7 旅立ちの決意
空が色を変え、太陽がベッドに入ろうと企んでいた。壁の時計の時刻は22時を指している。もうひとつの電波時計は12時を指し、あの日から動いていない。
「おいエン!飯にしよう!」
「そうだなー色々話し込み過ぎたな」
エンは風呂敷を台所から取ってきて床に広げた。中にはいつものウサギ肉が散らばっていた。
「ウサギの干し肉だけど良かったらハルもどうかな?」
「いいんですかっ。でも………」
明るい笑顔から急に曇り出す。
「助けていただいて、その上食事までい…
「関係ねーよ!助けたいから助けた!あげたいからあげる!それだけだ、なっエン?」
「その通りだよー、それにもうパーティーだしね俺達は」ニコ
ハルの澄んだ青い瞳から涙が溢れた。
「ありがとうございます。エン。ケイジ。」
「早く食わねーとすぐなくなるぞ!」
「はい。」ニコ
(やっぱり可愛いなー)
両手で少量を手に取り、少しずつ食べる。
「美味しい…なぜ干しただけなのにこんなにもジューシーなの。旨味が口の中にどんどん広がってまるでステーキを噛み締めているみたい。」
「はは!最初は俺らもそう感じたな!」
「あの日からほぼ毎日食べてるからね」
ハルのペースが上がり、エンとケイジは微笑んだ。とても心地の良い穏やかな時間が過ぎる。
「ありがとうございます。とても美味しかったです。」
「まだまだあるからお腹が空いたら言ってねー」
「はい。ちなみに何というウサギなのでしょう?」
「これは『宝ウサギ』っていう背中に宝石背負ったやつだ!」
「そう、この辺に巣が何ヵ所かあって毎日狩りをしているんだよー」
「これが素早いのなんの最初は苦労したよな!」
バンっ!!!
ハルが急に下を向き、床を両手で叩いた。
「エン。ケイジ。今までどのくらい捕まえたの?」
一瞬ビックリしたがすぐにケイジが口を開く。
「最近だと1日で10匹獲れたりしたからどのくらいだろうな?けど最初はてんでダメだったからな!」
「ウサギは10羽だよ、まあおよそ100羽は捕獲したと思うよー」
「………………………」
今だに下を向き続けているハルの顔を恐る恐る覗いてみた。その瞬間、エンの顔をハルの両手が捕まえる。両頬を手のひらで押され唇が少し突きだした状態になった。
「いい、あなた達。『宝ウサギ』っていうのは幻の高級食材で食べられるのは王家ぐらいなの。」
「さらに言えば倒した時の経験値が破格で、目撃情報だけで金貨何百枚もでるんだから。」
「その貴重さと捕獲の難しさ故に、生涯をかけて探すハンター、冒険者も少なくないわ。それでも捕獲されるのなんて百年に1羽のレベルよ。」
「背中の宝石もとても貴重なレアアイテムで、神話級の方々やあの勇者様の武器も全て『宝ウサギ』の素材から製造されてるの。」
「それを100羽以上なんて………」
「あなた達の強さの理由がわかりました。」
(なるほどな、3時のおやつに毎日不思議なアメを食べていたみたいなものかー)
(それにしても顔が近いな)ドキ
「本当に信じられないわ………」
「あなた達自覚があるの?」
エンから手を離し腕を組んで問いかけた。
「流石に獲りすぎたよ!生きる為だった!」
「違うわよ。それは仕方がない事よ。そうではなくて、あなた達はこの世界でトップクラスの実力者ってことよ。」
「もっと強い奴なんて幾らでもいるだろ!」
「レベルが100を超えるなんて、歴史上初めての事なの。聞いたことがない。」
「おお!教科書に載るのか俺達!」
「教科書?分からないけど銅像が作られるレベルの事よ。」
「ははは!テンションあがるな!」
(俺が木刀でゴブリンロードに勝てたのもまぐれでは無かったのかー)
「1つ提案だが、明日ハルも一緒に宝ウサギを狩りに行こうー」
「ここまで色々教えてくれたお返しじゃないけど、どうかなー?」
「私が…あの宝ウサギを捕まえる?」
「俺は賛成だ!」
「はい。是非お願いします。」キラ
「じゃあ今日はもう遅いから寝よう、ハルはソファーでいいかな?」
「いいんですか?そうするとケイジは?」
「俺は硬い床でしか寝れないんだ!はは!」
「そう言うことだからね、ハル」
「ありがとう。エン、ケイジ、おやすみ」ニコ
激動の1日が終わりを迎えた。
(ハルに出会えて色々な事が分かったな)
(それにしても元サラリーマンの俺が勇者様より強くなっちゃったなんてなー)ハハ
(そろそろこのアパートを出てみるのも悪くないか…)
(しかし戦い方なんて分からないからなー、もっとユウチューブ見とけば良かったなー)zzz
小学校卒業式の時と同じ爽やかな風と柑橘系の匂いで目が覚めた。
辺りを見渡すと床にうつ伏せでひっくり返っているやつと台所の方にハルの姿を確認した。
「おはようエン。」
立派な葉っぱを両手で抱えてゆっくりとこちらに歩いてくる。
「おはようハル、とても良い匂いだけどそれはなにー?」
ハルは立派な葉っぱの器を床に置く。
上にはスライスされた果物と何種類かの野菜が混ざったサラダが乗っていた。
