第三十八話「彼女と俺の負けられない戦い」
翌朝、俺は学校に行く前に久しぶりにネット巡回をすることにした。そういえばこの間愛華がファンタジークエストで大型アップデートがあったということを聞いていたので久しぶりにファンタジークエストの公式ホームページを開いてアップデートの内容を確認することにした。
大型アップデートを行います!!
ファンタジークエストユーザーの皆様。ファンタジわ。運営の近藤です。
冬も近づき寒さも本格的になって参りました。
本格的に家に篭るにはいい季節になって参りましたね。さて○月○日より大規模なアップデートを行うことになりました。
□使用キャラ大量投入!!
【8週連続】でキャラを実装したいと思います。
○月 ○日 ナイト
○月 ○日 Mob使い、
○月 ○日 藥師
○月 ○日 フェアリー
○月 ○日 巫女の再投入
○月 ○日 商人
○月 ○日 幻術士
○月 ○日 格闘家
を予定しております。
今後もキャラを大量投入していきたいと思いますのでご期待下さい!
トーナメント戦も盛り上がって参りましたので補強にいかがでしょうか?
運営 近藤勇
「……ほう」
いったいこのゲームはどこに向かおうとしているのだろうか。運営会社の経営が危ないということは噂では聞いているがここまで来ると世界観とか何とかどうでもよくなってしまったのかもしれない。ある意味今後の展開に期待したいと思う。
気を取り直して俺は学校に行く道すがら、里美に話があるから放課後にさっさと帰らないで屋上に来てくれと俺は里美にメールをした。里美からは「分かった」とだけ返事が返ってきた。里美は基本的によっぽどのことがない限りメールで8文字以上は打たない主義なのでこれでも文字を打ってくれただけでも儲けものだ。俺は授業中にどのように里美に切り出そうかと考えながら過ごしていた。
放課後、俺は里美を屋上で待っていた。さすがにそろそろ冬も近づいていたので風が結構冷たかった。俺は場所のチョイスに失敗したかなと思いながら待っているとそういえば屋上に話があるっていうシチュエーションで呼び出すというのはちょっとなんか告白っぽくないかと言うことに今気が付いた。
『まさかあいつ勘違いしてないよな』
そんなことを考えていると里美がやってきた。風で長い黒髪が乱れていたが里美は別段気にはしていなかった。俺の所まで来ると我ここにありという感じで立ち止まった。そこで俺の視界の隅に人影が2組くらい見えた。あれはたしか……。
「来たわよ」
「ああ。悪いな」
まあ聞かれて悪い話ではなかったので早速切り出すことにした。
「話っていうのは」
「待った! その話の前に私から言いたいことがあるんだけどいい?」
「ああ。いいけど」
「私。あなたの事は……大嫌いだからね!」
「……」
たぶん推理するとこいつはたぶん俺がさっき考えていたように俺が告白でもするとでも思っていたのかもしれない。なんだかさっきから所在なさげに変な方向を見ているし。まあこういう時はさらっと流すのが吉だ。
「俺も大嫌いだから気にするな。それよりもだな」
「な……!」
「なんだ? どうした?」
「え……。いや。なんでもないけど」
一瞬絶句したような気がしたように見えたが気にしないことにした。そうしないと話が進まない。俺が再び話を始めようとしたら声が聞こえてきた。
「ねえ。良子ちゃん。あれって里美先輩だよね。なんで里美先輩に話を聞いているの?」
「まさか……気が付いてない? ねこねここねこって……里美先輩」
「えええー! 嘘おお! ホント?」
「嘘じゃない……。なんで……今まで気がつかない」
「だって。だって。先輩何も言ってくれなかったよ」
「あの人は愛華を……からかって面白がっているだけ。たぶん……言わないほうが面白い……って思って言わなかったんだと思う」
すごい丸聞こえなのだが指摘するのも正直面倒だ。あとで思い切りかわいがりをしてやることに決めて俺は里美に改めて切り出した。
「里美。そろそろバイトの理由を教えてくれてもいいんじゃないか? 何か理由があるんだろ?」
「なんだ。そのこと? うーん……」
里美は唸りながら腕を組んで考え出した。たぶん時間にして2、3分くらいのものだったがその時の俺の体感時間は5分くらいに感じられた。あんまり変わってないけど。
「分かった。じゃあ付いて来て。それとそこの二人もね!」
