表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネトゲ女  作者: kaji
39/70

第三十九話「彼女と俺の決着」

『ラウンドワンファイト』


俺と里美の対決がついに始まった。心配そうに見ている愛華と何を考えているか分からない良子ちゃん。やたらと偉そうな内藤君とよく分からないギャラリーが何人かに囲まれてスタートした。

俺のキャラ、サラリーマン島田のコマンドは名刺投げ ↓↘→A、ゴルフスイング →↓↘B お辞儀←↙↓↘→A、携帯(無敵状態)A連打、変身時 ビール→A(物理攻撃力アップ)、焼酎 →B(防御力アップ)、日本酒 A+Bスピードアップだ。

対する里美のキャラは猫好きの隣の奥さんのコマンドはお玉殴り ↓↘→A、鰹節投げ →↓↘B、猫フルスイング ←↙↓↘→A変身時、札束殴り ↓↘→A霜降り投げ →↓↘B虎フルスイング ←↙↓↘→Aとなっている。



『↓↘→A、↓↘→A、↓↘→A、↓↘→A』


俺はひとまず名刺投げで相手の出方を待った。里美も鰹節投げでこちらの出方を探っているようだ。お互いの攻撃が相殺されなかなか先に進まない。時間は限られているし、俺は最近このゲームはやっていなかったのでどうもまだ感覚が掴めていなかった。何回か名刺投げで出方を見ていたが俺はさすがに我慢できなくなってきた。


『↓↘→A、↓↘→A、↓↘→A、→↓↘B、←↙↓↘→A』


我慢ができなくなった俺は次に名刺投げで威嚇しつつゴルフスイングのお辞儀のコンビネーションで相手の懐に潜り込もうとした。しかしお玉殴りでカウンターを食らってしまった。その攻撃を皮切りに奥さんは猫フルスイングで俺の動きを封じてお玉殴りのコンボを決めてきた。すでに俺の体力ゲージは半分、このコンボから抜けなければならないのだが完全にはまってしまった。

 攻撃が終わったかと思ったら奥さんは変身してしまった。さすがにまずいと思って少々距離を取って奥さんの攻撃を避けつつ名刺投げをして威嚇した。時間も少なってきたので体力ゲージの量で負けている俺は一か八かで攻撃を仕掛けることにした。


『→、→、→、→↓↘B、↓↘→A』


再びゴルフスイングのお辞儀のコンビネーションで挑んだのだがゴルフスイングは空振りに終わり、お辞儀はコマンドの途中で奥さんの猫が変身した虎の餌食になってしまった。


『ユー、ルーズ』


そこでラウンドワンは終了、3ラウンド勝負なので後1ラウンド取られると終了してしまう。俺はもうすでに追い詰められていた。1ラウンドが終わるとギャラリーが響動めいた。里美はギャラリーに自分の勝利をアピールするために右手を高々とあげていた。さすが姉御だという声が聞こえてきた。俺はどうも久しぶりなのでうまく感覚が掴めない。愛華を見るとかなり心配そうな顔をしていた。俺は大丈夫だということを伝えるためにガッツポーズを意味もなくしてみた。


『ラウンドツー、ファイト』


『←、←、←、↓↘→A、↓↘→A、←、←』


直ぐに第2ラウンドが開始された。俺はこのままでは負けそうなので防御力重視のガード中心で相手の隙を狙う作戦に方向展開させた。里美のキャラの奥さんは1ラウンドの勝利に気をよくしたのかガンガン攻めてきた。ここで俺が負ける訳には行かないあいつには俺の恐ろしさを思う存分見せつけてやらなければならないのだ。


