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86話 世界樹は思い悩む


 部屋から出たアルムは、廊下の扉に背中を預け立っていた。

 扉越しにフィオーラの気配を感じながら、わずかに目を細めている。


(リグルド、か……)


 かの王太子の顔を思い出すと、体の中心が焦げ付くような痛みを感じた。


(今日彼は何度も、フィオーラの手を握っていた)


 その姿を見るたびに、アルムの心は乱れていた。

 落ち着かず不安だったが、この国へ来る前にハルツから告げられた言葉を、思い出し耐えていたのだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『――――あまりフィオーラに構いすぎないようにしろ? どういうことだい?』

『言葉通りの意味です』


 ハルツの発言に、アルムは眉をひそめた。


『何が言いたいんだい? フィオーラは僕の主だ。主の傍に控えるのは、当たり前のことだろう?』

『アルム様のお気持ちはわかります。ですがそれでは、フィオーラ様が見くびられてしまうんです』


 やや言いづらそうに、しかし断固とした口調でハルツが続けた。


『アルム様の主として、フィオーラ様は大変注目を浴びています。当然、フィオーラ様を値踏みし利用しようとする人間も、この先もっと増えていきます』

『それがどうしたというんだい? フィオーラを騙し利用とする人間は、僕が許さないよ』


 どんな相手がこようとも、アルムが動けばすむことだ。

 人間ではないアルムはアルムの理論で、フィオーラのために動くだけだった。


『……アルム様のお気持ちは尊いです。ですがこの先フィオーラ様にもいつか、一人で相手と渡り合わなければならない時がやってきます。その時までずっと、フィオーラ様の問題をアルム様一人で解決していると、フィオーラ様はアルム様がいないと何もできない人間だと、そう誤解され真の信頼を勝ち得ることが難しくなります』

『……フィオーラが、いらない苦労をするってことかい?』

『そうなるかもしれません。弱者に門戸を開く教団内部であっても、上に登れば上る程、厄介な人間を相手どらなければならなくなりますからね』


 ハルツが苦笑を浮かべた。

 捨てられたも同然に教団にやってきて、彼なりに色々苦労した経験が滲むようだった。


『……フィオーラ様はこのままいけば、わが教団で聖女になるお方です。聖女となれば、常に人目にさらされ、小さな失敗にも注目されるようになります。……ですから今のうち、失敗が小さな傷ですむうちに、色々と経験を積んでおいて欲しいのです』


 ハルツの説明は、アルムにもわかるところがある話だった。


(他の樹木に寄り掛かりきりで育った若木は、小さな嵐で折れてしまうことがある……)


 フィオーラを大切に思うからこそ、手を出さずに見守る。

 そういった関わり方があることは、アルムにも理解できた。


『……わかったよ。直接フィオーラに危害を加えようとする相手は別だけど、それ以外の相手に対しては、できるだけ前にでないようにしておこう』


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ハルツとの会話を思い出し、アルムはため息をついた。


(ハルツにはあぁ言ったけれど……。思いのほか辛いな)


 リグルドに触れられていたフィオーラを思い出すと、胸の奥が鈍く痛んだ。

 彼からの贈り物のケーキを前に喜ぶフィオーラを見た時には、今よりもっと、胸が締め付けられたのを覚えている。


(この体に詰まっているのは、人間を模したかりそめの臓器でしかないのに不思議だ……)


 そっと胸に手を置き、アルムは考え込んだ。

 人に似た姿をとっても、本質は人間と全くの別物だ。

 あえて言うなら、イズーら精霊樹から生まれた精霊たちの方が、まだアルムに近いくらいだった。


(人間とそれ以外、か……)


 少し前に関わった、ジャシルとクリューエルのことをよく覚えている。

 種族の壁を越え寄り添っていた二人の影が、アルムの心に今も強く残っていた。


(フィオーラとはこの先も、ずっと一緒にいたいと思っているけれど……)


 今でも十分、フィオーラはアルムを慕い思いやってくれている。

 しかしそれだけでは足りないと、そう感じることが最近増えていた。

 まだ足りない、もっと欲しいと、心の奥が叫ぶ時があるのだ。


(さっきフィオーラが僕の指を握った時も、ずっと触れていたいと思ったんだ)


 不思議な感情だった。

 嬉しくて、けど同時に苦しくもどかしい。

 アルムが初めて味わう思いだった。


(僕はフィオーラと、どうしたいんだろう?)

 目をつぶり考えても、一向に答えは思い浮かばなかった。


「また難しそうな顔をしてるわね」

「……モモ……」


 廊下を滑空してきたモモが、アルムの頭の上へ着地した。

 アルムはわざわざ振り払う気にもなれず、モモにさせるがままにさせていた。


「あら、私に飛び乗られて大人しいなんて、本格的に悩んでいるのね」

「……煩くするなら他へ行ってくれ」

「行かないわよ。せっかくあんた向けの、助言を持ってきてあげたんだもの」

「助言……?」


 アルムが問い返すと、モモが頭の上で口を開いた。


「あんたは世界樹で、フィオーラとは違うところばかりだけど……。それでも、感情を持つ生き物であることは同じよ。ならばきっと大丈夫だと、そう信じればいいのよ」

「……抽象的すぎて、何が言いたいかわからないよ」

「当たり前よ。答えはあんた自身の心しか、知らないことなんだもの」


 訝しむアルムの頭を、モモの小さな指が撫でた。


「くすぐったいんだが……」

「ふふ、いいじゃない。一回くらいこうして、頭を撫でてみたかったのよ」

「……そろそろ落とそうか?」

「え、嫌よ。ちょっと待ちな――――きゃうあぁぁっ⁉」


 ぺしん、こてん、と。

 アルムにはたかれたモモが、壁にあたり転がっていく。


「痛いわよこの恩知らずっ!!」

「勝手に乗ってきたのはそっちだろう」


 怒るモモに、アルムは憮然とした声を返しながらも。

 ほんの少しだけ心が、軽くなった気がしたのだった。


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