第四十話「どれが正しい答えなのか俺には分からない」
「は! 嘘だろ」
「本当よ。嘘つく訳ないでしょ。でも私は転校したくないから自分で自立するためにバイトしているの。でもたぶんもう無理。疲れた。ネトゲをしたい……」
早口に一気に話し出した里美を俺は呆然と見つめていた。まさかバイトしている理由がこんな理由だったなんて。
「ねえ。聞いているの?」
「あ。ああ。聞いてるよ」
俺を揺さぶる里美。正直俺の頭の中は真っ白だった。
「里美先輩。本当何ですか?」
今まで黙っていた愛華が会話に入ってきた。リアルでのかかわり合いは少なかったがネットでは嫌というほど会っていたし、前に偶然会った時にも気が合いそうな雰囲気でもあったので心配そうな顔をしていた。まあ実際そうなのだろう。
「うん。本当」
「悠一君しっかりしてください」
「なんで……ですか?」
内藤君が俺を揺さぶり俺の頭の中は更に訳がわからなくなっていた。良子ちゃんの質問に里美は静かに語りだした。
「お父さんの会社の経営が悪くなってね。今行っている方の支社を整理して本社に移動することになったのよ。それで私も付いていかなければならなくなったの」
まるで他人の話のように事実のみを語っているように俺には感じられた。里美の顔を見ると何かを耐えているような無表情だった。俺は頭が真っ白になって最後の方は里美の話がうまく聞き取れなくなっていた。何かあるとは予想していたのだがこれは予想していなかった。いや、予想していたのかもしれない。俺は無意識に聞きたくなかったのかもしれない。
俺はこの状況をどうするべきなのだろうか。俺の頭の中には二つの選択肢が出てきた。
A里美の話を受け入れる
B里美の話を受け入れない
「……」
いや。里美がやっと話す気になったのだ。俺が受け入れる受け入れないの話では無いのだろう。俺が受け入れようが受け入れまいがもうこれから里美の転校はどうしようもないだろう。
「もう決めたんだな」
「うん。決めた」
「そうか。仕方が無いよな」
「先輩! いいんですか? 友達なんじゃないんですか」
「俺が何かやってどうこうなる問題じゃねえだろ」
「そうですけど……でも」
「愛華……。私たちが口出しする話じゃない」
良子ちゃんが少々興奮した愛華を遮った。たぶん良子ちゃんには俺の気持ちが何となく分かるのだろう。そんな単純な話じゃないんだ。俺は里美の親に転校の話を何とかなりませんかと頼むことはもちろんできる。そして、例えばそれが成功したとする。結果、里美は親とは離れ離れで生活することになる。今こういった経済状況だ。里美はこれからもバイトを続けなければならないだろう。これからも遊ぶことをやめてバイトをすることにどんな価値があるというのだ。里美は今まで病的なほどにネットにはまっていた。それをぷっつりと辞めてバイトをしている。しばらくやった結果、自分で生活費を稼ぐ方法は無理だと判断した。里美が身を削って得た結論に俺が介入する余地があるのか。あるのかも知れないが俺自信の今の考えとしては無いと思う。
本当の所はもっと単純な話なのかも知れない。俺の考えすぎなのかも知れない。
「もう何言ったってダメよ。もう決めたから」
「ああ。よく知ってるよ」
里美はすっきりした決心したような顔をしていた。それにこいつが俺の話を聞くわけがない。こいつは変に頑固な所があって自分のよしとしたことは決して曲げない。色んな意味で徹底しているのだ。チーム戦で一緒に組むように仕向けるのにどれだけ苦労したか。
「それでいつ転校するんだ?」
「一応今学期は居るかな。新学期から転校だから今すぐという訳じゃない」
「そうか……。まだ時間はあるんだな」
現実はそう簡単ではない。里美が俺たちの前に現れてから結構な年月が経った。気がつくと俺の人生の半分くらい一緒に過ごしている。里美が居なくなって悲しくないかと言えば悲しい。里美は俺にとってはなんだろうか。友達?親友?家族?そんなありきたりな単語では言い表せない。言い過ぎかも知れないがもう切っても切り離せない。細胞の一部のような存在になっているのかも知れない。これから離れることになると思うとまるで頬を無理やり引っ張られて持っていかれるような痛みが伴うだろう。
しかし!
でも!
俺たちには!
「でもな。俺たちはいつでもネットで会えるんだ。だから帰って来いよ。里美」
「……そうね。いつでも会えるものね」
俺は里美とがっちりと握手をした。里美の柔らかな感触が伝わってきた。意外に小さな手だったが力強かった。ネットの普及によって人と人との間のかかわり合いが希薄になったかも知れない。でもそれだけではないはずだ。ネットを通してでも心の通わせあいはできるはずだ。
「じゃあ……私はこれでこれからは敵になる……当分は会わない」
良子ちゃんはいきなりそう言い出すと俺たちの返事も待たずに俺のアパートから出て行った。彼女なりに俺たちが次回のチーム戦でレッドウィングとして出られないことに対する申し訳なさがあったのかもしれない。
「よっしゃあ! そうと決まったら」
「決まったら?」
「俺は明日からネットに潜ることにする」
「里美。先生には適当に言って置いてくれ」
「勝手にすれば……」
「ああ。勝手にするさ。次は最強の相手だからな。絶対に勝つぞ!」
里美は呆れていたが顔は笑っていた。全て吐き出して安心したのかもしれない。次回は里美の復帰戦でもある。良子ちゃんには悪いが俺たちは負ける訳にはいかない。俺は次のチーム戦まで学校を休むことにした。
ご拝読ありがとうございます。
一応里美のことに関してはこれで一旦は締めとします。自分としては再開してからのコンセプト的なものをやっと書けましたので良かったと思います。これからやっとチーム戦に入りますのでよろしくお願いします。
次回更新は1月3日を予定しています。進み具合によっては早まるかもしれませんがよろしくお願いいたします。