「里美ぃぃぃぃ! 俺を舐めるなあ!!」


俺は周りのこととか自分の立場とかを色んなことを捨てて咆哮した。



この勝負必ず取る。


俺の精神は今まさにトランス状態に達した。これで俺が負けるはずはない。


 防戦一方の俺は特に見せ場も無くあっけなく負けてしまった。ギャラリーももう終わりかよという感じで去っていった。


「はっきり言って雑魚過ぎる。舐めてるんじゃないの?」

「ぐっ……」


舐めているわけではないが本当に雑魚レベルの戦いだったので何も言い返すことはできなった。ただこれでは里見にバイトの理由を聞くことができない。俺は今まで発動しなかった隠しコマンド土下座を発動して泣きのもう1勝負を里美に提案した。

 里美はやれやれだぜという感じであったが承諾してくれた。さすがにこれで終わるのはあっけなさ過ぎる気もすると思ったのかも知れない。


「ハンデ付けてあげよっか」

「いらん。さっきの勝負でお前の弱点が見えた。里美よ。今のうちに土下座の用意でもして置いた方がいいんじゃないのか」


俺はゲームの筐体に頬杖を付きながら尊大に言ってやった。


「それは楽しみね。私の弱点。へー。分かったんだあ」

「ああ。楽勝だぜ」


俺が身を乗り出して筐体の向こう岸を見ると里美は腕組みをして不敵に笑っていた。後ろでは絶対嘘だよねというひそひそ声が聞こえた。もろに聞こえているんだよ。俺の心は折れそうになっていた。俺は思わず訳の分からないことを口走っていた。

 しかしさっきは大きなことを口走っていたが俺は里美の弱点は元々知っていた。あいつは近距離の攻撃はめっぽう強いが遠距離攻撃には比較的弱いという特徴があった。次は遠距離攻撃名刺投げでゲージを溜めて変身で一気に片付けるしかないなということに決まった。


「準備がいいならやるわよ」

「ああ。いいよ」

「二人とも頑張ってー!」

「オカザキセンパイ……。ガンバレー」

「悠一君。僕との特訓の日々を思い出すんだ。行けるよ」


ギャラリーから思い思いの声援を受けて俺は新たに決意を固めた。これ以上は絶対に負けられない。普段は神など信じてはいなかったが俺は神に祈った。

 俺は使用キャラを再びサラリーマンで行くことにした。里美に勝つにはこのキャラしかない。


『ラウンド。ツー。ファイト』


『↓↘→A、↓↘→A、↓↘→A、↓↘→A』

俺はしつこいくらいに名刺投げを続けた。里美はしばらく鰹節投げで相殺していたが、やがて焦れ出したのか俺の名刺投げを掻い潜って来ようとしてきた。そうはさせるかと俺はジョイスティックレバーとボタンの連打を激しくさせた。


『↓↘→A↓↘→A↓↘→A、↓↘→A↓↘→A↓↘→A、↓↘→A↓↘→A↓↘→A』


「ここまで来られるなら来てみろ!」

「……」


さすがの里美も俺の名刺投げを掻い潜っては来られないようだ。その間に変身ゲージが溜まった! 今だと思った俺は変身ボタンを押してサラリ―マンの変身モード酔っぱらいに変身した。


『→A、→B、A+B、→A、→B、A+B、→A、→B、A+B』


俺はすぐさま変身モードの特殊コマンドを使った。ビール、焼酎、日本酒を交互にちゃんぽんさせて能力アップさせた。その代わりに技は使えなくなるがただのパンチやキックでもかなりの攻撃力ある。俺は奥さんの攻撃を物ともせずに突っ込んでいった。防御力もアップしているので殆どゲージが減らなかった。


「里美食らえ!」

「っ!」


決着はワンパンチで決まった。


『ユー、ウィン』


「うしゃああああああああああ!」


俺は雄叫びを挙げて周囲を狂喜乱舞した。ガッツポーズしたまま筐体の周りを1周した。さすがに周りの目が冷ややかだったが気にしなかった。里美のファンからはブーイングが漏れた。ざまあみろ。このハゲどもが。勝つのは俺だ。

