81話 令嬢は村と魔導の関係を知る
「あなた達はなぜ、私達を襲ったんですか?」
目の前に並ぶ村人たちへ、フィオーラは問いを発した。
集まっている村人たちの人数は三十人ほど。
先ほど襲い掛かってきた八人は蔓で戒められ、地面に転がされていた。
「…………」
村人たちは敵意のこもった眼で、アルムとフィオーラを睨みつけている。
武器こそ取り上げてあるが、なかなかに剣呑な雰囲気だ。
(どうしましょう……)
相手が一人二人であれば縛りあげ、ハルツ達の元へ連れていくことができる。
しかしこうも大人数では、いささか困ってしまった。
村人の中には、十歳に満たない子供や老人もいて、フィオーラはやり辛さを感じた。
気まずい沈黙が落ちる中―――――
「皆、そろそろ諦めようよ」
場違いに明るい声が、下から響いてきた。
先ほど曲刀を手に、アルムに襲い掛かった少年だ。
蔦で縛られ転がったまま、器用にフィオーラの方へ体を傾けた。
「お姉さんが噂の、世界樹の主様なんだよね?」
「……はい、そうです」
やはり少年たちは、フィオーラがアルムの主だと知って襲い掛かっていたようだ。
「くそっ、こいつらのせいで俺たちは……」
「憎い千年樹教団の手先が……」
敵意のこもった村人たちの声が鼓膜を震わせる。
村人へ不快感をあらわにするアルムを制しながら、フィオーラは少年へと視線を向けた。
「あなたたちはどうして私を、千年樹教団を恨んでいるんですか?」
「だって、邪魔じゃないか。お姉さん、この国で教団が何をしてきたか知らないの?」
「衛樹や精霊樹の保全に努めて、黒の獣を追い払ってきたはずです」
「うん、正解だよ。でもさそれって、タダでやってくれたことじゃないんだよ」
「それは……」
フィオーラは口ごもった。
世界樹を奉り樹具を使い、黒の獣から人々を守る千年樹教団。
その理念は崇高だが、中には冤罪でフィオーラを痛めつけてきたジストや、権力欲にかられセオドアと手を組んだ上層部の人間もいた。
(ハルツ様やサイラスさんみたいな立派な方も多いけれど……)
そんな彼らが活動するためにも、教団を維持運営するは金が必要だ。
千年樹教団は黒の獣を駆逐する見返りに、各国から資金を集めていた。
「俺たちの国もさ、今までずっと毎年、たくさんのお金を教団を納めていたんだよ。なのにどんどん、黒の獣が国のあちこちに出現するようになって、俺の父さんや母さんも死んで……。なのに教団は、何もしてくれなかったんだ」
「…………」
先代の世界樹は、あと10年も持たず枯れるのだ。
既に力の衰えが見られ、影響が各地に現われている。
教団も対処しているが、手が回り切らないのが現実だ。
少年たちからすれば、教団は金を奪い取っていくだけの、憎らしい存在に思えたようだった。
「だから、魔導具に手を出したというのかい?」
聞き役に徹していたアルムが口を開いた。
「あぁ、そうだよ。うちの村には代々、魔導の道具が受け継がれていたんだ。便利な道具なのに、教団が禁止していたから、隠して使わないようにしていたけれど……」
「教団が自分たちを守らないなら、自分たちも教団の決まりを守る必要はないということかい?」
「そうなるのが当然だろう? いったい何が悪いんだ? 魔導具は少し練習すれば、誰だって使えるんだよ?」
少年がけろりと言ってのけた。
「魔導具を使えば狩りも簡単だし、黒の獣を撃退することも出来るんだ。使えるものは使うのが当然じゃないか」
少年の言葉に、村人たちも頷いている。
「ジェスの言う通りだ」
「魔導具を使って何が悪い?」
「元はと言えば教団が悪いんだろ?」
どうやら、少年の名前はジェスと言うようだ。
フィオーラにもジェスの主張がわからなくはないが、気にかかる点がある。
「先ほどの土砂崩れは、ジェス達が魔導具を使って起こしたんですよね?」
「そうだよ」
「……なぜ私たちを襲ったんですか? それにもしかして、最近隣国で頻発している土砂崩れ、ジェス達のせいなんですか」
「そう、俺たちのせいだよ。お姉ちゃんにこの国へ、俺たちに地の利のあるこの国へきてもらうために頑張ったんだよ」
肯定するジェスに、フィオーラは寒気を覚えた。
(ジェス達は、教団を見限っただけじゃないわ。便利な魔導具を頭ごなしに禁止する教団を邪魔に思い、力を削ごうとしているのよ)
だからこそ、次期世界樹であるアルムの主であるフィオーラの命を狙ってきたのだ。
ジェスたちは世界樹や教団が無くなろうと、魔導具があれば生きていけると思っているからだった。
「浅はかだな」
アルムが吐き捨てた。
「なぜ、そんなにも便利な魔導具の使用を教団が禁じているか、考えたことはないのかい?」
「そんなの、魔導具が目障りだったからだろう? 限られた人間しか使えない樹具より、魔道具は誰でも使えるんだ。教団が目の敵にして当然じゃないか」
「もちろん、そういった理由もあるさ。けれどそれだけが理由なら、とっくにどこかの国が教団を出し抜いて、大々的に魔導具を使うようになったと思わないかい?」
「それは……」
今度はジェスが口ごもっている。
アルムの指摘に、咄嗟に答えが見つからないようだ。
「大陸中で禁止されるものには、相応の理由があるものだよ。魔導具というのは……」
「……アルム?」
突如黙り込んだアルム。
東を見つめるその横顔に、フィオーラは嫌な予感を覚えた。
「――――来るよ。君たちが招いた災厄が、今ここへやってくる」
「えっ?それはどういう――――っ‼」
疑問をあげるジェスの声をかき消して。
「~~~~~~~~~‼」
耳をつんざく、巨大な鳴き声が響き渡った。
(何? 何が起こっているの?)
あまりの音量に軽く鼓膜が痺れ、フィオーラは目まいを感じた。
村人たちも一様にぽかんと、何が起こったのかわからないようだ。
「あっ……」
周囲を見回していた村人1人が、呟きを漏らし座り込んだ。
歯の根が合わず、ありありと絶望が浮かんでいる。
「なんだ、あれっ……。なんだあのバカでかいのはっ⁉」
「っ……‼」
フィオーラも気づいてしまった。
東の方角から、こちらへ走り寄ってくる黒い影。
しかしどう見ても、その大きさがおかしかった。