96話 令嬢は世界樹の思いを知る
「……そんな気はしていたよ」
求婚を断ったフィオーラへと、リグルドが苦笑を浮かべた。
「君との婚約、私は歓迎していたよ。政治的にはもちろん、君自身のことも、好ましく思っていたんだが――――」
「お断りだ」
リグルドから引き離すように、アルムがフィオーラの肩を抱いた。
「アルム……?」
「フィオーラは、ただ一人の僕の主なんだ。どんなに君が婚約を望もうと、答えはお断りだよ」
リグルドをまっすぐに見つめ、アルムが揺るぎなく答えた。
「……あぁ、わかっているよ。アルム様とフィオーラ様の間を、邪魔しようとは思わないからな」
リグルドは言うと、椅子を引き席を立った。
「私はこれでお暇させてもらおう。これからは末永く、国王と聖女として、仲良くやっていけることを願うよ」
マントを翻し、リグルドが帰っていった。
見送ったフィオーラは、そっとアルムを振り返った。
「アルム、さっき言っていたことは……」
「もちろん、僕の本心だよ」
アルムの指が、フィオーラの薄茶の髪をすくいとった。
愛おしむように髪を撫でる指が、髪を伝い頬へ触れていく。
「アルム……」
「こうしてずっとフィオーラに触れていたいと、誰にも渡したくないと、ずいぶん前から思っていたんだよ」
フィオーラの頬に触れる手はどこまでも優しかった。
若葉の瞳に見つめられながら、フィオーラは唇を動かした。
「な、んで……? アルムは私のこと、主として慕ってくれていたんじゃ……?」
「主としても、もちろん慕っているよ。……でも、それだけじゃないって、あの代替わりの儀の日に気が付いたんだ」
フィオーラを見るアルムの目が一瞬閉じられた。
「先代の世界樹の記憶に飲み込まれそうになって、音も光も、上も下も何もかもわからなくなった時……。僕の中に残っていたのが、フィオーラへの思いだったんだ。そしてそんな僕のことを、フィーラは呼び戻してくれたんだよ」
だからもう離さない、と。
祈るように、アルムが言葉を紡いだ。
フィオーラの心臓は高鳴り、今にも爆発しそうだった。
「フィオーラ、お願いだ。僕の手をこの先も、ずっと握っていて欲しいんだ。君の隣でいつまでも、僕は光合成をしていたいんだ」
「コウゴウセイ……」
フィオーラは呟き、唇を小さく緩めた。
アルムらしい表現に、愛しさが溢れるようだった。
「その告白の言葉は、アルムが初めてかもしれませんね」
「……駄目かい?」
フィオーラの水色の瞳を、アルムが覗き込んだ。
真摯に見つめるアルムに、フィオーラは唇を開いた。
「私も、同じです。私もアルムと一緒に、これからも生きていきたいです」
この先ずっと、アルムの隣にいたい、と。
そう願いながらフィオーラは、アルムに強く抱きしめられたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――フィオーラ、準備はできたかい?」
「はい!」
アルムの呼びかけに、フィオーラはドレスの裾を翻した。
今日のフィオーラは着飾っていた。
純白の絹に金の刺しゅう。袖は長く軽やかに舞っていて、スカートには贅沢に何重もの布が使われている。
歩くたび、金の腕輪がしゃらりと音を奏で、淡く透けるヴェールが揺れ動いた。
(今日は私と、そしてアルムのお披露目の日よ)
新たなる世界樹と、その主の聖女として。
晴れて認められ、表舞台に立つことになったのだ。
フィオーラの右手には、聖女の象徴である長い金の杖。
そして左手にアルムの手を重ね、バルコニーへと歩いて行く手はずだった。
(これから、きっと大変になるわ)
表舞台でのお披露目に先行して、アルムは世界樹としての力を行使していた。
各地の衛樹と精霊樹へとマナを送り、流れを整えていき。
黒の獣が多く現れる土地へは、精霊を生み出し派遣していた。
おかげで、黒の獣に関してはだいぶ事情が好転しているが、魔導具に関することや、教団内での立ち回りなど、やるべきこと、学ぶべきことが山積みだった。
前聖女となったセライナとも協力しつつ、フィオーラの聖女としての日々が始まるのだ。
(……不安はあるけれど、アルムと一緒ならきっと)
険しい道のりを歩いていけると、フィオーラはそう信じていた。
アルムの手に左手を重ねると、そっと握り込まれる。
「……僕はフィオーラの手を、二度と離したくないんだ」
「……私もです」
二人で言葉を、思いを重ね合わせた。
「人間の感情の動きについて、僕にはまだわからないことが多いけど……。フィオーラへの、この感情が特別なのはわかるんだ」
「アルム……」
言葉を無くし、アルムと視線を結んで。
どちらともなく顔が近づき、唇が触れ合ったのだった。
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