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87話 令嬢は婚約を持ち掛けられる


「リグルド殿下、昨日は桃のタルトをありがとうございました」


 リグルドと顔を合わせ、フィオーラは礼を述べた。

 フィオーラが彼と出会ってから、十日間ほどが過ぎている。

 

 リグルドはフィオーラ達一行の旅へ加わり、よく行動を共にしていた。

 そしてことあるごとにフィオーラへと、贈り物をしているのだ。


(私の好物ばかりで美味しくいただいているけど、私の方も、リグルド殿下の好みに詳しくなってきたわ……)


 もらいっぱなしは、気分的にも政治的にもよろしくないのだ。

 リグルドへのお返しを選ぶため、フィオーラは彼の行動に注意を払うようになっていた。


「桃のタルト、瑞々しい桃に甘い砂糖がまぶされていて、とても美味しかったです」

「喜んでもらえ嬉しいよ。こちらがフィオーラ様からいただいた炙りナッツも、香ばしく美味しかったよ」


 リグルドと二人、食べ物の話題で和やかに盛り上がった。

 フィオーラは最初、大国の王太子であり、硬質な美貌の持ち主で、表情の動きも少ないリグルドに、近寄り辛さを感じていた。


 しかし会話を重ねるうちに、苦手意識は消え去っている。

 リグルドは飾らない、凛としつつも穏やかな性格の持ち主だ。

 話していて落ち着くし、相性は悪くないようだった。


「……フィオーラ様に一つ、ご提案がございます」

「なんでしょうか?」

「私と婚約をしてもらえないだろうか?」


 穏やかな、事務書類を読み上げるような声色で、

 リグルドがフィオーラに突然、婚約を申し込んできた。


「っ、君はいきなり何を言って――――っ!」


 アルムが、リグルドの前へと飛び出した。

 ざわりと髪が逆立ち、緑の瞳が激情をこらえるように、強い光を宿している。

 殺気にも近い気配を放つアルムに、しかしリグルドは怯えはしていなかった。


「フィオーラ様に、婚約を申し込んだんだ。アルム様は、この婚約に反対されますか?」

「僕は……」


 言いよどむアルムに、フィオーラはそっと触れた。


(アルムは、私の婚約話に苦手意識を持っている……)


 そんなアルムを落ち着かせるように、優しく腕を握った。


「アルム、落ち着いてください。リグルド殿下は私に、婚約を無理強いする気は無いはずです」

「……わかったよ」


 アルムも冷静さを取り戻したのか、小さく返事をこぼした。


「邪魔して悪かったね。……二人で話を続けてくれ」


 物わかりよく引き下がってくれたアルムに、しかしフィオーラは、鈍い痛みを覚えてしまった。


(……駄目よ。今はまず、リグルド殿下にきちんとお返事をしないと……)


 どう返すべきか、フィオーラは素早く考えた。

 アルカシア皇国からの出迎えと浮き添いとして、リグルドが派遣されてきた時から、薄々予想できていた展開だ。

 地位・身分・容姿と三拍子揃ったリグルドと共に過ごさせることによって、フィオーラを恋に落とそうという目論見だった。


「……この求婚は、リグルド殿下のご発案ではないですよね?」

「あぁ、そうだ。誰とは言えないが、とある方にやってみろと言われたことだ」


 艶っぽさの欠片もない、リグルドの言葉だった。

 求婚の言葉としては失格かもしれないが、彼らしい飾らない直球な物言いに、フィオーラは小さく笑った。


(一応、名前は濁してらっしゃるけれど、王太子であるリグルド殿下に命令を出すことができるのは、この国で国王陛下だけよね)


 十中八九、リグルドの父親である国王・ネイガスの指示によるものだ。

 リグルドと婚約をさせることで、フィオーラを王家に取り込もうとしているようだった。


「発案者は別人だが、私もできたら、フィオーラ殿と婚約をしたいと思っているよ。……この国の政治的な歪みを、フィオーラ殿もご存知だろう?」

「……王家と教団、二勢力の関係ですね」


 アルカシア皇国は大国だ。

 広大な領土を持ち、鉱石など各種資源にも恵まれている。

 世界樹を擁し、名実ともに大陸一の大国だが、内部は一枚岩には程遠いのが現状だ。


 多くの領地を所持し貴族たちを従える王家と、大陸各地に教会を持ち世界樹の恵みを得ている千年樹教団の二勢力が、水面下で常に権力争いをしているようだった。


「わが国は一つの体に、二つの頭がついているようなものだ。しかもその二つの頭で、いつも争っているような状態だ。今のところ大きな破たんは避けられているが、危うさを孕んでいるのは間違いない」

「……私とリグルド殿下が婚約をすれば、二つの頭の喧嘩が、治まるかもしれないということですね」


 フィオーラは千年樹教団の中で高い地位につくはずだ。

 今はまだ、千年樹教団の本部へと向かう道すがらであるため不確定だが、現行の聖女に代わって、聖女になるかもしれない。

 聖女と王太子の結婚ならば格として釣り合うし、王家と千年樹教団の架け橋としてこれ以上なくわかりやすかった。


「そういうことです。ここのところフィオーラ様の人柄も見させていただいたが、大変聡明で心優しい方だと思っている。婚約相手として、とても好ましいよ」

「……ありがとうございます。ですが……」


 フィオーラとしては、婚約を簡単に受けることは出来なかった。


「すぐに返事ができることでないのはわかっている。ただ一度真剣に、私との婚約を考えておいてくれ」


 好ましい返事を待っている、と。

 リグルドは話を結んだのだった。


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