第二十七話「彼女のバイトの理由」
次の日、前の日に里美を途中で見失った俺は今日こそはと思って帰りのホームルームが終わるのを今か今かと待ち構えていた。俺は今日こそは思い、いつものファッション性の高いスニーカーは止めて実用性抜群のジョギングシューズを履いてきた。それと今日は邪魔になるのでバックは置いて行くことにした。どうせ家に教科書を持って帰っても勉強などしないので問題なかった。里美はというと座りながら前屈みの状態でいつでもスタートできる体勢を作っていた。
「じゃあ今日はこれで」
「起立! 礼!」
帰りの号令でホームルームは終わりが告げられた。里美はというと教卓前を通り過ぎて先生より先に教室から出ようとしていた。俺も負けずに里美を追いかけた。
ものすごいスピードで廊下を駆け抜け階段を降りる里美。俺も何とか見失いように付いていった。学園を抜けて町を抜けて町外れの方にまで里見は走っていた。街から外れた郊外の方は工場がたくさん建っている。いったい里美はどこまで行くんだろうか。いい加減に俺の体力も尽きそうになってきていた。そう思っていると里美はある建物の中に入っていった。
『○○食品』
工場の前に掲げられている看板を見るとこのように書かれていた。確かこの会社はコンビニやスーパーなどに惣菜や弁当などを卸している会社のはずだった。いったい里美はこの会社に何の用があるのだろうか。しばらく待っていたが里美が出てくる様子が無かったので俺はその日は諦めて帰ることにした。さすがに里美が何をしているのか気になったので力ずくでも直接聞くことにした。今考えると初めからそうすれば良かったのかも知れない。俺は自分の馬鹿さ加減に久しぶりに凹んだ。
更に次の日、俺は意を決してお昼休みの里美が寝ている所を起こして話を直接聞くことにした。俺が声を掛けた時に見せた里美の獲物を狙うような目は夢に出てきそうな程怖かった。なんできれい系の女は怒っているとこんなに怖いのだろうか。人類の神秘だ。俺はそれにめげずに大事な話があると言ってなんとか屋上まで連れ出すことにした。教室を里美と出ると教室の外で愛華と真板さんに会った。
「悪い。今ちょっと忙しいからまた後でな」
「ええー。マジですかあー」
「悪いな」
俺はそれどころでは無かったので少しそっけなかったが里美を連れて屋上に向かった。
「あの二人……怪しい」
「やっぱり良子ちゃんもそう思う? 私もそう思うんだよなあ。よし! 着いて行っちゃおう」
その時は気づかなかったが愛華と真板さんもどうやら後から着いてきたみたいだった。
俺はというと屋上まで来ていた。相変わらず里美は眠そうでなんだかふらふらとしていた。ここまで来るまで俺たちは終始無言だった。俺は意を決して屋上の手すりに手をかけて外の景色をうつろな目で見ている里美に聞いてみた。
「俺見たんだよ……」
「な。何を」
俺がそう言うと里美は明らかに狼狽しているようだった。俺は構わず続けた。
「お前が変な工場に入るとこだ。お前何をやってんだよ」
「そんなことあんたには関係ないでしょ!」
いきなり声を荒げる里美こいつがこんなに感情的になるのは久しぶりだ。俺は関係無いなどと言われてちょっと傷ついていた。俺は意外とナイーブなんですよ。しかし、里美と付き合いが長い俺はそれくらいではめげない精神を持ち合わせていた。これまで何度ひどいことを言われたのやら。それはいいとして俺は切り替えした。
「俺たちは友だちだろ? 何かあるのなら教えてくれよ?」
そう言われて里美の顔が青ざめた。強気に見せているがこういう下手の態度を取られると里美は意外に弱かった。里美はしばらく黙っていた。俺も辛抱強く待ち続けていた。
場面は変わって屋上の扉の中から覗き込んでいるやつがいた。愛華と真板さんだ。彼女らは屋上まで着いてきて扉から覗いていたが悠一達の会話が聞こえず騒いでいた。
「うぅー。先輩たち何話してるんだろう」
