第三十六話「彼女と僕の接点」
お昼休み俺は一人で考え事がしたかったので屋上へと急いだ。教室から出るときに内藤君の声が聞こえたような気がしたが聞こえなかった振りをして屋上へと行った。そろそろ肌寒くなっている季節だったので屋上には誰もいなかった。風が強く吹いて寒かったので屋上の入り口付近に座ってまともに風が当たらないようにして座った。里美が何かを隠しているというのは分かる。しかし俺はそれを聞く勇気が無かった。あの時は勇気があったのに今は何で無いのだろうか。いつの間にかに俺はネットにかまけて勇気を失ってしまったのだろうか。さすがに寒くなってきて俺は体を抱えるようにして体育座りをした。確かあの時は……。俺は再び昔のことを思い返していた。
俺と里美とは転校してきてからクラスメイトだということだけで今までまったく接点が無かった。このまま顔は知っているクラスメイトとしてお別れすることにもなったかもしれないがあるきっかけで俺と里美に接点ができたのだ。
ある日俺は俺の活力源の飲むキャラメルを買いに近くの地元のスーパー『ユニグロ(Unique grocery store)』に行った。このスーパーは1店舗しかない小さなスーパーであったが店主の矢名井翔さん(38)がなかなか遊び心のある人で色々と実験的な商品を仕入れてくれるので自分は贔屓にしていた。その中で久々のヒットだったのが飲むキャラメルだったのだ。あの飲んだ時のドロドロとした喉ごしは他の飲料物では味わえない新感触だった。店主の矢名井さんもいたく気に入っているようで調子に乗って甘さ控えめver.と抹茶味も入荷させていた。
それで俺がこのスーパーに飲むキャラメルを買いに行くと飲むキャラメル売り場に行くと見たような姿を見つけたのだ。あの長い黒髪と挙動不審さは前田里美に違いなかった。彼女はどこで買ったのか分からないブルースリーが着ていそうなジャージを着ていた。言い忘れていたがなぜか前田里美は当時自分の好みなのか親の好みなのかは知らないがやたらと原色近いジャージを着ていた。
接点が殆ど無かったので近くの棚の影に隠れて様子を見ていたのだがどうやら里美は普通の飲むキャラメルと甘さ控えめの飲むキャラメルと最近発売した飲むキャラメルの抹茶味のどれを買おうか悩んでいるようだった。俺は周りに飲むキャラメルの良さを理解してくれる友達がいなかったので今までにないくらいに興奮していた。このままではあいつはあの売り場から去ってしまう。殆ど話したことはないがどうするか。俺の中で羞恥心と飲むキャラメルへの愛が天秤に掛けられたが圧勝で飲むキャラメルが勝った。
俺は興奮を抑えきれずに小走りに里美に近づいて行った。俺がえらい勢いで近づいて行ったので里美の方も気づいたらしく飲むキャラメルを持ってこちらをぽかんとした表情で見ていた。
「前田。お前飲むキャラメルが好きなのか?」
「え! 別にどんなのかなと思って気になっていただけだよ……」
「嘘を吐くな。その立ち振る舞いお前は絶対飲むキャラメルが好きだ。なぜなら俺は飲むキャラメルが大好きだからだ。見ただけでこいつは飲むキャラメルが好きだと分かってしまうんだ」
「勝手に決め付けられると困るんだけど……」
「まあ前田が飲むキャラメル好きだと言うことが分かったことで買うなら絶対普通の飲むキャラメルのほういいよ。絶対だから。最近発売した抹茶の飲むキャラメルもいいけどやっぱり一番おいしいのは普通の飲むキャラメルだからさ。それとな―」
そんなことを里美の反応もお構いなしに勝手に長々と熱く話した。里美は最初話しを聞かない俺に苛立ってかなり迷惑そうな顔していたがしだいに諦めてじっと俺の話を聞いていた。
「よし。今日から俺とお前はキャラメラーズだ。いいな!」
「ええ。やだよ。恥ずかしい」
「もう決めた。返上はできないからな。じゃあなまた明日」
「ああ。待ってよ。やだよ」
