73話 令嬢は兄王子と話し合う
王宮を揺るがしたエミリオ誘拐事件は、フィオーラの尽力もあり無事解決を迎えた。
エミリオに大きな怪我は無かったものの、王族の誘拐は大罪だ。
誘拐を企てたディルツは極刑こそ免れたが、貴族籍を奪われ生涯幽閉が決定した。
彼は牢に入れられる寸前、
『違う。私は悪くないんだ。全部全部、ハルツがいたせいなんだっ‼』
と叫び暴れたが、看守はディルツの戯言に取り合うことは無かった。
事務的な手つきで牢の鍵を締め、無言で仕事をこなしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふふ、美しい君。こうして二人きりで話すのは、ずいぶんと久しぶりな気がするね」
甘ったるい声で、ルシードがフィオーラへと語りかけてきた。
ここは王宮の奥庭の一角に設けられた東屋だ。
ルシードに手紙を出し、足を運んでもらったのだった。
「……ルシード様とこうして落ち着いて話すのは、これが初めてだと思うのですが……」
それに、と。
フィオーラは背後を振り返った。
そこにはいつものごとく、アルムが付き従っており、二人きりではないのだ。
アルムは美しい顔に感情の色を乗せることなく、無言でルシードへ瞳を向けていた。
「そこはほら、言葉の綾と言うやつさ。僕の瞳には君しか映っていなくて、君も僕しか目に入らないんだ。これ即ち、二人きりの世界と言えるんじゃないかい?」
今日も今日とて、ルシードはどこまでもキザだった。
しかしその瞳に熱が無いことも、フィオーラには理解できている。
「ルシード殿下、無理にそのような、甘い言葉を使わなくてもいいと思います」
「美しい君に触れて、自然と湧き出す言葉さ……。と言っても、君は信じてくれないだろうね」
器用に片頬を持ち上げ、ルシードが笑みを浮かべた。
性格に難がありそうな、人相の悪い表情だが、こちらの方が素に近い気がした。
「あぁそうさ。心にもない言葉だよ。僕は美しい女性が好きだが、それはあと腐れのない女性限定だ。君のようなめんどくささを極めた女性は対象外だよ」
「めんどくささを極めた女性……」
「あ、言っておくけど、君が悪いわけじゃないからね? 君の周りにいる存在、たとえばそこの、虫けらを見るような目でこちらを睨んでいる世界樹殿みたいな相手がいる女性は、くどくまいと心に決めているんだよ」
ははは、とルシードが頭をかいて笑っていた。
「でも僕、自信無くしちゃうな。君、最初から僕の言葉に、全く惑わされてくれなかっただろう?」
「……ルシード殿下の目が、笑っていませんでしたから」
「いやいや、普通それ気づかないって。無理だからな?」
ルシードが首を振っていた。
「僕、この通り顔がいいだろう? だからたいてい、女性はころっと落ちてくれるんだけど……。君には通用しなかったみたいだな。近くにそんな顔のいい世界樹殿がいるんだから、当然かもしれないけどな」
「………」
ルシードのからかいに、フィオーラは口を噤んだ。
アルムが美しい容姿をしているのは、フィオーラも良く知っている。
知っているが、どうにも照れくさくて、ルシードの言葉に頷けないのだった。
「……と、まぁ。世界樹殿の視線が冷たいし、ふざけるのはここまでにしておこうか。今日ここに、僕を呼び出した理由を聞かせてもらおうか」
「……謝罪したいことがあるからです」
居住まいを正し、フィオーラは唇を開いた。
「私は途中まで、ルシード殿下がエミリオ殿下を誘拐したと思っていました」
「僕は疑われて当然の立ち位置だったからな」
「ですが、ルシード殿下は犯人ではなかったんです。疑って申し訳ありませんでした」
フィオーラが頭を下げると、ルシードが頭をかいていた。
「律儀だな。それだけのために、わざわざここへやってきたのかい?」
「……他にもいくつか、お尋ねしたいことがございます」
「いいよ。許す。話してみるといい」
ルシードからの許可を得て、フィオーラは疑問をぶつけた。
「ルシード殿下は、エミリオ殿下のことを可愛がっていますよね?」
「なぜそう思うんだい?」
「エミリオ殿下が、ルシード殿下に懐かれていたからです」
エミリオは母方の親戚であるディルツに対しては、大人しく行儀よく振る舞っていた。
一方、ルシードとは政敵ともいえる間柄であり、事実ルシードへの当たりも強かったが、あれはある種の甘えだ。
(エミリオ殿下はルシード殿下に懐いているからこそ、口が悪くなっていたのよ)
きっとルシードの方も、エミリオを可愛がっているからこその関係だ。
「ルシード殿下が、王宮の奥庭までやってきたのも。エミリオ殿下と話にいらっしゃるためだったんですよね? ルシード殿下とエミリオ殿下は、表向きは政敵の関係です。王族以外の立ち入りが制限され、取り巻きの貴族が入ってこられない奥庭だからこそ、気安くエミリオに構うことができたんだと思います」
フィオーラも初めは、アルムの主である自分の顔を見るために、ルシードがやってくるのだと思っていた。
だが本当は逆で、ルシードにとってはエミリオに会うことこそが本命。
フィオーラに会ったのは、ついでのおまけのようなものだった。
「鋭いな。君には全部お見通しか……」
降参とばかりに、ルシードが両手を上げていた。
「そうだよ。僕はエミリオに構っているし、エミリオも僕に懐いている。エミリオは母親を亡くし一人ぼっちだから、つい気になってしまうんだ」
「弟思いなんですね」
「そんな立派なものじゃないさ。セオドア兄上とは昔から気が合わなかったし、他の異母兄弟とも同様だ。ルシードくらいしか、からかえる相手がいなかったからな」
ルシードは否定するが、弟思いなのは間違いないようだ。
フィオーラは微笑みつつ、更に質問を重ねた。
「エミリオ殿下誘拐の疑いをかけられた際、ルシード殿下が濡れ衣をはらそうとしなかったのは、下手に騒いで真犯人を刺激することで、エミリオ殿下が害されることを恐れたんじゃないでしょうか? だとしたら、とても弟思いだと思います」
「……そんな綺麗な感情じゃないよ」
ルシードが皮肉気に笑った。
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