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95話 令嬢は母を思う


 別れの言葉を残し、モモの体が一際強く輝いて―――――


「……あら?」


 ――――光がおさまるとそこには、ちょこんとモモが座っていた。


「……え?」

「はい……?」


 アルムとフィオーラの声が重なった。


「……私、消えてない?」

「……消えてませんね」

「消えていないよ」


 フィオーラがモモを撫でると、もふもふとした感触が返ってくる。

 よく馴染んだモモの撫で心地だった。


「……モモ、少しじっとしていてくれ」


 モモの頭へ、アルムが手を伸ばした。

 そのまましばらく何かを探るように、じっと目を細めていた。


「モモを形づくるマナが、二回りほど小さくなっている。体の方も、少し小さくなっていないかい?」

「あ、確かに……」


 フィオーラも気を付けてモモを見てみた。

 よく見ると、全体的に体が少し小さくなっている気がした。


「……君、もしかして、こうして精霊に化けて動きまわるのが久しぶりなんじゃないかい?」

「……数百年ぶりね」

「きっとそのせいだよ。マナの配分や本体の世界樹とのつなげ方とか、勘が鈍って間違えていたんじゃ?」

「うっ……!」


 モモが頭を抱え込んだ。

 心当たりがあるようだった。


「しくじったっ……!! せっかく儚くかっこよく、別れの挨拶をしたのにっ……!!」


 落ち込むモモへと、


「君、やっぱり馬鹿なんだな」


 アルムが追い打ちを決めたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 モモは一通り盛大に落ち込むと、けろりと気分を切り替えたようだ。

 何も失敗なんてしていません、といった顔をして、フィオーラの肩の上に座っていた。


「……先代の世界樹であるモモに、聞きたいことがあるのだけど……」

「何よ? 答えられる範囲で、答えてあげてもいいわよ」


 モモの言葉に甘え、フィオーラは質問することにした。


「モモはどうして初代聖女様を選んで、人間を助けてくれたんですか?」

「好きだったからよ」


 モモがすっぱりとした答えを返してきた。


「好きだったから。気に入ったから。だから彼に、力を貸してやろうと思ったのよ」

「……初代聖女様のこと、とても愛していたんです……えっ?」


 フィオーラははたと気づいた。


「『彼に』……?」

「そうよ。彼よ彼。あの人よ。私前に言ったわよね? ルシード殿下がちょっとだけ、あの人に似ているって」

「あ……」


 思い出せばモモはあの時、『ちょっとだけ、あの人に似ているものね』と、思わせぶりなことを言っていた。


「……で、でもちょっと待ってください。だったら初代聖女様は一体、モモとどんな関係が……?」

「娘よ」

「娘っ⁉」


 フィオーラの叫び声に、モモが顔をしかめていた。


「うるわいわね。世界樹と人間の間で子供が作れるなんて広く知られたら、色々と面倒なことになるでしょう? だからこそ教団が事実を歪めて、嘘で塗り替えた伝説を広めたんでしょうね」

「なるほど……」


 フィオーラは納得してしまった。

 しかし気になるのはそれだけでは無かった。


「ならアルムにも、どこかに人間のお父様がいるんですか……?」

「いないわよ。二十二年前に、私がアルムを含む世界樹の種子を生み出したのは、私の力を継ぐ存在が必要だったからよ。私の力と情報と世界を巡るマナと、ほかにも色々混ぜて整えて、アルムたちを生み出したのよ」

「……二十二年前に生み出された、他の世界樹の種はどうなったんですか?」

「残らず枯れてしまったわ」


 モモが顔をうつむけた。


「私の後継者には、人間を愛し愛される子がなってほしかったの。だから教団の人間に、愛情をもて世界樹の種を育ててくれって託したのだけど……」


 人間って馬鹿よね、と。モモが呟いた。


「次代の世界樹の主になれるかもって、欲に目がくらんだんでしょうね。人間同士で種を奪い合って争って、ほとんどが種のまま争いに巻き込まれ潰れるか、強欲な人間の手に渡ってしまったのよ」