俺とお前は今日からキャラメラーズなどいう今思うと恥ずかしい名称をつけた。里美はかなり嫌がっていたが俺は強引にキャラメラーズの一員に仕立て上げた。俺はあまりの喜びに飲むキャラメルを箱ごと持ってレジに向かって走った。後ろから里美の半泣きの声が聞こえたような気がしたがそんなことはどうでもよかった。これで俺の飲むキャラメルの同志が増えるかと思ったらわくわくした。あまりに興奮して家に帰って飲むキャラメルを箱ごと買って帰ったことに愕然とした。さすがにこんなには飲めねえよ。まあ明日里美にやればいいかと思った。
それがきっかけかはわからないが段々と俺たちは仲良くなっていった。里美は最初、かなり頑なだったが俺が嫌がるのをお構いなくちょっかいを出したので俺と内藤君にだけは心を開くようになった。俺が前田から里美へ呼び名を変えるようになり、里美がねえから岡崎君に呼び名を変えるようになってからは大分仲良くなっていた。
放課後俺たちはよく三人で遊んだ。俺と内藤君は元々ゲームと野球しかしなかったので里美とはゲームと野球をよくやった。
里美の野球の実力は打撃G走力C肩G守備力Cくらいだったので球拾いとして使ってやった。ちなみに俺は打撃A走力A肩G守備力Fだと自負していた。里美は文句も言わずに球拾いをしていたので重宝していた。この時代は里美も大人しかったのだ。今思うと懐かしいし可愛らしかった。これが後々問題になるのだがこの頃の俺はそのことには気づいていなかった。
次第に学年が上がって行くと他に友達ができたようで俺からは次第に離れていった。なぜか困ったことがあると俺を頼って来ていたが悪い気はしなかった。そういえばネトゲを教えた時も彼氏に振られたからというので気休めにやらせてみたんだったんだよな。何も今回はなんで俺を頼って来ないのだろうか。俺はなんだか寂しい気がしていた。
「先輩、先輩、先輩! 起きてください!」
俺は再び何者かに体を揺さぶられていた。俺を揺さぶって起こすのが流行っているのだろうか。あまりにもしつこいので仕方なく起きることにした。見ると栗毛の女の子が俺を揺さぶっていた。俺は目を擦っている相手をよく見た。
「なんだ。愛華かよ。何か用かよ」
「先輩。大変なのですよ」
「何が大変なんだよ。それよりもよく俺のことを見つけられたな」
「最近GPSナビ付の携帯を買ったんですよ。これで先輩の居場所もバッチリです!」
そう言って左手に携帯を掲げ、右手で俺に向けて親指を立てた。
『岡崎悠一さんは今屋上に居ります。ルート検索いたしますか?』
愛華の携帯からナビゲーションの音声が流れた。どうやら俺はルート検索されたらしい。
「初めて技術の進歩に恐ろしさを感じたわ。とりあえずそれを寄越せ。俺の身が危ない気がする」
俺は必死になって愛華の携帯を奪おうとしたが惜しくも俺の右手は空を切った。
「嫌ですよ。私からはこれで逃れませんよ。シシシ」
「俺はお前を屋上から突き落としてでもその携帯を奪うぞ。覚悟しろよ」
俺と愛華は屋上で昔のアニメの鼠と猫並に携帯を巡ってデットヒートを繰り広げた。愛かはさすがに元スポーツ選手だけあってなかなか素早かった。俺はなんとか愛華を屋上まで追い詰めた。
「そ。それよりもですね。大変なんですよ!」
「なんだ。それよりもその携帯を寄越せ」
「あのですね……。って目が本気じゃないですか! 先輩!」
「愛華。私から……話す」
「真板さん。お前いたのかよ! 居るなら言えよ」
今まで全く気がつかなかったが真板さんの存在に今始めて気がついた。ネット上でのチャットの勢いとは違い現実の真板さんは存在感が希薄で暗かった。真板さんは最近伸ばし始めた前髪を右手で払うと軽く深呼吸して話し出した。
「私……次のチーム戦……出られないと思う」
ご拝読ありがとうございます。
次回からはネットの方の展開も予定しております。 次回更新は12月6日を予定しておりますのでよろしくお願いいたします。