「私に……任せて」
「どうするの? 良子ちゃん」
「私、最近読唇術にはまってるのよ。このくらいの距離なら……会話を盗み見ることはたやすい」
そう言って胸を張って掛けている黒縁眼鏡を怪しく光らせた。愛華は非常にうさんくさく感じていたが任せてみることにした。
「じゃあ。行く」
『お前俺の女になれよ』
「それって合ってるの?」
「うん。合ってる……はず。的中率46,5%だし」
それって半分以上間違ってるんじゃと思ったがなんだか面白そうだったので続けさせた。
『そんなこと急に言われても』
『お前のこと俺は昔から気にいってたんだ。つべこべ言わず俺の女になれよ!』
『じゃあ私を好きって気持ちここで証明して見せてよ!』
『そんなこと急に言われてもなあ。困ったなあ』
そのまま黙って見詰め合う二人何かちょっと合ってるような気がして妙におかしかった。良子ちゃんはさっきからどや顔してるし困ったな。本当にそんな話をしているのだろうか。
俺はかなり辛抱強く待っていたがそろそろ限界になって里美に再び話しかけようとした。そうすると里美は屋上の手すりを掴んで叫ぶように言った。
「お金が必要なのよ! どうしてもっ!」
「お金が必要だってお前そんなに家が危ないのか?」
俺の足は自然と里美へと向かっていた。知らなかったこいつがこんなにお金に困っていたなんて。それでお金を稼ぐために工場に行っていたのだろう。しかし、確かこいつの親は共働きで親父は結構いい所に勤めていたのでそんなことは無いと思っていたのだが何かあったのだろうか。
「うちは関係ない! どうしてもパンドラの箱が欲しいのよ!」
「……。ああそういうことね」
里美はどうやらパンドラの箱を買いたいがためにバイトしているようだった。急に力が抜けて俺はその場に座り込んだ。パンドラの箱とは現実のお金を使って買えるアイテムでたまにレアアイテムが出るくじみたいなアイテムだ。お小遣いを全部パンドラの箱につぎ込むやつもいるみたいだが正直俺には理解できない。里美らしいと言えばらしいのだがさっきの里美を心配した俺の気持ちを返して欲しかった。
「まあ……。程ほどにしろよ。ニートも心配してるみたいだしよ。たまには顔だせよ」
「うん。そうする」
「それで次のチーム戦までには戻って来るんだよな?」
「……うん。必ず戻るよ。必ずね」
なんか間があったような気がしたがどういうことだろうか。その時俺は知らなかった里美の身に大変なことが起こっていたようだった。
その時、良子ちゃんの読唇術はまだ続いていた。
『私が好きならここから飛び降りて見せてよ!』
いやいやこの位置から唇見えないでしょと思った。たぶんここからは良子ちゃんの創作物語だろう。
黙って里美先輩に近づく悠一先輩。
『お前がそう言うなら俺は飛び降りて見せるよ』
『さあ飛び降りなさい! そして私への愛を示して!』
『……。ああ分かったよ』
そう言って座り込む悠一先輩。
『しかし……。いいのか里美。俺が飛び込んだら俺は死ぬかもしれないんだぞ』
『うん。いいよ』
とさびしげな顔の里美先輩。
『本当にいいのか俺は死ぬかも知れないんだぞ?』
『……うん。いい。だから早く飛んで。早く』
そこから再び二人は黙ってしまった。
「なんか里美先輩って鬼だね……」
「うん。……。私の読唇術だとそうなる」
とりあえず今回のことで良子ちゃんの読唇術が当てにならなかったということが分かったのでよしとしよう。里美先輩のやけに寂しそうな顔が気になったがこれ以上いると見つかりそうだったので私たちは見つからないうちに屋上を後にした。
ご拝読ありがとうございます。
度重なるリアル展開に飽き飽きかも知れませんが次回はネット上を中心に書こうかと思います。更新は時間があり次第更新したいと思います。できれば今月中にもう一更新したいところですが無理かも知れません。
よろしくお願いいたします。