83話 令嬢は王宮に帰還する
フィオーラはアルムに抱えられ、一直線に王宮へと向かっていた。
王都を囲む砂の海が見える頃には陽は沈み、月光が砂丘の連なりに影を落としていた。
(王宮が騒がしい……?)
まだ少し距離があるが、昨日の夜見た時よりも明らかに、王宮の灯りが多かった。
目を凝らすと、夜にも関わらずたくさんの人間が王宮を歩いていて、何かが起こったのは明白だ。
「フィオーラ、どうする?」
「王宮の方たちに見つからないように、中庭に着地することは可能ですか?」
まずは教団の人間と、ノーラの安全が第一だ。
中庭からなら、彼ら彼女らの部屋まで近かった。
「できるよ。今は夜だからやりやすいはずだ」
アルムが何やら樹歌を口ずさむと、周りの空気がぐにゃりとたわんだようだ。
「空気の密度を変え、外からは見えにくくしたんだ。あまり長くはもたないし、近くで見られると見破られてしまうけど、夜に遠くから見てもわからないはずだ」
アルムは王宮近くの建物の屋根に上ると、風をまとい高く跳躍した。
風に乗って距離を稼ぎ、王宮の中庭への着地に成功した。
フィオーラはアルムの腕から降りると、ノーラの待つ部屋へ向かおうとして――――
「きゅぁっ‼」
「⁉」
暗闇から響いた声にびくりとしてしまった。
(孔雀の精霊様……)
目くらましの術も、精霊の目には効かなかったのだろうか?
それともあるいは、術の効果が切れたのかもしれない。
フィオーラが心臓をびくつかせていると、足音が響いてきた。
「誰かいるのかっ⁉」
「ジャシル陛下……!」
孔雀の精霊の元へ駆け寄ってきたジャシルが、フィオーラへと剣を向けた。
「なぜフィオーラ殿がここにいる⁉ 崖から落ちたと連絡があったぞ⁉」
「ジャシル陛下、落ち着いて――――」
フィオーラの静止も空しく、ジャシルが剣を手に走り寄り――――
「がっ‼」
フィオーラの横をすり抜け、その背後に迫っていた人影にみねうちを入れていた。
(び、びっくりした……‼)
よく見ると、人影の足元には蔦が絡みついている。
アルムの樹歌によるものだ。
「世界樹殿、手助け感謝しよう。つい剣を抜いてしまったが、私が剣を振るわなくても大丈夫だったようだな」
「いや、助かったよ。力加減を考えて、気絶させるのは面倒だからね」
意識を失った襲撃者を、アルムの蔦が縛り上げていった。
「ジャシル陛下は、剣を手になぜこのような場所へ……?」
「王宮に賊が入り込んだ。その指揮をしていたのだが、こいつのことが気になり様子を見に来たところだ」
褐色の腕が、優しく孔雀の精霊を撫でていた。
(ジャシル陛下はどこまでも、孔雀の精霊様を大切にしているのね……)
その事実を再確認しつつ、フィオーラは口を開いた。
「……賊と言うのはもしかして、陛下に魔導具の使用を持ち掛けた方たちではないですか?」
「‼ お見通しか……」
ジャシルが一瞬目を見開き、ついで険しく細めた。
「悪いが、詳しくは後にしてもらおう。王宮内にはまだ、賊の残党がうろついているからな」
「はいっ‼ また後でお願いいたします‼」
フィオーラは言い捨てると、ジャシルへ背を向けて走り出した。
(ノーラっ‼)
廊下を走り角を曲がり、ノーラの部屋が見えてきた。
ドアに手をかけ開くと――――
「とりゃっ‼」
「わっ⁉」
ぺちん、と。
飛んできたハンカチ……もといモモが、アルムの顔に張り付いていた。
「……痛いんだが」
「きゃうっ⁉」
モモを引きはがすと、アルムは脇へ放り投げた。
ころころと床を転がるモモにフィオーラが気を取られていると、ノーラが部屋の奥から飛び出してきた。
「フィオーラお嬢様っ‼ ご無事だったんですね‼」
「ノーラの方も怪我はない?」
「はい! この通りぴんぴんしています。賊からは、モモ様が守ってくれましたから‼」
ノーラの無事は、モモのおかげらしかった。
モモは起き上がると、えらそうにふんぞり返っている。
「そうよそうよ! 私に感謝しなさいよね‼ 侵入してこようとする賊に飛び掛かって体当たりして、とっても活躍したのよ⁉」
「……そのせいで僕まで、体当たりを受けたんだが?」
「不幸な事故よ。それに直前であんただって気づいたから、爪は引っ込めてあげたじゃない」
「爪……」
モモの小さな指を、フィオーラは思わず見つめた。
可愛らしい姿のモモだが、攻撃力はしっかりとあるようだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「昨夜はいろいろと、騒がしくしてしまって悪かったな」
翌朝、フィオーラはジャシルと中庭で向かい合っていた。
ジャシルの横には今日も、孔雀の精霊が付き添っている。
「……ジャシル陛下は以前から、魔導具を用いる集団から、協力者にならないかと誘われていたのですよね?」
「あぁ、そうだ。秘密裏にこちらへ、使者が送られてきたんだ。……魔導具を使い黒の獣を退治すれば、こいつの負担も減るだろうと言われていた」
結局うさん臭くて、断ることにしたがな、と。
ジャシルが苦笑して続けた。
「奴らは私が断った腹いせに、教団の人間に手をかけようとしたようだ。昨晩は助太刀してもらい助かったよ」
「こちらこそ助かりました」
フィオーラはそう返しつつ、孔雀の精霊を見つめた。
「……ジャシル陛下は魔導具集団からの誘いを、今まで保留にしていたのですよね? すぐに判断できなかったのは……孔雀の精霊様が弱ってきていることに、薄々気づいていたからではありませんか?」
「……認めたくは無かったがな……。ずっと、こいつと一緒に暮らしてきたんだ。私はただの人間だが、それでも察するものはある。だからこそ、魔導具集団からの誘いに、昨日まで乗るか迷っていたよ」
「………」
うさん臭い勧誘の手を、すぐさま振り得ない程に。
ジャシルは孔雀の精霊のことを考えていたのだった。
「正直なところ今でも、勧誘の手を振り払うべきだったのかどうか、迷っているくらいだ」
「それは――――」
「振り払って正解だよ」
アルムが断言した。
「もし、君がやつらの手を取っていたら、そこの精霊の思いも何もかも、踏みにじることになっていたんだからね」
「……世界樹殿、それはどういう意味だ?」
いぶかしるジャシルへと、フィオーラは説明をした。
魔導具と黒の獣の関係。そして昨晩現れた、特大級の黒の獣のこと。
説明を聞き終わるころには、ジャシルは眉間にしわを刻み込んでいた。
「……そんな裏事情があったのか。あいつら、魔導具の利便性を説き、耳障りのいい言葉ばかりを並べていたが……。そうそう美味い話は無いと言うことか」




