表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/99

88話 令嬢は感情に蓋をする

 求婚の意思を伝え、リグルドが去っていった後。

 フィオーラはじっと悩んでいた。


(政治的に考えるならきっと、これ以上ない婚約よ)


 婚約相手のリグルドも、人間的に信頼できそうな相手だ。

 これより政治的な条件が良い求婚者は、そうそう現れないはずだった。


(アルカシア王家と千年樹教団の足並みがそろうようになれば、もっと上手に、黒の獣への対策ができるようになるかもしれないし……)


 フィオーラはアルムの主として、とても大きな力を手にしてしまっている。

 この力を上手く使い、多くの人の役に立ちたいと、最近考えることが多くなった。


(そう考えると、リグルド殿下との婚約はとても好ましいけれど……)


 問題は、フィオーラの抱える、アルムへの思いだった。

 今はまだできるだけ、心の奥のその感情の、名前を直視しないようにしているけれど。

 アルムと触れ合うたび無視できない程、その感情は大きくなっている。


「アルム……」

「なんだい?」


 フィオーラははっとした。

 つい、心の中の思いを、唇からこぼしてしまっていたようだ。


「僕に何か、頼みたいことでもあるのかい?」


 どことなく嬉しそうに、アルムが身を乗り出してきた。

 ここのところアルムは、フィオーラから呼ばれない限り、動かないようにしていた。

 先ほど、リグルドの求婚に口を出しかけたのは珍しいくらいだ。


「いえ、その、頼みごとがあるわけではないのですが……」


 アルムのことを考えていました、と言うわけにもいかず、フィオーラは誤魔化しの言葉を探した。


「……そうだ、アルムは、さっきのリグルド殿下の求婚を、どう思いましたか?」

「リグルドの求婚?」


 アルムの声が、冬を迎えたように冷え込んだ。


「…………悪くない話だと思うよ。打算ずくめの提案に見えたけど、リグルド自身は誠実そうだ。……フィオーラのことも、きっと大切にしてくれるさ」

「…………そうですね」


 アルムの返答に、フィオーラは一人打ちのめされていた。


(私、リグルド殿下との婚約に反対してくれたらって……)


 心のどこかで期待し、アルムに望んでしまっていたのだ。

 勝手に期待し、勝手に落胆してしまった自分に気がついて。

 フィオーラは自嘲するしかなかった。


「アルム、答えてくれてありがとうございました。リグルド殿下との婚約について、私なりに前向きに考えてみますね」


 そう言ってフィオーラは、自らの感情に蓋をしたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ――――ちなみに、その日。

 フィオーラ達のいたアルカシア皇国西部は、大雨に見舞われることになる。

 十数年に一度とも言われる悪天候と、アルムの感情を結び付けて考えるだけの余裕は、残念ながらその日のフィオーラにはないのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 アルカシア皇国西部に、十数年に一度の大雨が降った三日後。

 フィオーラは旅の最終目的地である、千年樹教団の本部へと到着することになった。


「わあっ……!」


 頭上を見上げ、フィオーラは歓声を上げていた。


「すごい……‼ ここからでも、世界樹様の全体は見えないんですね……!」


 首を反らし、上へ上へ。

 視線を持ち上げていっても、世界樹のてっぺんは見えなかった。

 あまりの高さに、上部が雲の層に隠れてしまっているためだ。


「あの幹も、どれくらい太いんでしょうか……?」


 あまりに大きすぎ、感覚が狂ってしまいそうだ。

 百人のフィオーラが手をつなぎ輪を作っても、おさまりそうにない大きさだった。

 世界樹は銀の幹に緑の葉を大きく広げ、世界を見渡すように直立している。 


「きゅきゅっ‼ きゅきゅきゅきゅっ‼」


 イズーも興奮し、とても楽しそうにしている。

 精霊であるイズーにとって、世界樹は近しくも尊敬できる存在だ。

 初めて直にその威容を目にし、興奮がおさまらないようだった。


「もう、そんなにはしゃいじゃって。お子様なのね」


 一方、同じく精霊であるモモは、フィオーラの肩の上で平然としていた。

 無理に感情を押し殺している様子もなく、ごく平常心のようだった。


「モモは世界樹様を見ても、いつも通りなのね」

「……慣れよ慣れ。別に、初めて見るわけじゃないもの」

「ここへ来たことがあるんですか?」

「昔ね」


 フィオーラは問いかけるが、モモに応える気は無いようだ。

 まるで普通のモモンガのように、鼻先をくしくしとしている。


(モモの過去って、どんなことがあったんだろう……?)


 謎多き精霊だ。

 フィオーラがモモを撫でていると、視界の端に銀と緑がよぎった。


(アルム……)


 世界樹を背後に立つアルムは、まるで一幅の名画のようだった。

 先端に行くにつれ緑を帯びる銀髪。若葉を思わせる二つの瞳。

 世界樹と同じ色を持つアルムは、人の姿をとっていても次代の世界樹なのだと、そう思わせる説得力があった。


(あ……)


 視線に気づかれたのか、アルムが顔を反らしてしまった。

 リグルドの求婚を相談して以降なぜか、ぎこちない雰囲気がアルムの間に漂っている。


(………気まずいけど、今は他にも、集中することがあるわ)


 フィオーラたちが向かうのは。千年樹教団の本部。

 当代の聖女と、話をするためだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