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9話 令嬢は命乞いをされる


「フィオーラっ!!」


 顔色を失ったアルムが、フィオーラを押さえつける男たちを睨みつける。 


「ひいっ⁉」

「なんだこれ蔦がっ⁉」


 突如伸び上がった蔓が、男たちに巻き付き引き倒す。

 男たちから解放されたフィオーラへ、アルムが駆け寄ってくる。


「フィオーラ‼ 喋れる!? 返事をしてくれっ!!」

「っ、ごほっ………アルム………」 


 口元の布を外されたフィオーラは、せき込みつつアルムの名を呼んだ。

 声と共に、小さな血の塊が飛び出す。


「血っ⁉ 肺が⁉」

「大丈夫、殴られた衝撃で、口の中が切れていたみたい…………」


 アルムに助け起こされ、フィオーラが呼吸を整えていると、甲高い悲鳴が響いた。


「いやあぁぁぁぁぁぁっ⁉ 腕が⁉ 私の腕がっ⁉」


 金髪を振り乱しミレアが叫んだ。

 指先から棘持つ蔦が伸びあがり、右肩まで絡みついている。

 ミレアが必死になって蔦を外そうと掴むが、棘に刺され血が滲むだけのようだった。


「ミレアの、あの腕は…………?」

「フィオーラの許可なく、眠る僕に触れようとしたから、防御機構が発動しただけさ」

「………ごめんなさい、アルム。私の不注意で、迷惑をかけてしまいまし――――――――」

「きさまらっ!! 何をしたのだ⁉」


 怒鳴り声が、フィオーラの言葉に覆いかぶさった。

 先ほど、フィオーラの体に触れようとしていた中年男性だ。

 

 彼も蔦に巻き付かれていたはずだが、アルムの視線がフィオーラへと逸れたすきに、部下たちに救出されていたようだった。

 男性は顔を赤くし、部下たちにフィオーラへと剣を向けさせている。


「落ち着いてください!! 私たちに、あなたがたを害するつもりはありません!!」

「ふざけるなっ!! 俺を蔦で縛り上げたくせに何を言うっ⁉」

「誤解です!! あれは、私を押さえつけていたあなたから、自由になるためです!!」

「黙れ‼ 異端者が言い訳をするんじゃない!!」


 男性は聞く耳を持たないようだった。

 どうしようとフィオーラが戸惑うと、アルムの冷えた声が響いた。


「人間は、相互理解のために言葉を使うはずだけど…………。言葉で通じないなら、排除する他ないけど、血が飛び散るとめんどくさいね」

「アルム、待って」

「何だい? また止めるのかい?」

「………違います。お願いしたいことがあるんです」


 フィオーラはアルムを見つめた。


「私は、アルムの主なんですよね?」

「そうだよ? 僕にとって、君はただ一人の主だ」


 顔をほころばせ、フィオーラを見るアルム。

 その思いを疑うわけでは無いが、だからこそフィオーラにも譲れないものがあった。


「ならば、お願いします。私達へと剣を向ける方たちを一人残らず、蔦で縛り上げ地面に転がしてください」


 主としてフィオーラが命じると、アルムが素早く従った。


「承ろう。僕も望むところだ!――――――――――《種よ生じ、蔦となり戒めとなれ》」


 アルムの口にした不思議な響きの言葉と共に、一斉に蔦が伸びあがった。


「うおぉぉぉぉぉっ⁉」

「動けねぇ!?」

「きゃぁぁぁぁぁあっ!?」


 男たち、そしてついでにミレアも巻き込まれ、蔦で縛り上げられ地面へと転がっている。

 一瞬にして、十人以上もの人間を無力化してのけたアルムは、しかし涼しい顔をしている。

 フィオーラは彼に感謝しつつ、そっと胸を撫でおろした。


(良かった…………。アルムに人を殺させなくてすんだみたい…………)


 先ほどのアルムは、男たちへ冷えきった視線を向けていた。

 アルムはフィオーラを害するものに容赦なく、人間とは倫理観もズレている。

 あのまま傍観していたら文字通り、血の雨が降っていた可能性が高かった。

 

