表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/99

67話 令嬢は木の視点を知る


「君たちとの会話の後、エミリオは最後にそこの男、ルシードと話していたようだ」

「あぁ、その通りだとも。世界樹殿は、とてもよく見える目をお持ちのようだ」


 アルムの言葉に、ルシードがうろたえることも無く頷いている。


「で、ではっ!! ルシード殿下はエミリオ殿下と最後にお話ししたのが自分であると、そう認めるのですか⁉」


 貴族たちに動揺が走った。

 ルシードとエミリオは、王太子の座を争う間柄だ。

 怪しすぎる事実に、勘繰りを止められないようだった。


「どうやらそのようだね。僕と別れた後、エミリオがどうしたのかわかるかい?」


 ルシードは拍手を止めると、アルムへと問いを向けた。


「……いや、大樹にも、そこまではわからないようだ。ルシードと別れた後、エミリオはそこの天幕に入り、出てきたとこは見ていないようだ。天幕の中で何があったかまでは、大樹にも見えないようだからね」


 肝心の犯行現場の目撃情報は、得られないようだ。

 貴族たちから、落胆の声が漏れてきた。


「ただ、何人か、今この場にいない人間が同じ天幕に出入りしていたらしい。彼らは大きな荷物を持っていたようだから、その中にエミリオが入っていたんだろうね」 

「……世界樹様の仰る通りだと思います」


 ディルツが前に出てきた。


「エミリオ殿下のいらっしゃった天幕は、何者かに荒らされた形跡がありました。だからこそ私も、誘拐だと青くなったのです」


 ディルツは言うと、視線を険しくしルシードを睨みつけた。


「まさか、ルシード殿下がこのような卑怯な行動に出るとは、軽蔑いたしました」

「……僕が誘拐を支持したっていうのかい?」

「他に誰がいるというのですか?」


 ディルツの弾劾に、貴族たちも頷いている。

 フィオーラは注意深く、ルシードへと視線を注いだ。


「僕を犯人だと断言する証拠は?」

「世界樹様の言葉を疑うつもりですか?」

「世界樹殿が言っているのは、あくまで僕が最後に、天幕の外でエミリオと会っていたことだけだろう?」


 ルシードの確認に、アルムが頷いた。


「あぁ、そうだよ。決定的な場面はこの場の誰も、大樹も見ていないようだ」

「……だ、そうだが?」

「……っ……!」


 拳を握り込むディルツに対し、ルシードに堪えた様子は無かった。


「……この様子では、今日の精霊の見送り式は中止だろうね。これ以上この場にいてもやることが無いだろうし、僕は帰らせてもらうよ」


 フィオーラ殿、逢瀬はまた今度の楽しみで、と言い残して。

 ルシードは帰っていったのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「誘拐犯の手がかりが見つからない、だと?」


 苛立ちを滲ませた、ディルツの声が部屋に響いた。

 精霊の見送り式は中止になり、ディルツとフィオーラ達は、千年樹教団の教会へやってきていた。

 今日の見送り式の会場設営及び警備は、教団が担当していたからだ。


「……申し訳ありませんっ‼」


 教団側の代表が、ディルツへと深く頭を下げていた。


「警備のものに聞きましたが、今のところエミリオ殿下を誘拐した者がどこへいったか、も確認されていないようでして……」

「今のところ? ならば明日にでもなれば、手掛かりが掴めるということか?」

「それは……。我々も精一杯動かせていただきますが、保証することは出来ないと思います」

「……ふざけた答えだな」


 ディルツが大きくため息をつき、手で顔を覆った。


「エミリオ殿下に何かあったら、おまえ達はどうしてくれるんだ……? きっと今頃一人震え、泣いて助けを待っているんだぞ?」

「……こちらも胸が痛みます」


 教団の代表が同意したが、今のところ他に、打てる手は無いようだった。


「ディルツ様、そちらに脅迫状などは届いていませんか? そちらの線から、フィオーラ様と世界樹様が辿れるかもしれません」

「世界樹様達が……?」


 訝しむディルツへ、フィオーラが説明をすることにした。


「先ほどアルムが、大樹の見ていたものを語ったのをご覧いただきましたよね?」

「……あぁ、あれはまさしく、人知を超えた奇跡の光景だったが……。あの大樹にも、エミリオの行方はわからないのだろう?」

「はい、大樹にはわからないようですが、大樹にしたのと同じようなことを、アルムは他の木に対してもできるんです」

「……なんと……。それはまた、すさまじい能力をお持ちだな……」


 驚きが大きいせいか、ディルツがしばし固まっていた。


「ならばすぐにでも、世界樹様に木への聞き込みを行ってもらえば、エミリオの誘拐先がわかるのではないのですか?」

「……残念ながら、それは難しいみたいです」

「まさか誰も……いや、どの木も、誘拐犯を目撃していないのか?」


 そんなことあり得るのか、と。

 疑念のまなざしが、フィオーラへと向けられてきた。


「……こちらが協力しようと言っているのに、失礼な人間だな」


 緑の瞳を冷ややかに煌かせ、アルムがディルツを射すくめた。


「……っ!」

「反対に君に問おう。君は目の前を通り過ぎた人間、その全ての顔を識別し、何をしていたか答えられるのかい?」

「それは……全員は難しいですが、ある程度は可能です」

「ならば、通り過ぎたのが人間ではなく羊だったらどうだい? 羊の一頭一頭をきちんと見分け、認識することができるのかい?」

「……私にとっての羊が、木にとっての人間であると?」


 種族が異なれば、初対面で相手を見分けるのは難しくなる。

 人が羊一頭一頭の区別がつけにくいように、木からしたら、人間個々人の見分けはつけにくいようだ。


「君たち人間は、自分たちを特別扱いする癖があるけど、木からすれば人間も羊も鳥も虫も、等しく『木ではないもの』と言う括りだよ。毎日木の前を通りかかる人間や、突然歌い出したり、斧を持って気を切り倒そうとする人間ならともかく、ちょっと木の前を通り過ぎた人間の一人一人にまで、木は注意を払い記憶してはいないさ」

「……ごもっともなお言葉です」


 ディルツとしても、納得するしかないようだった。


「あいにくと大樹も周りの木々も、誘拐犯につながりそうな事柄は覚えていなかったんだ。そちらに脅迫状が届いているなら、そこから辿った方がまだ有益だよ」

「……残念ながらこちらに、脅迫状はまだ届いていません」


 アルムの言葉へと、ディルツは首を横に振り答えたのだった。 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