67話 令嬢は木の視点を知る
「君たちとの会話の後、エミリオは最後にそこの男、ルシードと話していたようだ」
「あぁ、その通りだとも。世界樹殿は、とてもよく見える目をお持ちのようだ」
アルムの言葉に、ルシードがうろたえることも無く頷いている。
「で、ではっ!! ルシード殿下はエミリオ殿下と最後にお話ししたのが自分であると、そう認めるのですか⁉」
貴族たちに動揺が走った。
ルシードとエミリオは、王太子の座を争う間柄だ。
怪しすぎる事実に、勘繰りを止められないようだった。
「どうやらそのようだね。僕と別れた後、エミリオがどうしたのかわかるかい?」
ルシードは拍手を止めると、アルムへと問いを向けた。
「……いや、大樹にも、そこまではわからないようだ。ルシードと別れた後、エミリオはそこの天幕に入り、出てきたとこは見ていないようだ。天幕の中で何があったかまでは、大樹にも見えないようだからね」
肝心の犯行現場の目撃情報は、得られないようだ。
貴族たちから、落胆の声が漏れてきた。
「ただ、何人か、今この場にいない人間が同じ天幕に出入りしていたらしい。彼らは大きな荷物を持っていたようだから、その中にエミリオが入っていたんだろうね」
「……世界樹様の仰る通りだと思います」
ディルツが前に出てきた。
「エミリオ殿下のいらっしゃった天幕は、何者かに荒らされた形跡がありました。だからこそ私も、誘拐だと青くなったのです」
ディルツは言うと、視線を険しくしルシードを睨みつけた。
「まさか、ルシード殿下がこのような卑怯な行動に出るとは、軽蔑いたしました」
「……僕が誘拐を支持したっていうのかい?」
「他に誰がいるというのですか?」
ディルツの弾劾に、貴族たちも頷いている。
フィオーラは注意深く、ルシードへと視線を注いだ。
「僕を犯人だと断言する証拠は?」
「世界樹様の言葉を疑うつもりですか?」
「世界樹殿が言っているのは、あくまで僕が最後に、天幕の外でエミリオと会っていたことだけだろう?」
ルシードの確認に、アルムが頷いた。
「あぁ、そうだよ。決定的な場面はこの場の誰も、大樹も見ていないようだ」
「……だ、そうだが?」
「……っ……!」
拳を握り込むディルツに対し、ルシードに堪えた様子は無かった。
「……この様子では、今日の精霊の見送り式は中止だろうね。これ以上この場にいてもやることが無いだろうし、僕は帰らせてもらうよ」
フィオーラ殿、逢瀬はまた今度の楽しみで、と言い残して。
ルシードは帰っていったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「誘拐犯の手がかりが見つからない、だと?」
苛立ちを滲ませた、ディルツの声が部屋に響いた。
精霊の見送り式は中止になり、ディルツとフィオーラ達は、千年樹教団の教会へやってきていた。
今日の見送り式の会場設営及び警備は、教団が担当していたからだ。
「……申し訳ありませんっ‼」
教団側の代表が、ディルツへと深く頭を下げていた。
「警備のものに聞きましたが、今のところエミリオ殿下を誘拐した者がどこへいったか、も確認されていないようでして……」
「今のところ? ならば明日にでもなれば、手掛かりが掴めるということか?」
「それは……。我々も精一杯動かせていただきますが、保証することは出来ないと思います」
「……ふざけた答えだな」
ディルツが大きくため息をつき、手で顔を覆った。
「エミリオ殿下に何かあったら、おまえ達はどうしてくれるんだ……? きっと今頃一人震え、泣いて助けを待っているんだぞ?」
「……こちらも胸が痛みます」
教団の代表が同意したが、今のところ他に、打てる手は無いようだった。
「ディルツ様、そちらに脅迫状などは届いていませんか? そちらの線から、フィオーラ様と世界樹様が辿れるかもしれません」
「世界樹様達が……?」
訝しむディルツへ、フィオーラが説明をすることにした。
「先ほどアルムが、大樹の見ていたものを語ったのをご覧いただきましたよね?」
「……あぁ、あれはまさしく、人知を超えた奇跡の光景だったが……。あの大樹にも、エミリオの行方はわからないのだろう?」
「はい、大樹にはわからないようですが、大樹にしたのと同じようなことを、アルムは他の木に対してもできるんです」
「……なんと……。それはまた、すさまじい能力をお持ちだな……」
驚きが大きいせいか、ディルツがしばし固まっていた。
「ならばすぐにでも、世界樹様に木への聞き込みを行ってもらえば、エミリオの誘拐先がわかるのではないのですか?」
「……残念ながら、それは難しいみたいです」
「まさか誰も……いや、どの木も、誘拐犯を目撃していないのか?」
そんなことあり得るのか、と。
疑念のまなざしが、フィオーラへと向けられてきた。
「……こちらが協力しようと言っているのに、失礼な人間だな」
緑の瞳を冷ややかに煌かせ、アルムがディルツを射すくめた。
「……っ!」
「反対に君に問おう。君は目の前を通り過ぎた人間、その全ての顔を識別し、何をしていたか答えられるのかい?」
「それは……全員は難しいですが、ある程度は可能です」
「ならば、通り過ぎたのが人間ではなく羊だったらどうだい? 羊の一頭一頭をきちんと見分け、認識することができるのかい?」
「……私にとっての羊が、木にとっての人間であると?」
種族が異なれば、初対面で相手を見分けるのは難しくなる。
人が羊一頭一頭の区別がつけにくいように、木からしたら、人間個々人の見分けはつけにくいようだ。
「君たち人間は、自分たちを特別扱いする癖があるけど、木からすれば人間も羊も鳥も虫も、等しく『木ではないもの』と言う括りだよ。毎日木の前を通りかかる人間や、突然歌い出したり、斧を持って気を切り倒そうとする人間ならともかく、ちょっと木の前を通り過ぎた人間の一人一人にまで、木は注意を払い記憶してはいないさ」
「……ごもっともなお言葉です」
ディルツとしても、納得するしかないようだった。
「あいにくと大樹も周りの木々も、誘拐犯につながりそうな事柄は覚えていなかったんだ。そちらに脅迫状が届いているなら、そこから辿った方がまだ有益だよ」
「……残念ながらこちらに、脅迫状はまだ届いていません」
アルムの言葉へと、ディルツは首を横に振り答えたのだった。