1始まりの鐘
「お疲れ様でした。お先上がりますね」
「おーお疲れ、また明日な」
俺は風間 縁 25才の平凡サラリーマンだ。
スポーツも勉強もそこそこ出来て、人より少しだけ要領が良い。ただそれだけの平凡な社会人。
今日も問題なく1日の労働を終え、無理してローンで購入したスポーツカーでボロアパートにゆっくり帰る。途中のコンビニで買った弁当を持ってドアノブに手を伸ばすと、後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おい!エン今帰ってきたのかー?」
振り向くと筋肉質で強面な男が近寄ってくる。
「そー、弁当ケイジの分ねーぞ」
「ははは!狙ってねーよ!もう食った!」
「あっそ、とりあえず上がれよ」
この強面の男は木元 慶二 同じアパートに住んでいる。小学生の頃からの幼馴染で年は1つ上。昔からヤンチャな性格と体格が良かったせいで恐がられ、地元じゃ有名人だった。だが根はとても優しい愉快な奴だ。
ただ、頭の出来は全国でも下から数えた方が早いだろう。
「なーエン。何でじじいのチャリブレーキはとんでもない音するんだろな!」
「改造してるんだよ町内会で」
「チョーナイカイ?組のもんかあいつら!」
「そー。一般人への威嚇のつもりだろうな」
「なるほどな!」
コンビニ弁当を食べながら下らない会話をしててふと思う。『退屈だな』
友達は多くはないがそれなりにはいるし、家族や職場の人とも良い関係が築けている。
休みの日には日付が変わるまで遊んだりもする。
多分充実しているんだと思う。頭では分かっているけど何かが満たされてないと感じる時が多くなってきた。
それは「今」この瞬間を指す退屈ではないことは分かる。では何かと問われると答えはでない。
「ケイジは将来どうなっていると思うー?」
「は?温暖化で皆死ぬだろ!」
「違う…。お前自身の将来だよ」
「俺の将来かー」
「今の現場仕事ずっと続けるって訳じゃないだろ」
「まあな、エンはどーなんだよ」
「俺は今の生活楽しいけど、何か物足りない気がするんだよなー」
「彼女作れよ童貞!」
「うるせーよ、お前に聞いた俺がバカだった」
「あ、やりたいことあるぞエン」
「どんなこと?」
「ウナギの生態を調べる」
「ウナギ?」
「先輩が言ってたんだけどよ、まだ解明されてないらしいぜ!」
「しかも解明すれば億万長者だとよ!」
「多分あのヌルヌルはローションと関係があるはずだ!」
「あっそ……」
(こいつ程今を楽しんでる奴いないだろうな)
ふと窓の外を見ると、真っ暗の夜空に綺麗な満月が止まったまま踊っているように感じた。
「エン!そろそろ気を付けて帰るわ」
「気を付けてって…隣の部屋だろ」
「そうだったな!じゃあな」バタン
(忙しい奴だなー)
シャワーを浴びて、洗濯物を干し、床に敷いた布団に身を投げ出すと1日の終わりを感じる。
(もう23時54分かー)
(まだ眠くないけど明日早かったんだったな)
エンはゆっくりまぶたを閉じて少しでも早く寝ることが出来るようリラックス状態に入った。
意識が薄れる中まぶたの裏が明るくなったのを悟った。それと同時に玄関のドアが勢い良く開き、大声が響く。
「起きろエン!ヤバいぞ!」ダン
「何だよ寝れそうだったのにー」
「いいから早くTV見ろ!外見ろ!」ポチ
『緊急速報です。現在日本全域で空が赤紫色になるという異常現象が発生しております』
『原因は不明で、専門家の見解では厄災の前触れ、大規模な異常気象、地震、津波が発生するのではないかとの声も上がっています』
『何が起こるか解らないゆえに注意し、万全の対策を』
「分からないのに万全の対策ってなんだよ」
『空の色が金色に輝き始めました。なんですかあれ………うそ……建造物?』
「おいエン!見ろよあれ」
TVにかじりついていたエンはケイジのいるベランダに急いで向かった。
「うそ…だ…ろ」
「エン!これはタヌキが攻めてきたぞ!間違いない映画で見たことがある」
目を輝かせてるケイジを横目に、エンは瞬きを忘れその光景を唖然として見つめている。
空が赤紫色から金色に変わると同時に少しずつ現れた巨大な建造物。巨大という言葉が適切か分からない程の巨大さ。建造物と言うよりも村、違う町、違う市、違う県、いや国だ。
地球の空と大地の丁度真ん中に鏡を差し込み、上を見上げれば、そこには上にも下にも大陸があるだろう。それと同じ現象が鏡なしで起きているのだ。
「空から大陸が降ってきたな」
「ああ…………」
次の瞬間俺は、いや全人類は微かな鐘の音と共に眩い白い世界に包まれた。