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94話 令嬢は世界樹を抱きしめる


 ―――――流れ込む、流れ込む、流れ込んで攪拌されていく。


(これは……)


 アルムは瞬きをしようとして、瞼が存在しないことに気づいた。

 瞼も瞳も口も手も何も無いのに、ただ五感だけが刺激されている。

 乱舞する色彩。身に覚えの無い思い出。香る光と土の感触。

 誰かの笑顔と悲鳴と緑と光と記憶と記憶と流れ込み溢れる何かだった。


(……これは僕の先代、世界樹が千年の間、見てきた記憶の奔流だ)


 世界樹へと触れた瞬間、強い衝撃を受けたのは覚えている。

 しかしその後の記憶は曖昧で、気づけば肉体を離れ意識だけの存在となって、どことも知れない空間を漂っていた。


(どうすればいい? いや、僕は、何をしたかったんだ?)


 望みがわからない。自分の感情が思い出せない。

 自我の輪郭が曖昧になっていく、そんな感覚だけが確かなものだった。


 明滅する記憶と、流れ込んでくる膨大な情報。

 千年に及ぶ世界樹の記憶と存在に、まだ百年も生きていないアルムの自我は、押しつぶされていった。


(僕は―――――)


 今は存在しない腕を伸ばすように。

 何かを求め、アルムは思考を瞬かせ――――


「アルム‼」


 ―――――その声が触れた場所から鮮やかに。


(そうだ、僕は……)

 アルムは輪郭を取り戻し、望みを思い出したのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「フィオーラッ‼」


 アルムに手を触れ、名前を呼んだ瞬間。

 人形が命を吹き込まれたようにして、アルムがフィオーラに抱き着いてきた。


「アルム……‼」


 アルムが確かにここにいるのだと確信したくて。

 フィオーラは力一杯、アルムを抱きしめ返した。


(よかったっ……!)


 安堵と喜びが、フィオーラの全身を満たしていった。

 アルムがいて、触れて、話しかけてくれる。

 今はそれだけで、全てが満たされていた。


「本当に良かったです……。代替わりの儀式を、無事終わらせることができたんですね?」

「……あぁ、そうみたいだ」


 少しだけ間を空けて、アルムが肯定を返した。


「世界樹が経験してきた記憶と知識と、他にもたくさんのものが流れ込んできて……。あまりの量の多さに意識が消えかけたところに、フィオーラの声が聞こえて戻ってこれたんだ」


 体の調子を確かめるように、アルムが手を握ったり開いたりしていた。


「うん、完全に馴染むまでもう少し時間がかかりそうだけど、問題ないと思うよ。フィオーラさえ傍にいてくれたら、今の僕は何だってできそうだ」


 そう言って微笑むアルムの姿が、フィオーラの目には光り輝いて映っていた。


(笑顔が眩しい……。いえ、違うわ。本当にアルムの体が光っているような……?)


 フィオーラは目をこらした。

 するとアルムの輪郭と重なり光の蝶が、あふれんばかりのマナの輝きが見えてくる。


「アルム、そのたくさんのマナは……」

「これかい? 世界樹から受け継いだ力の一部が、君にも見えているんだろうね」

「なるほど……」


 フィオーラが一度気づいてみれば、圧倒的なマナと存在感だった。

 人の姿をしていても、アルムの本質は遥かに巨大な木であると、よくわかる瞬間だ。


(あ、でも……)


 フィオーラは、背後の世界樹へと目を凝らした。

 姿かたちは変わっていなかったが、よく見るとつい先ほどまでよりも一回り、存在そのものが小さくなっている気がした。


(代替わり……)


 世界樹からアルムへと、とても大きな何かが継承されたのだと、フィオーラは理解できた。


「ねぇアルム、代替わりの儀式が成功したことで、世界樹様が朽ちて倒れてきたりーーー」

「しないわよ!! 失礼ねっ!!」


 甲高い声が響いた。


「モモ⁉」


 両手を広げ滑空してきたモモが、ぽすんとアルムの頭の上へと着地した。


「……どいてくれ。僕の頭の上は、クッションでも枝でも無いよ」

「いいじゃない、ちょっとくらい。……これでお別れなんだもの」

「えっ……?」


 フィオーラはモモを見つめた。

 ふざけた様子は無く、黒く円らな瞳が、じっとフィオーラを映している。


「そんな、冗談ですよね?」

「本当よ。だって私、先代の世界樹なんだもの」

「……はい?」


 衝撃の告白の連続に、フィオーラは固まってしまった。

 アルムも動きを止め、無言で驚いているようだ。


「私、千年生きてる世界樹なんだもの。ちょっと精霊のふりをして、息子を見守るくらい簡単よ」

「千年? 簡単? それに息子って……⁉」


 混乱しながら、フィオーラは必死でモモの言葉をかみ砕いた。


(確かに、アルムを生み出したのは先代の世界樹なんだから、モモが先代世界樹だとしたら、アルムが息子でモモが母親になってもおかしくない……?)


 アルムはどこか、モモをうっとうしがりつつも頭の上がらない部分があった。

 二人が母親と息子なのだとしたら、それも自然な関係なのかもしれない。

 フィオーラはそこまで考え、大切なことを聞いていないことを思いだした。


「モモ、待って。さっきあなた、ここでお別れだって言って……」

「お別れよ」


 アルムの肩へとのったモモが、世界樹をじっと見つめた。


「元々、千年生きた私は寿命が近づいていたわ。代替わりの儀が終わって、渡すべきものや残った力もアルムに継承させたんだから、あとは消え去るだけよ」

「そんな……」

「あ、でも安心してちょうだい。さっきも言ったけど、世界樹の方はそんなに簡単に腐ったり、倒れてきたりしないわ。ざっと百年かそれくらいは、抜け殻になってもそびえ続けているはずよ」

「……でも、モモとはこうしてもう、話したり触れ合うことはできなくなるんですよね?」


 それは寂しいことだ。

 いつも喧しいモモだったけど、いなくなるのは悲しかった。

 フィオーラが涙をこらえていると、モモの体がきらきらと光をまとっていた。


「そろそろ時間みたいね。まだ色々と、気になることはあるけれど……。こうして代替わりの儀を見届けて、この姿だけど、アルムの頭を撫でることもできたもの」


 私はもう満足よ、というモモを、アルムがそっと撫でている。

 フィオーラも手を伸ばし、淡く輝くモモの頭へと触れた。


「モモ……」

「これからも二人で、あとイズーも一緒に、頑張って生きていきなさい」


 別れの言葉を残し、モモの体が一際強く輝いて―――――


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