 勝利に酔いしれるのも束の間ですぐに第2ラウンドが始まった。


『ラウンド。ツー。ファイト』


俺はこの勢いに乗って勝ちをもぎ取ろうとしたがなぜかキャラがうまく動かない。なぜだ。なぜだ。動かない。動け。動け。動け。動け。動け。そういえばあまり酒を飲みすぎると二日酔いで次のラウンドキャラのスピードが3倍ほど遅くなるという特性があったのを忘れていた。ああ。これじゃあ俺終わりじゃねえかよ。全ての動きが遅いので俺はガードをガチガチに固めてひたすら耐えた。


『↙、↙、↙、↙、↙、↙、』


しかし、ガードの上からでもガンガンゲージが減る。さすがにこれは減りすぎだろうと思ったがそういえば全体的に3倍ほど能力が激減するのだった。防御力もだが攻撃力も落ちる。やはり飲みすぎには注意しないといけないな。

 とりあえず俺はこのラウンドは捨てることにして変身ゲージを溜めるために技を出そうとした。その隙を狙って里美のキャラの猫好きの隣の奥さんのコンボにはまってしまった。というか最初のお玉殴りでKOされてしまった。


『ユー、ルーズ』


再び巻き上がるどよめき。

里美もその声に応えて誇らしげに右手を掲げる。わざわざ立ち上がって俺のことを見下していた。顔は今まで見たこともないどや顔だった。


「くそ。まだ終わってねえぞ。次が本番だからな」

「そうね。期待してる」


里美はすでに座っていたので顔は見えなかったが声を聞く限りかなり余裕だった。俺はついに追い込まれしまった。これで負ければさすがに次はないだろう。土下座より最上級の謝り方など俺は見たことがない。やはり土下座は最終奥義なのだ。安易に使うべきではなかったのだろう。使ったが最後、もう次に続くものがないからだ。

 そんなことを考えていたらもう次のラウンドが始まろうとしていた。ファイナルラウンドだ。


『ファイナルラウンド。ファイト』


ファイナルラウンドはなんとかキャラが普通の状態に戻っていたが里美が開始早々いきなり変身して一気に攻めてきた。俺の方のゲージは殆ど溜まっていないのでもっと溜めないと変身できない。


「ねえ。どうしたの? 本番じゃなかったのかなあ」

「ぐぐぐぐぐ。ここからだ!」


さすがにここまで戦うと俺と里美の実力の差があるということは認めざるを負えない。里美は鬼のように強い。師匠として弟子がこれほど強くなったのは感慨深い。しかし俺は負けるわけにはいかない。後はどちらがより勝ちたいと思っているかだ。その想いが勝負を決めるのだ。

俺はこうなったら手数勝負しかないと再びジョイスティックレバーとボタンの連打を激しくさせた。


『↓↘→A↓↘→A↓↘→A、↓↘→A↓↘→A↓↘→A、ABA、B、○△□×……』

「おら。おら。おら。おら。おら。おら。おら。おらー!!」


俺は若干腰を上げた状態で狂ったようにコマンドを打った。かなり見た目が気持ち悪いが

そんなことは気にしてはいられない。筐体が激しく揺れて向こう側から止めなさいとかいう雑音が聞こえたがどうでもよかった。それよりも俺は勝負とかいう範疇を超えて1秒にどれだけコマンドを打ち込めるかそれだけに夢中になっていた。

 気がついたら勝負は決まっていた。最後は偶然入ったラッキーパンチだった。やはり最後は拳に限る。


「うしゃーーー!!! どうだあ!」


俺は今まで体験したことのない高揚感に襲われてスタンドアップして自分の勝利を全身で表現した。サッカーでゴールを決めたFWのように両手を掲げてその場に倒れ込んだ。ギャラリーは尋常でないほど落胆していた。卑怯だという声があがったが、卑怯、なんていいほめ言葉だ。もっと言ってくれ。さあ。さあ。

