表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/99

97話 聖女は報告を受ける


「樹歌の力が弱まっていないか、ですか?」

「そうよ。心当たりはないかしら?」


 向けられた問いかけに、フィオーラは目をまたたかせた。

 目の前にいるセライナから、聖女の座を引き継いでから数か月ほどが経っている。

 世界樹であるアルムのおかげもあり、フィオーラの聖女としての仕事は順調だったはずだ。


「いえ、特には……。むしろ練習を重ねたことで、前より上手く、樹歌を扱えるようになっていると思います」


 樹歌とは即ち、世界樹の奏でる歌である。

 人の言葉ならざる歌詞。奇跡をもたらす旋律。

 人知を超えた領域だが、稀に樹歌の意味を解し自ら歌うことができる人間、吟樹歌師と呼ばれる存在がいた。


 フィオーラもその一人だ。

 新しく世界樹となったアルムの主であるため、樹歌に関する素質はとても高かった。

 まだ未熟で、アルムと比べると出来ないことも多いが、それでも人間の中では飛びぬけた樹歌の歌い手となっている。

 

「セライナ様の樹歌の力も衰えることなく、ますます磨きがかかっていますよね?」


 先代の聖女であるセライナは、フィオーラに次ぐ樹歌の歌い手だった。

 長年研鑽を積んできただけあり、細かな制御や応用などは、フィオーラより上の部分もある。

 聖女の座を退いてからもたゆまず鍛錬を行っており、樹歌に不調は見受けられていなかった。


「えぇ、私も樹歌の調子がいいわ。でも、そうじゃない吟樹師もいるみたいなの。樹歌の効果が弱くなったと、報告が来ているのよ」

「力の衰え……。原因はまだ、見つかっていないのですか?」


 フィオーラはセライナへと問いかけた。

 聖女であるフィオーラだが、主な仕事は樹歌を歌ったり、各地の要人と顔をつなぐことだ。

 教団内の取りまとめ、吟樹師や神官たちの統率は現在、セライナが中心になり行っている。

 聖女となって数か月のフィオーラ一人では手が回り切らないため、分業している形だ。


「本格的な調査はこれから行わせるつもりよ。現時点でわかっているのは、年のいった吟樹師ほど樹歌の衰えが大きい傾向にあることね。吟樹師の数自体が少なくて、報告例もまだ数件だから、よくわかっていないわ」

「……アルム、心当たりはありますか?」


 声をかけるも、言葉は返ってこなかった。

 フィオーラは焦ること、隣に立つアルムを見つめた。

 

 毛先にいくにつれ緑を帯びる、人ならざる髪色。

 同色のまつ毛に囲まれた瞳は、今は閉ざされ見えなかった。

 瞳を閉じたアルムは無言で、ふらつくこともなく立っている。


(綺麗な蝶。マナの流れが活発になっているわ)


 ひらりひらり。

 アルムの周りを舞う光の蝶たち。

 常人には見ることのできない、マナと呼ばれる世界を巡る力だ。


 アルムから生まれ飛んでいく蝶と、反対に体へと吸い込まれていく蝶の群れ。

 マナの流れを活発化させ、マナを介して情報を集めているらしかった。

 蝶の羽ばたきに照らされた、神々しいまでに美しいアルムを見ることしばらく。

 

 蝶の行きかいが緩やかになっていき、ふるりと長いまつげが震える。

 若葉を思わせる、美しい緑の瞳がフィオーラへ向けられた。


 目が合うと、アルムが小さく笑みを浮かべる。

 それだけでフィオーラの心臓は、鼓動を早くしてしまった。


「ざっと確認してみたけど、僕の方、世界樹の側には、これといった不調は見受けられないよ」

「確認ありがとうございます。代替わりの儀の影響も、もうほとんど収まっているのですよね?」


 代替わりの儀。

 先代の世界樹からアルムへと、多くの力と知識を引き継いだ儀式だ。

 儀式後しばらくは、いくらか力が不安定になることもあった。


「うん、ほぼ収まっているよ。力の揺らぎ自体はあるけど、それは寄せては返す波のようなもの。対処が必要なものじゃない。フィオーラの樹歌のおかげもあって、世界樹の力は安定しているよ」

「良かったです」


 フィオーラはほっと息をついた。

 世界樹は、大陸全土のマナの流れを整わせる力を持っている。

 マナの流れが整えば、黒の獣と呼ばれる、人に仇なす存在が生まれることもなくなるのだ。

 それが聖女として期待される、フィオーラに望まれる役割の一つだった。


「でも、でしたらどうして、吟樹師の方たちの樹歌が、弱まってしまったのでしょうか?」

「ズレ、じゃないかな?」

「……世界樹との?」

「そうそう。樹歌っていうのは、マナに働きかけるものだ。吟樹師はマナへの感受性が高くて、マナの流れに介入することができる人間のことだって、前に言ったことがあるだろう?」

「あ、なるほど……。新しくアルムが世界樹になって、世界を巡るマナの性質が変わったから、今までと同じように樹歌を使おうとすると、上手くいかなくなったってことですね?」


お読みいただきありがとうございます。


本作のコミカライズ1巻が、7月1日に発売となりました!

永倉先生による単行本限定の、描きおろし短編も収録されているので、ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