「私のストレージからマボンの実を使ったフルーツサラダを作ってみました。」ニコ
「おーー!凄いよハル、まともな料理なんて吉牛以来だよー」
「ヨシギュウ?それよりケイジを起こして朝御飯にしましょう。」
「ご馳走さまー美味しかったなー」
朝御飯を食べ終え、3人は向かい合う。
「それじゃハル、今日の宝ウサギ捕獲作戦概要を説明するよー」
「はい。」
「宝ウサギはどうやってるか分からないけど、大樹の中に巣を作るんだー」
「大樹の中に空洞を作ってるんだろうね」
「まず、大樹の回りを柵で囲む。上手くゴールのない迷路のようにね」
「そこで俺が大樹を引っこ抜く!!」
「すると根の部分から飛び出してくるから、後は捕獲地点に誘導して一網打尽にする」
キョトンとした顔で小さいため息をつくハル。
「……もう驚かないわ。それより気になったのですがどうやって巣を突き止めたの?」
「捕まえた奴に仕事で使ってた電池式のGPSを付けた!!」
「ジーピーエス…?」
「ああ、追跡魔法みたいなものかなー」
「なるほど。追跡魔法ですか。」
「慣れると簡単だぜ!」
支度を整え一同はアパートを出て、スーパーがある方向とは逆側に歩いて向かう。
緑の生い茂る雑木道を15分程歩いたところでケイジが口を開く。
「おいエン!おかしいぞ!」
「ああ、何か変だなー」
「ハッピーが来ねーぞっ!」
ケイジが言うハッピーとは、背中に祭の文字が入った赤い法被(お祭りで着る服)を着たゴブリンの事だ。
何故か毎日ケイジを待ち伏せしていて襲い掛かってくるのだか、毎回返り討ちにされている。
根性があると結構気に入っていた為、毎回気絶程度で済ませていた。
(ハッピーはおろか、ゴブリンを1匹も見かけないなんて妙だな)
二人は目を合わせ少し警戒する。
この時点でいつもだったらゴブリンを数匹見かける筈なのに今日はどこにもいない。すぐに大樹の場所に着いた。
「ハルすまん!奴ら消えちまった!」
「確かに気配がないな、他の場所も同じだろう」
「見ただけで分かるのですか?」
「なんとなくな!」
「感知系のスキルですか……」
(この感覚はスキルだったのか……)汗
「気にしないでください。もしかしたらゴブリンロードがいなくなったからかもしれませんね。強大な力をもった者の近くに生息すると聞いたことがあります。」
(なるほどー、確かにボスの近くにしかレアキャラは出現しないもんなー)
「そしたらこの辺りを少し探索して1度戻ろうー」
「そうだハル!食える葉っぱを教えてくれよ!」
「はい。それじゃ上だけではなく足下も目を凝らして見てくださいね。」
辺りが今朝食べたフルーツと同じオレンジ色に変わる頃、3人はアパートに帰還した。
「さっきも言ったけど猛毒よこれ。ケイジが採ってきた野草、全て食べたら毒か痺れを伴うものだらけよ。」
「葉っぱはどれも同じに見えて分からん!」
「これなんて紫と黄が混ざった子供でも危ないと分かる色をしてるじゃない。」
「カッコいいだろ!はっはっは」
「まったくもう……。」
「それは大丈夫、パンジーっていう花で毒はないよー食べられないけどね」
「ほらみろ!毒以外もあるじゃねーか!」
「でも食べられないでしょ。」
「アハハハ」
楽しい会話と晩御飯が済んだ頃、エンが真剣な眼差しで二人に話しかける。
「ケイジ、ハル、聞いてくれー。あの日から世界が変わり常識が通用しなくなった。多少は分かることもあるがまだまだ情報が少なすぎる。だから、アパートを出てみようと思うんだ」
ケイジとハルが頷いているのを確認して続ける。
「どこにいるか分からない家族や、友人を探すのはもちろん。世界がどう変わったかをこの目で確かめたいんだ」
「無事を祈るだけではなく行動したい。なにがあるか分からない以上、間違いなく危険な旅になるだろう。今ここでの生活は安全だし迫る問題もない、だけどそれでもケイジとハルには付いてきて欲しい」
間髪入れずにケイジとハルが答える。
「もちろんだ!むしろその言葉を待ってたぜ将軍閣下!!」グー
「是非私も御一緒させてください」ニコ
「……ありがとう二人とも」ウル
「そうとなったら今日はもう遅いし寝溜めだな!」
「そうですね。万全の体調で望みましょう。」
(一度も口にしたことはないが、ケイジがあの日からすぐにでも家族を、妹を探しに行きたかった事を知っている)
(ゴブリンロードを見てから毎日強くなろうとして鍛練していた。俺の言葉を信じ、待ち、我慢していたのだろう)
(ハルも見ず知らずだった種族も違う俺達を信じてくれている)
「絶対に俺が守ってみせる」
-ハッピー(ゴブリン) LV17 -
HP :460
MP :8
ATK:240
DEF:440
LUK:5
δ 赤い法被を着たお祭りゴブリン。何故かケイジにしか襲いかからない。
-ストレージ-
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δ ゴブリンの牙 × 78
δ オリハルコン × 12
δ風間 縁δ