなったって訳か。
宮藤使い そうなんですよー。どうしましょう。
ニートは人間国宝 お前はアホか。IDとパスワードはどんなに親しくても教えないのは常識だろうが。それを最近知り合ったばかりのやつに教えるなんてどうしようも無いアホだな。
宮藤使い 兄貴ぃー。そんなこと言わないで何とかしてくださいよ。
ニートは人間国宝 何で俺がそんことをやらなきゃならんのだ。
宮藤のアホは筋金入りだとは思っていたがまさかここまでとは思わなかった。まさかRMTとかチートとかやっていないだろうな。まあ。こいつはアホだからそれは無理か。
宮藤使い お願いいしますよー。ほら。この前兄貴の彼女。えーと何て言ったかなあ。まあいいや。兄貴の彼女に口裏合わせしたじゃないですか。
ニートは人間国宝 お前。それ。一年以上前の話じゃないか。時効だよ。時効。
宮藤使い 兄貴……。いいんですか。みんなばらしてもいいんですよ。僕は一向に構いませんがね。
ニートは人間国宝 糞。分かった。何とかすればいいんだろ。
宮藤には俺の諸事情を把握されすぎていた。今の所、不本意だが首を縦に振るしか無かった。
宮藤使い マジっすか。よっしゃ。
ニートは人間国宝 ああ。それでどうすればいい?
宮藤使い 今、僕のIDでログインしてるんですよ。何とか説得して僕のIDを取り戻してください。お願いします!
友達登録の欄を見ると確かに宮藤のメインキャラ「宮藤ナイト」がログインしているようだ。それにしてもIDを乗っとっておいてそのままプレイしているとは何とも大胆というかアホ丸出しだな。さては子供かな。何とか丸めこめないかとは思うが子供だとはたして話し合いになるだろうか。
ニートは人間国宝 これか。よし。今秘密会話で交渉してみる。
宮藤使い お願いしまっす。
とりあえず俺は宮藤の友達ということで接触を試みる。中々返事が来ないのでしつこいくらい送る。
ニートは人間国宝 くそ。あのなんちゃって宮藤が。宮藤の癖に返事を返さないとは生意気なやつだ。
宮藤使い 兄貴。もっと連続して送らないとダメです。
ニートは人間国宝 うるさいやつだ。今やっている所だ。うん? 来たぞ。何々。「今そんな気分じゃないから後にしてくれ」だと宮藤! どういうことだ!
宮藤使い 兄貴ぃー。それは僕じゃないですからね。
ニートは人間国宝 ああ。分かっている。だが宮藤の名前でそんなことを言うから苛立が止められないぞ。
宮藤使い それはどういうことですか!
俺はもっとしつこく話しかけた。「うるせえ。いいから今すぐ来い! 早く来ないと掲示板で晒すぞ」と2時間に渡って送り続けてようやくこちらに呼び寄せることができた。
しばらくすると宮藤ナイトがやってきた。宮藤ナイトは俺たちの近くまで来ると無言で立ち止まった。宮藤ナイトは俺たちの動向を探るように一言も言葉を発していない。俺は先手必勝でいきなり核心に迫ることにした。
ニートは人間国宝 おい! お前。宮藤のキャラを乗っ取ったらしいな。今なら通報しないでやるから。早いとこ返せ。
宮藤ナイト ……。
宮藤使い おい。こら! よくも僕を騙したな。おら。おら。さっさと返せ。
宮藤ナイト ……。
ニートは人間国宝 おい。何かしゃべったらどうだ。
宮藤ナイト ……。もうこのIDは俺のものだ。二度と返さない。
宮藤使い それは僕のだ。早く返せ!
宮藤ナイト 盗まれる方が悪い。
宮藤使い 僕のだって言ってるだろ。早く返せ。
宮藤ナイト 返さない。
宮藤使い 返せ!
宮藤ナイト 返さない。
宮藤使い 返せったら。
宮藤ナイト 返さない。
延々と不毛な宮藤同士の「返せ。返さない」の押し問答が繰り返された。やはりこうなったかある程度の年を取った相手なら交渉次第で返してもらうことも可能だが。これはやっかいだ。通報すれば簡単だが。下手をするとIDを丸ごと消されてしまう可能性もある。それはさすがに避けたい。俺はもう面倒になってきてある取引を持ちかけた。
ニートは人間国宝 分かった。ではチーム戦で勝負しよう。俺たちが負けたら俺のIDもお前にやろう。どうだ?
宮藤使い 兄貴ぃー。そんなこと言っていいんですか。
ニートは人間国宝 お前は黙ってろ。どうだ。勝てば俺のIDももらえるぞ。自慢じゃないが俺はかなり重度の廃人だ。レアアイテム、ざっくざくだぞ。
宮藤ナイト ……。
ニートは人間国宝 どうだ?
子供ならレアアイテムがいっぱいあるIDに飛びつくかも知れない。とっさに考えついたがある意味賭けだった。
宮藤ナイト ……。分かった。勝負しよう。
ニートは人間国宝 よし。決まりだな。細かいことは後で連絡する。とりあえず一週間後に勝負だ。いいな。
宮藤ナイト 分かった。せいぜい。俺のためにアイテムふやして置くんだな。じゃあな。
宮藤ナイトはそう言うとどこかにワープで去って行った。ああ。しまった。成り行きとはいえ何でこんな面倒なことに首を突っ込んでしまったのだろうか。しかも負けたら俺のIDをやるとか言ってしまったし。
宮藤使い 兄貴ぃー。さすがは僕が見込んだ。兄貴です。見直しました。ただの廃人では無いですね。
ニートは人間国宝 ああ。任せておけ。
宮藤使い それでどうします? チーム戦で対決ってファンタジー倶楽部は解散したんじゃないですか。
ニートは人間国宝 ああ。分かってる。だからな。集めるぞ。
宮藤使い まさか。集めるんですか。
ニートは人間国宝 ああ。そうだ。ファンタジー倶楽部再結成だ! 宮藤。仲間を集めろ!
思いがけない機会で解散していたファンタジー倶楽部が再結成することになった。ただ、解散して一年くらいなる。どれくらいのメンバーが集まるのだろうか。俺は不安もあったが久しぶりにわくわくしていた。どうやら今日も眠れそうにない。
ご拝読ありがとうございます。
番外編ですが2ヶ月ぶりの投稿になります。全然更新していないのにアクセスの程ありがとうございます。短編ですが宜しくお願いします。