 我に返ると里美が怒りを現わにした表情で立っていた。俺は危険を感じて転がりながら移動した。里美は俺がいた地面を踏みつけていた。


「ちっ。一歩遅かったか」


危なかった。後一歩遅かったら踏みつけれていただろう。里美なりに今回の勝負に負けたのは悔しかったのかもしれない。そう思っていると里美は俺に近づいてきて手を差し出して来た。俺はその手で握って起き上がった。


「負けたわ。いろんな意味で」

「いやまだ1対1で引き分けだろ」

「私の中では負け。だから話す。それに正直もう疲れた」


意味が分からなかったが里美もこれ以上隠し通すことがしんどくなったのだろうか。


「まあお前がそう言うなら聞いてやろう。さあ言ってみろ」

「じゃあ。話すね……」

「いや。ちょっと待て。ここはまずい場所を移動しよう」


シチュエーション的にここは相応しくはないだろう。それにここは一目が多すぎるこういうことはもう少し厳かにやる方がいいだろう。里美は話を途中で遮られて少々むっとしていた。他の場所を考えたが俺のアパート以外に場所が思いつかないので里美と愛華と良子ちゃんと内藤君を連れて移動した。


「じゃあ話すね……」

「ちょっと待て!」


俺のアパートに着いていきなり話しだそうとする里美。せっかくだから座った方がいいんじゃないですか。それに内藤くんはまだ中にも入っていないですよ。


「まだ何かあるの?」

「飲み物を忘れてた」

「はあ……どうでもいいじゃない」

「いやいや。話し合いに飲み物は重要だろ」

「そう。じゃあもう勝手にして」


里美は怒りを通り越して呆れていたが飲み物は重要だ。やはり話をすると喉が乾くだろうし人を自分の家に連れて来たのだからお客様に飲み物を出すのは最低限の礼儀だろう。飲み物と言えばもちろん飲む生キャラメルだ。俺はいつどんな非常事態があってもいいように飲む生キャラメルは常に冷蔵庫に常備している。部屋のちゃぶ台付近にみんなを座らせ生キャラメルを1人1人に用意してやる。良子ちゃんはかなり怪訝な顔をしてぼそっと生とか言っていたが初めて見たのだろうか。すごく力説してやりたいが今はそれが目的ではないから我慢することにした。


「そろそろいいですか。岡崎悠一さん」

「ああ。さあ来い」


ここまで引っ張ったのだからいったいどんな理由何だろうか。里美は話そうとしているが決心が付かないらしくてなかなか話しだそうとしなかった。そんなに言い出しにくいことなのだろうか。話そうとしては考え込んで口をパクパクさせている。俺も予想をしてみる。バイトをしているということはお金が必要ということだ。お金が必要ということは何かお金を使う物、必要な事が起こっているということだ。前はパンドラの箱を買いたいと言っていたがそれにしてはバイトの掛け持ちはやりすぎだろう。もっと大きい買い物だろうか。チーム丸ごと買いたいとかまさか俺のIDを売ってくれとか言うんじゃないだろうな。俺のIDは高いぞ。いくら積まれたって売る気はないが交渉次第では考えないことも無い。それと今までスルーしてきたけど里美の格好ゲーム対戦用に着替えた時のままだった。本人的にはあのままでいいのだろうか。


「ねえ。話してもいい?」

「あ。ああ。いいぞ。言っとくが売らないけどな」

「……。まあいいわ。じゃあ話すね」


ふーと息を吐く里美さん。スルーされたのが傷ついたが何か異様に緊張するな。さっきから愛華以下3人は一言も喋っていない。里美は息を吐くとしばらく目を瞑っていた。ゆっくりと瞼を開くと早口に言った。


「私ね。転校することになるかもしれないのよ」

「は!」


ご拝読ありがとうございます。

 今回は文量を大増量してみました。たぶんいつもの2倍くらいあるかもしれません。とりあえずやっとこの台詞を言わせることができたので良かったと思います。そろそろネットの方にも戻りたいのですが2、3話ほどかかりそうなのでお付き合いください。

 次回投稿は12月27日を予定しています。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