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18 小さき願い

「………お兄ちゃん、会いたいよ…」グズ


 高貴な装飾が施された窓の側で夜空の星を見上げた少女が肩を震わせ呟く。


 ガチャッ!


 少女がいる部屋のドアが開き、中年の男がズカズカと入ってきた。


「ラン、こちらへ来なさい」

「……はい。バンドータフ様。」


 ベッドに腰掛けた男の元に歩いていく。


「服を脱ぎなさい」

「………はい。」



 ベッドの軋む音と少女の泣き声が部屋中に響き渡る。


「なぜお前はいつも泣くのだっ!」バジ


 男は何度も何度も少女を殴る。


「奴隷の身分で生意気な態度だな」バジ


 少女は痛みと屈辱を必死に我慢してベッドに顔を埋めている。

 男は自分が快感を得ると落ちているゴミを見るような目で言葉を吐き捨てる。


「あの馬鹿な男を消しされば堂々と身分階級制度をこの世界でも楽しめるというのに」


「まあお前は奴隷として生涯をこの部屋で過ごすことになるのは確定事項だがな」


「次に涙を流したら豚と交尾させるからな」


 そう言って男は部屋を出ていった。



「………私は永遠にあの男の奴隷なんだ」


 ボロボロの体とすり減った精神。

 考えると涙が溢れ止まらなかった。



 今の小学校でリレーの選手になる

 中学校を卒業して普通の高校生になって

 そこでちょっとだけ恋なんてしてみて

 勉強して幼稚園の先生になって

 好きになった人と結婚して

 普通の家庭をのんびり暮らす

 私の子供をお兄ちゃんに抱っこして貰う

 それだけで良かった



 私が望むものは高望みし過ぎたのでしょうか?

 欲望にまみれた汚れた願いだったでしょうか?

 神様、もう高望みしません。

 1つだけ、1つだけで良いです。

 それ以外は何も望みませんからお願いします。

 お兄ちゃんにもう一度会わせて下さい。


 コンコン!


