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66話 令嬢は侍女と話し合う

「………綺麗だな」


 化粧室に入ってきたアルムが、そっとフィオーラの頬へ手を添えた。

 

「いつものドレス姿もいいけど、今日の君は、大輪の薔薇のように綺麗だよ」

「……ありがとうございます」


 フィオーラはうつむき、赤くなりそうな顔を隠した。

 アルムはただ、美しいドレスに対して、思ったままを口にしただけだ。

 そう言い聞かせ、なんとか顔をあげることに成功した。


「アルムも、準備はできていますか?」

「あぁ、大丈夫だ。あとは君に、この花を挿せば完璧だよ」


 アルムが手にしているのは、純白の花弁を重ねた二輪の薔薇だ。


「今日はドレスが白だと聞いていたから、花も白がいいかと思ったんだ」

「っ……!」


 アルムの指が耳の上に触れ、フィオーラは僅かに息を吐き出した。

 頭部に花を挿してもらうのは、もう何度も経験した日課だ。

 なのに今日は、いつもと服装が違うせいか、妙に意識してしまうのだった。


「薔薇は、この位置でいいかい?」

「はい。ありがとうございます」


 両耳の上にそれぞれ、純白の薔薇が挿されている。

 華やかであり、そしていざという時には樹歌で操り棘を伸ばすことができる、護身具も兼ねた薔薇だった。

 鏡で位置を確認していると、ノーラが口を開いた。


「フィオーラお嬢様、とてもお似合いですよ。そうしてアルム様と並んでいると、ますますお似合いですね」

「ノーラ……」


 きゃいきゃいと騒ぐノーラの言葉に、フィオーラは意識してしまった。


(今日のドレスはアルムの横に立った時に生えるように、色やデザインを合わせたと聞いているけど……)


 意識すると、腰が引けてしまった。

 絶世の美貌を持つアルムと対扱いされるなど、つり合いが取れていないと思ったからだ。

 恥ずかしさ気まずさを和らげるように、フィオーラはイズーを撫でてやった。


「きゅい?」


 どうしたの?

と首を傾げるイズーも、今日はおめかしをしている。

フィオーラの手により毛皮はたんねんに梳かされ、首には金細工の飾りが巻かれていた。


(色々と恥ずかしいけど、落ち着いて、落ち着いて、平常心で……)


 イズーの背を毛並みにそって撫でながら、フィオーラはそう念じたのだった。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 フィオーラが大樹の元に到着すると、既に何組もの人間が集まっていた。

 いくつもの天幕が張られ、中でティグルのお披露目を待っているようだ。


(あ、エミリオ殿下もいらっしゃってるわ)


 天幕の一つの入口に、見慣れた赤毛の頭がある。

 声をかけようとして、フィオーラは思いとどまった。

 ちょうどエミリオが、ディルツに話しかけられたからだ。


(初めて見る組み合わせだけど、そう珍しい組み合わせでもないんでしょうね)


 今は亡きエミリオの母親、第三王妃はディルツの父親の妹。

 即ち、今目の前で会話を交わす二人は、近しい親戚の関係だ。

 政治的にも、ディルツはエミリオを支持しているため、声をかけるのも当然だった。


(……エミリオ殿下、思ったより大人しくしているのね)


 ディルツ相手に、エミリオは行儀よく受け答えしている。

 今までフィオーラが見たのは、護衛や従者に対し、わがままに振る舞うエミリオだ。

 そんな彼も王族であるからには、相応の相手にはきちんと振る舞えるよう、幼くとも教育されているようだった。


(エミリオ殿下も、頑張っていらっしゃるのね)


 ディルツとの会話は見たところ和やかで、割り込むことははばかられた。

 

 もう一度後で声をかけようと、フィオーラは今のうちに、ティグルの様子を見に行くことにした。

 たてがみを撫で、存分に甘えさせてやって。

 その後、今日の招待客の貴族たちに捕まっていると、背後から声をかけられた。


「やぁ、フィオーラ殿。今日はまた一層美しさに磨きがかかり、まばゆいほどに輝いているね」


 ルシードだ。

 王子である彼が近づいてきたことで、周りの貴族たちは引いていった。


「ごきげんよう、ルシード殿下。ルシード殿下の方こそ、本日も麗しいお姿ですね」

「ははは、僕が美しいのは、いつものことだからね。美しい者は共にあることで、より輝きを増すものさ。式典が終わった後、二人で話さないかい?」


 今日もルシードは、熱の無いお誘いの言葉を向けてきた。

 歯の浮くような言葉に、周囲の貴族たちが小さくざわめいた。


「放蕩殿下の本領発揮だな」

「いつもは滅多に公務に顔を出さずさぼっているのに珍しい」

「フィオーラ様目当てだろう」

「違いないな。フィオーラ様に見とれるのもわかるが、ルシード殿下よりずっと、エミリオ殿下の方がしっかりしているぞ」


 どうも、周囲の貴族たちはエミリオを支持する一派のようだ。

 ちくりちくりと嫌味を言いながら去っていった。


(エミリオ殿下に、ルシード殿下をどうこうする気が無くても、周りがほおっておかないのね)


それほど、王太子の位が持つ影響力は大きいということだ。

 フィオーラはルシードをどうにかかわすと、エミリオの赤い頭を探した。


(エミリオ殿下、どこにいらっしゃるのかしら……?)


 姿が見当たらなかった。

 どこかの天幕の中で、休憩しているのかもしれない。

 天幕の中へ探しにいくべきか、フィオーラが迷っていたところ、


「なんだとっ⁉」


 ひと際大きな声が響いた。

 誰かと思ってる見ると、ディルツのようだ。


「エミリオ殿下が誘拐されただとっ⁉」


 ディルツの叫びに、にわかに場がざわつき始めた。


(そんな、エミリオ殿下がっ……⁉)


 咄嗟に、フィオーラはアルムを振り返った。


「どこにエミリオ殿下がいらっしゃるか、調べられませんか?」

「……やってみよう。ちょうどここには大樹があるからやりやすいはずだ」


 ざわめく貴族たちをすり抜け、アルムが大樹へと歩いて行く。

 淡く銀色に輝く幹に手を当てると、すいと枝葉を見上げた。


「僕の眷属たる大樹よ。君が見たものを教えてくれ」


 瞬間、ざわりと。

 大きく広がった枝が、風も無いのにいっせいに葉を揺らした。


 さわさわ、ざわざわと。

 内緒話をするように、葉擦れの音を鳴らしていた。

 いつの間にか貴族たちもアルムと大樹に注目しており、沈黙に大樹のざわめきだけが降っている。


「……そうか。わかった。教えてくれてありがとう」


 アルムは幹から手を外すと、貴族たちへと振り返った。


「エミリオはそこの人間、ディルツとの会話の後、何人かに声をかけられていたようだ。そこの茶髪の君、太っている君、今ひげに手を伸ばした君、それに百合の髪飾りをした君。君たちは皆、先ほどエミリオと話していたんだろう?」

「は、はい……」


 呆気にとられた顔で、4人が頷いている。

 人ならざるアルムの持つ能力に、驚き圧倒されている。


「君たちとの会話の後、エミリオは最後にそこの男、ルシードと話していたようだ」


 アルムの言葉に貴族たちの目が、一斉にルシードへと向けられたのだった。



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