ビッシと里美は里美の背後にいるバレバレな二人組みを振り返って指差した。そう言うと里美はさっさと歩きだして屋上から出て行った。そこの二人組みの愛華と良子ちゃんも慌てて申し訳なさそうに出てきた。お前ら後で俺の今やっているロープレのレベル上げ一日の刑に処するからな。
里美に追いついて無言で里美の後を付いて行くと学校の近くのゲームセンターに着いた。いったいここで何をしようと言うのだろうか。里美は俺たちに何も説明しないで無言で中に入った。ゲームセンターの中に入ると里美は着替えて来ると言ってトイレに行った。着替えて来るとか意味が分からなかったが俺が返事をする前に行ってしまったので聞くことができなかった。俺と愛華と良子ちゃんは里美が来るまでUFOキャッチャーで楽しんだ。入れ食いだった。
しばらくするとトイレの方からざわめきが聞こえた。
「姉御が帰ってきたぞー!」
見ると頭に野球帽、髪はポニーテールにしてやたらと縁が大きい黒縁メガネにスカジャンとジーンズの人物がこちらにやって来た。よく見ると里美だった。そういえば里美にネトゲを勧める前に確かゲームセンターの格闘ゲームの手ほどきをしてやったことがあった。俺はちょっと教えてやっただけだが元々筋が良かったのかそれで里美は100人切りをやったとか言う話を聞いたことがある。しかしこの熱狂ぶりはなんなのだろうか。わらわらとギャラリーが集まってきた。
「理由が知りたければ勝負しなさい!」
「マジかよ」
「マジよ。私たちらしい方法でいいじゃない」
「お前。俺を舐めるなよ。誰が手ほどきしてやったか覚えているのか。俺はこれでも50円クリアは当たりまえに――」
「いいから座りなさいよ」
俺の台詞の途中だったが一蹴されてしまった。どうやら俺たちはこういった方法でしか分かり合えないらしい。
「これで勝負するのか……」
「私たちの原点だし。私これしかやったこと無いし」
対戦に使うのは『ファイナルシティファイト3』という対戦型格闘ゲームでキャラがサラリーマンやおじいさん、隣の奥さんといったように普通の一般人という異色の格闘ゲームだ。
このゲームの一番の特徴は変身にある。技を出すごとに画面下のゲージが溜まりゲージが溜まると変身ボタンを押すことで変身することができる。例えばサラリーマン→酔っぱらい、ストリートミュージシャン→メジャー、おじいさんが→若者などといった変身をして1キャラで2通りの戦い方ができるようになっている。
俺が本当にこんな方法でいいのかと迷っているといつの間にかに内藤君が後ろにいた。腕組みをしてなぜか偉そうにしている。
「対戦するんだよ。悠一君」
「お前いつの間に来たんだ!」
「そんなことはどうでもいいじゃないですか。それよりもあなたはここで対戦するしか選択肢がありませんよ」
内藤くんはまるでゲームのNPCのような決まりきった台詞を言いだした。まあ確かに対戦するしかないけどさ。
俺は諦めて席に着いた。100円を入れてキャラクターを選ぶことにした。俺は迷ったが平均的な能力のキャラであるサラリーマン島田にすることにした。主な武器は傘と名刺による飛び道具だ。変身で酔っぱらいに変身すると相手の攻撃が半分しか食らわなくなるという特殊能力も魅力だ。
対する里美は昔からの持ちキャラである隣の猫好きの奥さんだ。主な攻撃は猫とお玉で変身することにより格好がカッポー着から毛皮のコートになり猫も虎となる。変身時の攻撃力の高さが魅力のキャラだ。
「私負けるつもりは無いからね」
「俺も負けるつもりは無い。遠慮なくかかってこい。それとこれで俺が勝ったら次のチーム戦は絶対出ろよ! いいな」
「……何か話が違う気がするけど分かった。私が負けるわけないし」
「勝負!」
俺たちは筐体がごしに会話した。里美から尋常でない程の意気込みが見られた。帽子のつばで見えづらかったがやたらと目をギラギラとさせまるで体からオーラを発しているように見えた。俺もこの勝負は絶対に負ける訳にはいかない。里美に次のチーム戦に出てもらうことが1番の理由だが最近の里美の動きは奇妙すぎる一応、幼馴染の1人として里美のことは気になる。何か理由があれば解決してやりたい。それが里美のチーム戦、復帰にも繋がるはずだ。
『ラウンドワンファイト』
俺たちの戦いが始まった。
ご拝読ありがとうございます。
次回更新は12月20日を予定しております。次回は久しぶりに実験的な試みに挑戦しようと思いますのでお楽しみにしていただけるとうれしいです。
次回もよろしくお願いいたします。