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79話 令嬢は黒き蝶を見る


 サハルダ王国の王宮を出発したフィオーラは、馬車の上で揺られていた。

 膝の上では、イズーがぴすぴすと寝息を立てている。

 腹を見せ仰向けになり、夢を見ているのか、時折手足が動いている。

 モモは今日ついてきていないため、イズーがこれ幸いと、フィオーラの膝を独占しているのだった。


(だいぶ王都から離れたわね……)


 窓の外には、大小さまざまな大きさの岩石が転がっている。

 細やかな砂で覆われた砂漠は王都の近くだけで、国土の大部分は岩で覆われた、岩石砂漠で構成されているのだった。

 見るともなしに窓を見ていると、やがて道が上へと登っていく。

 岩の転がる山の中に切り開かれた道を、進んでいくようだった。


(結構、傾斜がきついのね)


 道幅もあまり広くないのか、窓の片側からは道の端が見え、その先は崖になっている。

 馬車は一列に連なり、山道を登っているようだった。

 草木の乏しい風景を、フィオーラが眺めていたところ、


「っ……‼」


 アルムが息を飲む音がした。


「どうしたんですか?」

「この気配は、まさか……!」


 ざわりと、アルムの髪が風もないのに揺らめいた。

 

「いったい何が……」


 フィオーラは黙り込んだ。

 不吉な予感。

 かすかだが、地鳴りのような音がする。

 音は瞬く間に大きくなり、振動を伴ってきた。


「土砂崩れだっ‼」


 御者台から悲鳴が聞こえた。

 フィオーラは扉を開け、アルムへと声をあげた。


「アルムお願いします‼」

「あぁ、任せてくれ‼」


 素早く外へ出たアルムが、樹歌を口ずさんだ。

 迫りくる土砂の前へ、土壁が生まれせり上がった。

 土砂は轟音を立てて壁へぶつかると、大部分がせき止められたようだ。

 

「こっちは私が‼」


 フィオーラも樹歌を奏でた。

 すり抜けてきた岩に土壁をぶちあて軌道をそらし、馬車の間へと落としていく。


「間に合った…………」


 もうもうと立ち込める土埃りの中、フィオーラは胸を撫でおろした。


 ざっと見たところ、全ての馬車に大きな被害はないようだ。

 落ちてきた岩により道が塞がり馬車の列が分断されてしまっているが、岩の1つ2つならばすぐに、樹歌でどかすことができるのだった。


(……けれどどうして、土砂崩れが起こったのかしら?)


 土砂崩れは多くの場合、雪解けの季節の春や、大雨が降った後におこるものだ。

 雲一つない快晴の今土砂崩れがおきたのは、不自然なものを感じた。

 何が原因なのか。

 周りを見渡したフィオーラの視線が、一点に吸い寄せられた


「黒い蝶……?」


 周りに草木も花もないのに。

 何匹かの蝶が、崖の上で舞っているのが見えた。


「あれはいったい――――」

「きゅっ‼」


 かきん、と。

 堅い音が響いた。


「え……?」


 見れば足元に、矢が突き刺さっていた。

 イズーが風の刃を生み出し、矢を叩き落としたようだ。


(敵――――?)


 身を固くするフィオーラを、アルムが抱き寄せた。


「フィオーラ、ごめん。少し驚かせるかも」

「えっ?」


 アルムは謝ると、フィオーラの腰に回した手の力を強めて、


「舌を噛まないよう気を付けてくれ」


 勢いよく崖の下へ、身を躍らせたのだった。

 

(――――落ちるっ‼)


 襲い来る浮遊感に、フィオーラは目を閉じてしまった。

 風に嬲られ、髪が顔を叩くのがわかった。

 思わず墜落死を覚悟した瞬間、落下速度がゆるやかになっていく。


「風が……」


 アルムの樹歌によって生み出された風が、フィオーラ達を空中で支えていた。

 ゆっくりと高度が下がっていき、やがて崖の底へと着地した。


(びっくりしたわ………)


 体の中心に、まだ落下する感覚がこびりついている。

 フィオーラが冷や汗をぬぐっていると、アルムが周囲の気配を探っていた。


「どうしていきなり、崖の下へ飛び降りたんですか?」

「いくつか気になることがあったからだよ」


 アルムが上空を見上げた。

 崖の角度の関係で、崖の上からは、この場所は見えない位置にあるようだった。


「……さっきの土砂崩れは、人間の手でわざと引き起こされたものだよ」

「そんなこと、可能なんですか? 樹具を使ったとしても、あれ程大きな土砂崩れを起こすのは、難しくないですか?」

「樹具じゃない。魔導士による魔導だよ」

「……魔導?」


 聞きなれない言葉に、フィオーラは首を傾げた。


「……もしかして黒い蝶が舞っていたのが、その魔導士と関係があるんですか?」

「黒い蝶……フィオーラにも見えるようになったんだね」

「あの蝶、なんなんですか?

「マナだよ」


 ただし、と。

 アルムが言葉を続けた。


「魔導を使うと、本来あるべき姿から変質した、黒いマナが周囲に放たれるんだ。フィオーラが見た黒い蝶は、あそこに魔導士がいた証だよ」


 フィオーラは身を震わせた。

 魔導士についてはまだよくわからないが、こちらに害意を抱いているのは間違いない。


「それに、敵は崖の上の魔導士だけじゃないよ。さっきフィオーラに矢を射かけたのはおそらく、同行していたこの国の兵の中に潜んでいた裏切り者だよ」

「裏切り者……」


 次々と飛び出す物騒な単語。

 フィオーラにもようやく、事情が推測できてきた。


「アルムが突然崖の下に飛び降りたのは、死んだフリをして身を隠すことで、裏切り者が誰か探るためですか?」

「あぁ、そうさ。説明が足りずに、驚かせて悪かったね」

「おかげで助かりました。ありがとうございました」


 フィオーラは安堵のため息をついた。


(アルムがその気になれば、あの場でこの国の兵たち全てを、潰すことだってできたものね……)


 フィオーラを狙う人間に対し、アルムは容赦なかった。

 しかし同時に、無用な犠牲者を増やしフィオーラが心を痛めないよう、最大限配慮してくれている。

 崖の上に残って裏切り者を炙りだせば、血を見ていたのは間違いない。


「……今頃、ハルツ様は青くなっているはずです。こちらの事情を説明するために、イズーに伝言を持って行ってもらってもいいですか?」

「もちろん構わないよ。だが少し、急いだほうがいいかもしれない」


 アルムは言うと、じっと何もない虚空を睨んでいる。


「何か、気になることでもあるんですか?」

「……見えないかな? フィオーラもじっと、目を凝らしてみてくれないかい?」

「……わかりました」


 アルムの勧めにしたがい、フィオーラは虚空を凝視した。

 最初は何もない、ありふれた風景だったが、


「あ……」


 視界がわずかにズレたような、不思議な感覚が訪れて。

 何もないはずのそこに、黒い蝶が一匹舞っていた。


「黒い蝶が見えます……」

「よし、成功したみたいだね」


 アルムが満足げに頷いた。


「その蝶は、魔導士の持つ魔道具から零れ落ちたものだよ。しばらくは残っているはずだから、蝶を道しるべにして、魔導士の元にたどり着けるはずさ」


 敵を叩くなら、根っこから叩かないとね、と。

 アルムが呟いたのだった。




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