「……」


 淡々と言うモモに、フィオーラは言葉をかけることができなかった。

 子を失ったと語るモモの姿に、どんな慰めも同情も届くとは思えなかったのだ。


「……じゃあもしかして、私のお母様が種を持っていたのも……」

「あんたの母親の両親が、娘に与えたんでしょうね。王家の人間なら、世界樹の種に手が届く可能性、十分にあるでしょうし」

「そんな裏事情があったんですね……」


 全て、フィオーラの生まれる前にあった出来事だ。

 たまたま母親が世界樹の種を手に入れて、身分を捨てた後も大切に持っていたからこそ、フィオーラはアルムと出会えたのだった。


(……お母様はどんなことを思って、あの種とアルムを、私に託したんだろう……)


 フィオーラの知る母は、いつも明るい平民の女性だった。

 笑顔の母が、何を思いどう生きていたのか。

 知ることができないことに、フィオーラは寂しさを感じたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 モモから話を聞き終えた後フィオーラは、忙しく動くことになった。

 千年樹教団上層部と話し合いを重ね、諸々の後始末そしていったのだ。

 義母のリムエラを牢に入れるなど、いくつもの作業をこなしていき、ようやく一段落ついたその日。

フィオーラはリグルドの訪問を受けていた。


「父上が迷惑をかけ、本当に申し訳なかった」


 頭を下げ謝罪するリグルドに、フィオーラの方が申し訳なくなってしまった。

 リグルドはネイザスの代わりに、じきに新国王として立つことになり多忙だ。


千年樹教団との相談の結果、王家との関係を考え、ネイザスの罪は闇に葬られることになった

今更、フィオーラが実は王家の血を引いている、と公になっても、厄介なことばかりだからだ。

ネイザスは表向き病に倒れたということで、リムエラともども、生涯幽閉が決定していた。


「リグルド殿下が、謝る必要などありませんよ。リグルド殿下は、ネイザス陛下の目論見を知らなかったんでしょう?」

「……知らなかったが、何か怪しいとは気づいていたんだ」


 リグルドはそう言うと、フィオーラの背後のアルムを見つめた。


「アルム殿の本名を聞いた時、少し引っかかっていたんだ」

「アルムトゥリウスという名前が?」

「そうだ。決して一般的な、呼びやすい名前ではないだろう? あまり知られていないが、アルムトゥリウスとい名前はわが王家の初代の本名なんだ」


 だから少し気になったんだ、と。

 リグルドはそう続けた。


「それにフィオーラ殿はアルムトゥリウスと言う名前を、母上から聞いた物語の登場人物のものだと仰っていたが……。これも少し、おかしいとは思わないか? 子供に語って聞かせる物語の登場人物の名前なら、もっと呼びやすく親しみやすい名前が多いはずだ」

「あ……」


 確かに、リグルドの指摘した通りだった。

 フィオーラも小さい頃は、アルムトゥリウスと正しく発音するのに苦労した覚えがある。


「私のお母様がわざわざ、呼びにくい名前を選んで私に語り聞かせていたのは……」

「……自分の生まれた家、捨ててきた王家の名残を、フィオーラ殿に覚えていて欲しかったのかもしれないな」

「お母様……」


 フィオーラは胸をおさえ俯いた。


(お母様は確かにこの国で生まれ、生きていたのね……)


 死んでしまった母親には、もう二度と会うことができないけれど。

 生前の母親の痕跡を知ることで少しだけ、寂しさが慰められる気がした。


「リグルド殿下、教えてくださりありがとうございます。もうすぐ国王としての戴冠式が控えていてお忙しい中、こちらに教えにきてくれたんですよね」 

「用件はそれだけではないからな」

「……私への求婚の件ですか?」


 リグルドが頷いた。


「君さえ良ければ、具体的な婚約の話を進めたいんだが……」

「……申し訳ありません」


 フィオーラは断りの言葉を口にしたのだった。



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