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77話 令嬢は精霊の命を思う

「おまえ、消えてしまうのか……?」


 国王ジャシルの問いかけに、人の言葉を持たない孔雀の精霊は、ただじっと彼を見つめている。


「そうだよ。樹歌を奏でたら間違いなく、その精霊は消えることになる。そこの精霊樹と、深く繋がっているからね」


 孔雀の精霊の代弁をし、断言するアルムへ、フィオーラは疑問を感じた。


「アルム、なぜなのですか? 今まで樹歌を奏でると精霊樹の力は強まり、精霊様達も元気になっていましたよね?」

「それは彼らに、生きる力があったからだよ」


 マナの器、と言い換えることもできるね、と。

 アルムがフィオーラにだけ聞こえるように呟いた。

 

「樹歌の本質と言うのはね、命の流れを感じ寄り添い、整えることにあるんだ」

「寄り添って整える……」

「そうさ。樹歌を奏でる対象の命の流れを理解し寄り添うことで、ある程度その在り方を望みの方向へ導き、君たち人間の目には、奇跡と映るような現象を起こすことはできるさ。……けどだからと言って、何でもできるわけじゃないんだ。流れを無視し、逆流させるようなことはできないし、やってはいけないんだよ」


 当たり前のことを語るようにして。

 人間では理解の及ばない理を、アルムが語りあげていく。


「今までフィオーラが出会った精霊たちは、一時的に弱っていただけだった。風邪を引いたり、食べ物が足りなくて弱っていたようなもの。そこに樹歌を奏でてやれば、淀んでいた流れが正しく廻り、不足していた栄養が補われるようにして、精霊は本来の姿を取り戻したんだよ」

「……待て」


 滔々と語るアルムへ、ジャシルが声を上げた。


「樹歌を奏でた結果、本来の姿を取り戻すということは、つまりこいつは……」

「本来なら、もう消えていたはずの精霊だよ」

「そんな……」


 残酷な事実に、フィオーラは孔雀の精霊を見つめた。

 光沢を孕んだ羽毛が美しく、青みがかった緑の体はとても、衰弱しているようには見えなかったが、

 

(……でもやっぱり、違和感があるわ。じっと見ていると輪郭が、存在そのものが揺らいでいるように感じる……)


 アルムの瞳には、フィオーラの感じている違和感よりはっきりと、精霊の変調が移っているのかもしれない。


「その精霊は人間風に言うならば、思いの力一つで、ぎりぎり存在を維持している状態さ。精霊だって、永遠に生きる存在ではないんだ。無茶をすれば命がすり減るし、いつかは必ず消える定めさ」


 アルムの言葉に、フィオーラは肩の上へ手をやった。


「きゅい?」


 手に触れる、柔らかなイズーのぬくもり。

 精霊であるイズーの寿命は考えたことが無かったが、いつかはこの小さな体も、消えることになるのだ。

 フィオーラより長く生きるのかもしれないが、それでも不滅の存在では無いということだった。


「こいつが消える……。だが、そんなのはおかしいはずだ」


 瞳を細め、ジャシルが低い声を出した。


「精霊にも命数が、寿命があることはうちの王家にも伝えられている。だがこいつは、あと百年以上はまだ、寿命が残っていると伝えられているぞ?」

「……君の祖先がどのような知識を残したかはわからないが、今ここにいるその精霊に、命数が残されていないのは確かだよ」


 おそらくだけど、と。

 アルムは前置きをして、弱り切った精霊樹を指さした。


「その精霊は精霊樹が枯れないよう、自らの力で守っていたんだろうね。そのせいで予想より早く、限界がきたのかもしれない」

「精霊樹を守るために……」


 ジャシルは呟くと、それきり黙り込んでしまった。


「……今、僕が話した事実を受け入れて、それで選択をしてくれ。僕とフィオーラは、そう長くこの国に滞在することは出来ないんだ。僕らがこの国を出るまでに、君とその精霊で、道を選んでおいてくれ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 フィオーラはジャシルの元から下がると、与えられた客室へと向かった。

 大きく窓が取られ、日よけの布がかけられた、風通しの良さそうな部屋だ。


「先ほどは驚きました……」


 寝台に腰をかけ、フィオーラはアルムを見上げた。


「……あの精霊が消えるところは、あまり見たくないですね……」


 ジャシルは孔雀の精霊のことを、大切にしているように見えた。

 きっとフィオーラにとってのイズーのようなもので、亡くせばジャシルが酷く悲しむはずだ。

 フィオーラの懸念を感じ取ったのか、アルムは少し迷うようにしてから口を開いた。


「……ジャシルはきっと、あの精霊が消えることになっても、樹歌を望むと思うよ。彼は王だし、何より、たとえここで樹歌を拒んだとしても、あの精霊はそう長くはもたないからね」

「具体的に言うと、どれくらいですか?」

「1年か5年か。それはわからないけど、10年を超えないのは間違いないよ」

「10年……。それは、十分長いと思います」


 千年を生きるアルムの感覚では、10年もほんの数日程度に感じるのかもしれない。

 だが人間にとっての10年は長く、大きな価値を持っていた。

 人間であるフィオーラとアルムの違いを、思い知らされる瞬間だ。


「……私が樹歌を奏でなかった場合、どうなるんですか?」

「こちらはもっと切実さ。もう1年もせずに、精霊樹は枯れるだろうね。あの精霊が力を裂いて守ろうとしていたとはいえ、今はその精霊からの力の供給も無くなっている。大本の先代世界樹からの力も細っている以上、精霊樹も弱る一方で限界だよ」

「難しいですね……」


 フィオーラの奏でる樹歌は精霊樹にとって、水や栄養をやるような効果があるらしい。

 しかし同時に、滞っていた流れを正す作用もあるのだ。


 孔雀の精霊は、この国の精霊樹と深く結びついている存在だ。

 そして孔雀の精霊の命数が尽きている以上、精霊樹を通して樹歌の影響を受けた場合、流れが正しく還り、精霊は消えてしまうらしかった。


(でも、精霊樹が枯れたら、この国は酷いことになってしまうわ)


 精霊樹はそこにあるだけで、黒の獣を退ける力を持っている。

 また、周囲の環境を整える力も持つため、砂漠にオアシスを作る効果もあるらしい。

 もしこの国の精霊樹が枯れた場合、人間にも大きな影響が出るのは避けられなかった。

 孔雀の精霊が消えてしまったとしても、精霊樹が健在であれば新たな精霊が生まれ、王国の守り神となってくれるはずだ。


(……確かにアルムの言う通り、国のことを考えたら、私の樹歌を拒む選択肢は無いはずだけど……)


 ジャシルはどうするのだろうと呟いて。

 フィオーラは寝台に身を沈めたのだった。



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