82話 令嬢と世界樹は黒の獣を葬り去る
「巨大な……黒の獣っ⁉」
信じられない大きさだった。
近づいてくる姿に、フィオーラは思わず叫んでいた。
黒の獣は土煙を巻き上げながら、一直線にこちらへ向かっている。
まだ距離があるようだが、それでも既にフィオーラの足元にも、地響きが伝わってきていた。
「ひいっ⁉」
「なんだあれなんだあの化け物はっ⁉」
「あんな大きな黒の獣がいるなんて聞いてないぞ⁉」
村人たちは、残らず恐慌状態に陥っている。
冷静なのは、アルム一人だけのようだった。
「言っただろう? 災厄がやってくるって。あの黒の獣を招いたのは、誰でもない君たちだよ」
「……どういうことだよっ⁉」
叫ぶジェスに、アルムが冷えた眼差しを向ける。
「魔導具の副作用のようなものさ。魔導具を使えば使うほどマナが変質……わかりやすく言うと、黒の獣のエサができるんだ」
「黒の獣の、エサ……」
呆然と呟いたジェスだったが、慌てて頭を振った。
「でたらめを言うなよ‼ 今まで何度も、俺たちは魔導具を使ってきたんだ。その時は一度も、黒の獣が寄ってこなかったぞ?」
「幸運だっただけさ。最近まではこの国の精霊たちが、黒の獣を遠ざけてくれてたんだろうね。それに量の問題もある。さっき僕とフィオーラに使ったのと同じくらい、一度に魔導具を使ったことはあるかい?」
「……そんな、今日みたいにばかすかと魔導具を撃ったことは……」
無いようだった。
ジェスが唇を噛みしめていた。
「……っ、くそっ‼ 逃げるぞ‼ あんたたち、俺の縄をほどいてくれっ‼」
「いやだよ」
アルムがすぐさま、ジェスの懇願を却下した。
「どうしてフィオーラの命を狙ってきた君を、僕が助けると思うんだい?」
「見殺しにするのか⁉」
「自業自得じゃないか」
「……っ‼」
取り付く島もないと、ジェスは悟ったようだ。
どうにか蔦から抜け出そうともがきはしめた。
「……蔦を解いてあげましょうか?」
ジェスの横へ、フィオーラは片膝をつき座った。
「ありがとう恩に着る‼…………って、どうしたんだ?」
フィオーラは座ったまま、手を全く動かしてはいなかった。
「早く解いてくれ‼ 間に合わなくなる‼」
「条件があります」
大きくなってくる地響きの中、フィオーラはジェスを見つめた。
「ジェスやこの村の方たちだけで、隣国まで行って土砂崩れをおこせたとは思えないんです。村の外、そしてこの国の外にも誰か、協力者がいるんですよね?」
「っ……‼」
ジェスが黙り込む。
図星のようだった。
「取引です。ジェス達を助ける代わりに、協力者について喋ってもらう。これでどうですか?」
「……お姉ちゃん、顔に似合わずいい性格をしているね。俺としては、呑むしかない取引だけど……。でもいいの? 助けられた後、俺が情報を吐かずトンズラするかもって思わないの?」
「思いません」
「お姉ちゃん、やっぱりお人好し?」
「違います。逃がさない自信があるだけです」
「強がり……かどうかはまぁいいか……」
ジェスがため息をつき観念したようだ
「情報を喋るから助けてくれ。まだ死にたくないよ、俺」
「わかりました。約束は守ってくださいね?」
フィオーラは念押しをすると、アルムへと振り返った。
「アルム、お願いします。協力者の情報を得るためにも、あの黒の獣を倒しましょう」
「……わかったよ。死体相手じゃ、情報もとれないからね」
アルムは言うと、近づいてくる黒の獣をじっと見つめた。
「ちょっとあんた、何してるんだよ⁉ 早く俺の縄を解いてくれよ⁉ あんたも俺も、逃げないとヤバイんだぞ⁉」
「僕が逃げる?」
アルムがすいと右腕を持ち上げた。
「さっさと、あれを倒してしまえば終わりだろう?」
「そんなことできるわけ――――」
「よし、距離と威力は、これくらいで大丈夫だね」
アルムが小さく頷くと、樹歌を口ずさんだ。
「《――――落ちよ天の腕、雲海よりの槌をここに》」
アルムの指し示す先。
黒の獣の巨体を引き裂くように、何本もの雷が落ちてきた。
「~~~~~~~~~‼」
閃光。白い闇。
そしてわずかに遅れて鼓膜を叩く咆哮と轟音。
強すぎる光で漂白されたフィオーラの視界に、黒の獣の断末魔が響き渡ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アルムの操る雷により、黒の獣は撃退された。
小山ほどもある巨体が、跡形もなく消え去っている。
「……確かにこれじゃ、お姉ちゃんたちから逃げようって気にならないね……」
アルムの力を思い知らされ、ジェスが引きつった笑いを浮かべていた。
一仕事を終えたアルムに、フィオーラは感謝の言葉を伝えた。
「アルム、ご苦労様です。ジェス達も無事なみたいです。アルムの演技のおかげで、情報ももらえそうですね」
「演技……?」
アルムが怪訝そうな顔をしている。
「僕がいつ、演技をしたって言うんだい?」
「え、さっき、ジェス達を脅して交渉を結ばせるために、見捨てるフリをしたんでしょう? おかげで交渉に不慣れな私でも、成功させることができたんです」
アルムが脅してくれたおかげで、その後の交渉も楽になったのだ、と。
そう感謝したフィオーラだったが、
「演技なんかじゃないよ。フィオーラを害そうとした相手がどうなろうが、僕は微塵も心が動かないよ」
「………そうだったのね」
フィオーラは曖昧な笑みを浮かべた。
(……結果良ければ全て良し、という言葉もあるもの……)
気持ちを切り替え、ジェスへと視線を向けた。
「約束です。協力者の情報について、こちらに教えてください」
「あぁ、そうするつもりだけど……。急いだほうがいいと思う」
「何をですか?」
「俺たちの協力者は、国王陛下にも粉をかけてるんだ」
「ジャシル陛下に⁉」
協力者は、一国の王にまで届く程の、とても長い腕を持っているようだ。
「うちの国王陛下、孔雀の精霊を大切にしてるらしいからな。精霊って、黒の獣を狩るのが仕事なんだろ? 国王陛下は魔導具を黒の獣退治に使うことで、精霊の負担を減らしたいって考えているそうだ」
「孔雀の精霊のために……」
ジャシルならばあり得そうな話だ。
フィオーラはアルムを振り返った。
「急いで王宮に帰りましょう! もしジャシル陛下が協力者の手を取ったら、王宮に残っている教団の方たちが危険です」
「わかった。つかまってくれ」
「お願いします」
アルムはフィオーラを抱きかかえると、風をまとい駆けていった。
どんどんと小さくなる二人の姿を見たジェスは、
「あんな化け物、俺たちが勝てるわけないよな……」
遠い目をして呟いたのだった。
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