 フィオーラに触れようとした中年男性はともかく、他の人間は男性の指示に従っているだけだ。

 そんな人間を死なせては後味が悪いし、何よりアルムが、人殺しとして追われてしまうかもしれない。

 だからフィオーラは、『主である自分のお願い』という形で、殺すのではなく縛り無力化するよう命じたのだが、無事成功したようだった。


 フィオーラが一安心していると、アルムが首を屋敷の門の方へと巡らせた。


「新手だね。誰か来たようだ」


 アルムの言葉通り、数人の人間がやってくる。

 中年男性と似通った服装の彼らは、おそらく千年樹教団の人間だ。

 その先頭に立つ、茶色の髪の青年が、フィオーラへ誰何の声をあげた。


「あなたたちは何者で、何をしているのですか?」


 警戒されているようだが、問答無用で襲い掛かかってくることはないようだ。


「そこに蹲っているジラス司祭は、わが千年樹教団の人間です。あなたがたは、我が教団と争うつもりですか?」

「そのようなつもりはありません。身に覚えの無い罪を被せ捕らえられそうになったので、身を守ろうとしただ――――――――」

「その小娘に騙されてはいけません!!」


 蔦に捕らえられ這いつくばっていた男性――ジラス司祭がフィオーラをねめつける。


「その小娘と男こそが樹具を持つ異端者です!! さっさと殺してください!!」

「‼ なんですって⁉ あなたがたが、情報にあった不法な樹具の持ち主なのですか⁉」


 茶髪の青年が表情を険しくた。

 青年は右手に持った杖を構え、油断なくフィオーラ達を見ている。

 その姿と杖に、アルムが眉をあげた。


「へぇ。君は樹具の使い手か。なら話が早いね」


 話が早い?

 どういうことかとフィオーラが思っていると、アルムが形良い唇を開いた。


「――――――――《分かたれし枝、息吹を吹き返し根付くべし》」

「なっ⁉」


 変化は劇的だった。

 青年の持つ杖が震え、爆発するように茎と葉を伸ばしていく。

 杖自体も長く人の背丈ほどに、太さは人の胴体ほどに大きくなっていった。


「こんなことが……………まさか………」


 青年が茫然と呟く。

 その傍らには、銀の幹に緑の葉を茂らせた、一本の木が生えていた。


「っ⁉ なんだなんだ⁉ またその男が、不法に樹具を使ったの―――――――へぶっ⁉」


 わめくジラス司祭の声が、打撲を受け途切れた。

 手を上げたのは、眉間に皺を寄せた青年だ。


「黙りなさい。あの少女と彼は、あなたが罵っていい相手ではありません」

「何をするのですかっ⁉ 異端者を庇うなど見損ないまし、ぐぅっ!!」


 青年が再び、ジラス司祭を殴りつける。

 容赦も手加減も無い一撃だった。


「黙りなさいと言いました。あなただって、教団の人間なら知っているはずです。樹具とは世界樹より落ちた枝葉を加工したもの。その樹具を樹の形に変化させられるのは聖女様本人か、聖女様に比肩する存在しかいらっしゃいません」

「っ…………!!」


 ジラス司祭が、恐れおののきフィオーラを見た。

 その瞳に驚愕と狼狽、そして焦りと怯えが映し出される。


「す、すみませんでしたっ!! 俺、いえ私はそのような事情は知らなかったんです!!」

「へぇ? ただの勘違いで、フィオーラを捕え痛めつけたんだ?」


 アルムの一瞥にジラス司祭が震え、青年が深々と頭を下げる。


「どうか慈悲をお恵みください。ジラス司祭には我が教団から、罰を与え罪を贖わせたいと思います。お望みとあれば、この場で幾度でも殴り鞭をいれますので、どうか命だけはご容赦くださいませ」


 聞き間違えようのない、それは命乞いの言葉だ。

 フィオーラは小さく震え、そして青年の考えを悟った。


(そうか。だから彼はさっき、ジラス司祭を派手に殴りつけていたのね。自らジラス司祭への制裁の一端を行うことで、私たちの恨みを少しでも晴らし、それ以上ジラス司祭に重い罰を要求されないよう、庇ったということね………)


 フィオーラは無言で考え込む。

 ジラス司祭には痛い目にあわされたし、生理的に受け付けない相手なのも確かだ。

 だが、彼の命まで奪う重荷をフィオーラは背負いたくないし、ここで青年の意図を汲んだ方が、今後上手くいく気がしたのだった。

 

「………不幸な誤解もありましたし、今後ジラス司祭が私たちの前に姿を現さないと約束していただければ、それで私は大丈夫です。…………アルムも、それでいいですか?」

「う~ん、まぁ妥当かな? その代わり――――――――」


 アルムの唇が不思議な響きの言葉を吐き出した。


「ひいぃぃぃぃっ⁉」


 ジラス司祭を取り囲むように、鋭い棘を持った蔓が生えそろう。


「もし次、君が僕たちの前に姿を現したら、今度は容赦なく排除するつもりだ。そこのところよく考えて、彼への罰を与えておいてくれよ?」

「…………寛大なお言葉、感謝いたします。ご慈悲に応えられるよう、約束は守りたいと思います」


 青年と、そしてジラス司祭が頭を下げた。


 ―――――――――――その後ジラス司祭は辺境へと飛ばされ、罪人として扱われることになる。

 失意のなか一生を終え、見るに堪えない姿を晒した彼だが、青年はしっかりと約束を守ったため、その後フィオーラがジラス司祭の姿を見ることは無かったのだった。


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