 ドアから音がなる。体の震えが止まらない。

 心臓が飛び出しそうになる。怖い……怖い……



「ランちゃん私です」


 ドアを開けたのは屋敷メイドのメルサお姉ちゃんだった。

 とても優しく私の事を妹の様に可愛がってくれるお姉ちゃんだ。


「メルサお姉ちゃん……」グズ

「ランちゃん傷を治しましょう、ヒール」


 お姉ちゃんはこっそり来て傷の手当てをしてくれる。

 バレたら恐ろしい事になるのに毎日来てくれる。


「良いランちゃん、いつかこの屋敷を抜け出して一緒に暮らしましょうね」

「うん……けど今すぐメルサお姉ちゃんと暮らしたい……」

「もう限界なのね……分かったわ今からお姉ちゃんと逃げましょう」

「うん!」


 少女の目に光が差し込んだ。

 二人は屋敷二階の部屋から忍び足で一階の裏口まで気付かれずに来れた。


「ランちゃん聞いて外に出たら全力で振り返らないで走るのよ」

「分かった、お姉ちゃん転ばないでね」

「大丈夫よそれと親切そうな人に匿って貰いなさい」

「お姉ちゃんも来るんだよね……?」

「もちろんよ、あなた一人にしないわよ」

「良かった」

「それともう1つ言わせてね、ランちゃん大好きよ」ニコ


「私もメルサお姉ちゃん大好きだよ」ニコ


 そう言い終わるとメルサお姉ちゃんは裏口のドアを開けた。


「さあラン走って!!」



 私はお姉ちゃんに言われた通りに一切振り向かず全力で走った。靴も履いていなかったから足裏がとても痛かったけど止まらずに走った。


 お屋敷から大きな音がなっているけどその時はまだ何なのか分かっていなかった。


 必死に町のほうに吐きそうになりながら走った。


「お姉ちゃんここまで来れば逃げ切れたね」


 ふと後ろを振り返るとそこにメルサお姉ちゃんの姿は見当たらなかった。



「おい嬢ちゃん、靴も履かずこんな時間になにしてんだ?」


 知らないおじさんから声をかけられた。


「お姉ちゃんが……お姉ちゃんがいないの!」

「お姉ちゃん?明日一緒に探してあげるからとりあえず家においで」


 どこかではぐれてしまったと思っていた私は声をかけてくれたおじさんについていった。


 おじさんの家に着くと久しぶりに走ったせいかすぐに寝てしまった。



 ゴソゴソ……


 体に違和感を感じて目を覚ますと、おじさんが私の服を剥ぎ取り体を舐め回していた。


「……なんで?……お願いやめて…」

「今日の宿代だと思え、静かにしろよ」


 おじさんの私を触る手がみるみる乱暴になっていった。


 私はおじさんが満足するまで我慢した。

 明日からはお姉ちゃんと暮らせる、そう思うとなんとか正気を保つ事ができた。


 結局朝までおじさんが満足する事はなかった。


「じゃあな嬢ちゃんまた遊ぼうな」


 おじさんを無視して家を出た。

 やっとの思いで町まで辿り着くことが出来た。

 だが、人々が歩き交うどの道を見てもお姉ちゃんはいない。


 そんな中、馬に乗った兵士が町の広場の真ん中に立札を立てた。

 兵士の鎧に刻まれた紋章の形を覚えている。

 あの男の屋敷でみたものと同じだ。



「あの子じゃねーか?」

「そっくりねー!」

「マジで本人だろ?」


 広場の人々が騒ぎだし、なぜか私を見つめている。


 私は走った、逃げた。狭い裏道、気付かれなさそうな物陰、頭の中が真っ白だった。


「どこいったあのガキっ」

「金貨50枚だぞ絶対に逃がすなよ」


 私はお兄ちゃんに会いたいだけなのに……

 なんで町の人皆に追いかけられるの?

 なんでお姉ちゃんは私を一人にするの?


 なんで……なんで……


「お嬢ちゃん何か困りごとか?」


 立派な鎧を着た兵士に気づかれた。

 一目散に逃げた、逃げ切った。


「隊長!今の子は?」

「分からない、逃げられてしまった」


 さっきの人は紋章がちょっと違っていた気がするが足は止めない。


 吐きながら走り続け、気が付いたら夜になっていた。

 少し物陰で休もうと周りを見渡すとそこは元いた屋敷のすぐそばだった。

 すぐに引き返そうとしたが、屋敷の庭がやたらと明るいのに気が付いた。

 少し気になり遠くから覗いてみると目から涙が溢れた。



「石を投げろ、こやつは魔女だ」


 十字の板に裸で張り付けられた一人の女性。

 その女性に対して皆で石を投げている。

 顔から体まで隅々が紫色になっている。

 周りに灯された松明が命の灯火のようだ。


 私には一瞬で分かった。



「メルサお姉ちゃん……………」


 私は何も考えずただお姉ちゃんの元に走った。


「………ラン……な…ん……で」


 メルサお姉ちゃんが動かない口で囁く。


「お"…ねえ"ちゃん………」


 手前で座り込み喉が焼けるような言葉が出た。


「やっと戻ってきましたね、ラン」


 屋敷のあの男だった。


「バンドータフ様、メルサお姉ちゃんを助けて下さい……」グズ

「自分達で逃げておいてそれは許さん、おい持ってこい」


 側近の兵がバケツ一杯の石を持ってきた。


「さあラン、この石を魔女に投げるのだ」

「出来ま…せん…グズ…ごめんな…さい…グズ」

「ならばお前が投げられる方になるか?」



「いやー!助けて!いやー!」グズ


 泣き叫ぶランを十字の板の反対に無理やり張り付けようとする兵士。


「……ラン…おね…がい……な…げて」


 メルサお姉ちゃんが気力を振り絞り言葉を発する。


「ごめ…ん…グズ…ね…グズ…お姉グズ…ちゃん……」


 私は恐怖で失禁しながらお姉ちゃんに石を投げた。死ぬほど嫌だった。けど石を投げられて痛い思いをするのはもっと嫌だった。



「もっと思い切り投げろっ!」


 ビクッ!


「はい!…グズ…」



 バケツにあった全ての石を投げ終わった頃、お姉ちゃんはほんの少しも動かなかった。



「魔女の脅威から救ってくれた少女に皆拍手を!」


 男が語りかけた後盛大な拍手で幕を閉じた。


 皆が片付け終わり残された私はお姉ちゃんを強く抱き締めた。


「ごめんなさい……」


 私はそう何度も呟いた。


 涙が渇れ果て何も考えられないのは自我を守る為の人間の防衛本能だ。


 私の手をほんの少し、勘違いかもしれない程度の力でお姉ちゃんが握った気がした。



「………お姉ちゃん?」


 呼ぶ声を出すとお姉ちゃんの口元が少しだけ動いた。


「………だ……ぃ……す……ぃ…」


 掠れた声で確かに聞こえた。

 その声で頭のまわらない人形だった私は意識をしっかり取り戻した。


「私もだいすき!お姉ちゃんだいすきだよ!」


 私の声が届いていたか分からない。

 お姉ちゃんは二度と帰らぬ人になった。


 渇れ果てたはずの涙が目から飛び出した。

 それは涙と同じ液体だが違うのは色が黒だという事。




 私の中の何かが音を奏でて崩れた。





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