71話 令嬢は王子を助ける
――――フィオーラ達が、エミリオの部屋を訪れた時のことだ。
部屋をぐるりと見たフィオーラは、子供用の背の低い机の絵に、見覚えのある手紙を見つけた。
別れの挨拶をつづり、栞を同封して送った手紙だ。
エミリオは机の手前、すぐに手の届く位置に、手紙を置いていたようだった。
(……あれ、でも、栞が見当たらない?)
少し気になり、エミリオ付きの侍女へと声をかけた。
「これは……。少しお話をよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「私はこの手紙と一緒に、栞をエミリオ殿下に送ったんです。栞の方は、どこに行ったのでしょうか?」
「あぁ、あの栞でしたら、エミリオ殿下は大変気に入ったのか、懐に入れて持ち歩いていましたよ」
返ってきた答えに、フィオーラは頭を働かせた。
今もまだ、運よくエミリオの元に栞があるのならば。
誘拐事件解決の糸口になるかもしれなかった。
(あの栞には、私が樹歌で咲かせた花を、押し花にして貼ってあるわ)
思い浮かんだ考えを、アルムへと話していった。
「木は人間一人一人は識別できなくても、同じ木や植物の違いはわかるのですよね?」
「そうだよ。君たち人間が人間の顔を識別できるように、植物は植物同士の違いに敏いからね」
「……だったら、エミリオ殿下に渡した栞は木々にとって、とても目立つんじゃないですか? あの栞は作ったばかりで、本来はこの時期には咲かないサクランボの花の匂いが残っていました」
「……なるほど」
若葉を思わせる緑の瞳を煌かせ、アルムが一つ頷いた。
「確かに、木々からしたらとても目立つだろうね。あのサクランボの花は、フィオーラが樹歌で咲かせた花だ。目ざとい木々なら、あの栞から漂う季節外れの匂いと樹歌の気配に気づき、記憶しているかもしれない」
さっそく聞いてみよう、と。
アルムは大樹の近くの木々へと聞き込みを行った。
結果、多くは空振りだったが、数本の好奇心の強い木が、サクランボの花の匂いをまとった人間のことを覚えていた。
一つ手掛かりが見つかれば、あとは速やかに進んでいった。
聞き込みを行い、得られた木々の証言を追いかけるように、エミリオの監禁されている建物にたどり着いたのだ。
「……それじゃあイズー、殿下の救出をお願いね」
「きゅっ!」
いずーが前足を頭の前へとあげ返事をした。
王都で見かけた兵隊の真似をして、敬礼をしたつもりのようだ。
(さすがに監禁場所は見張りも多いけれど……)
監視も警戒も、あくまで対象は人間だ。
小さなイタチの姿をしたイズーは、あっさりと侵入に成功した。
フィオーラが樹歌を使い陽動を行っている隙に、誘拐犯たちの注意をすり抜け、エミリオの監禁場所にたどり着いたのだった。
(イズーが姿を現した時、エミリオ殿下はすごく驚いたらしいわね……)
捕まっている場所にいきなり、イズーがやってきたのだ。
思いがけない相手の訪れに、目を見開いて驚いていたらしい。
救出されたエミリオを抱きしめ、フィオーラは彼の無事を喜んでいた。
「良かったです、エミリオ殿下。どこか怪我や、痛い場所はありませんか?」
「っ、ひっくっ……」
エミリオは言葉も無く泣いていた。
誘拐され監禁され、心が限界を迎えているようだ。
「エミリオ殿下、もう大丈夫です。もう怖くありませんよ」
「うっ…ぼくをっ……ざり、っ………だな……」
「どうされたのですか? やはりどこか痛むのですか?」
フィオーラが心配になっていると、エミリオが一際強く抱き着いてきた。
「ふぃおーらは、きてくれたんだ。っひっく……。僕を、置きざりにしないんだな」
「エミリオ殿下……」
震える小さな背中を、フィオーラは優しく撫でてやった。
「大丈夫ですよ。エミリオ殿下が落ち着くまで、私はここにいますからね」
エミリオが泣き止むまでの間ずっと、フィオーラは彼を抱きしめていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
落ち着いたエミリオに軽く事情を説明すると、フィオーラ達は忙しく動くことになった。
誘拐犯たちを念入りに縛り上げ、黒幕への連絡を取れないようにしてから尋問。
最初は口が重かった誘拐犯たちも、フィオーラ達への協力と引き換えに減罪歎願してやるともちかけると、途端に口の滑りが良くなった。
「黒幕はディルツ様なのね……」
フィオーラは怒りを覚えた。
エミリオを誘拐し怯えさせ、その罪をルシードに着せ、更には教団の警備不備のせいにもすることで、ハルツを追放しようとする計画だ。
誘拐されたエミリオを心配するフリをして、裏で糸を引き笑っていたのがディルツだった。
(許せないけど……。誘拐犯たちの自白だけじゃ、まだ証拠が足りないわ)
ディルツを捕らえるには、あと何手か必要だ。
フィオーラはまず誘拐犯たちに、『このままエミリオを監禁するフリを続けて、ディルツの指示通り動いているように見せかけてくれ』と命令を出した。
誘拐が計画通り進んでいるとディルツが油断している間に、証拠を集めるためだ。
誘拐犯から得られた自白を元に、協力者たちを見つけ捕まえて。
教団にも事情を説明し、力を合わせ証拠を集めていった。
(ハルツ様にも、演技とはいえ追放されるフリをしてもらったものね……)
ディルツの狙いの一つは、憎んでいるハルツを教団から追い出すことだ。
目論見通りハルツが教団から去れば、ディルツもこれ以上偽の誘拐を引き延ばす必要無しと判断し、なんらかの行動を起こすはずだった。
―――――そして、フィオーラ達の読みはあたることになる。
ディルツがエミリオを救出する栄誉を得ようと動いたところを、強襲し揺さぶりをかけることになったのだ。
順風満帆と信じて疑わなかったディルツは動揺し失言し、あっさりとボロを出したのだった。
「―――――なっ?」
ディルツは思ってもいなかったエミリオの登場に、ぽかんと口を開けていた。
「な、んで……? エミリオ殿下はまだ、捕まっているはずだろう……?まさか、偽物?」
「違います。確かにエミリオ殿下本人です。先回りして、救出させてただきました」
「……‼ くそっ……‼」
自身の計画全てが崩れ去り、暴かれたことをディルツは理解した。
王子であるエミリオの誘拐を企てた以上、公爵家の当主であるディルツとはいえ、厳罰は免れなくなる。
暗黒の未来に震え、ディルツは逃げ出そうとした。
フィオーラ達から遠ざかる方向へ。
全てをかなぐり捨て、どうにかこの場を離れようとしたが、
「見苦しいですよ」
「おぶっ⁉」
顔面へと勢いよく、水球が着弾したのだった。