64話 令嬢は白馬の王子様を見る
フィオーラがエミリオ達を見守っていると、傍らのアルムが僅かに身を動かした。
「……またあいつか」
鬱陶しがるような声だ。
アルムの声を追うように、奥庭の茂みが音を鳴らした。
「おや、奇遇だな。まさか今日もまた、フィオーラ殿にお会いできるとはね」
ルシードだった。
笑顔でフィオーラへと近づいてくる彼の前へ、アルムが立ちふさがった。
「奇遇? 嘘を言うのはやめてくれ。フィオーラに声をかける隙を、蛇のように狙っていたんだろう?」
「はは、世界樹様は手厳しいね」
アルムは無表情だが、その美貌もあり、真顔で見つめると凄味があった。
しかし、ルシードはそんな圧力もなんのその。
全くめげる気配も無く、フィオーラへと視線を投げかけている。
「フィオーラ殿は先日、ディルツと話をしたと聞いている。今日はディルツの代わりに僕に、話し相手を務める栄誉を与えてくれないかい?」
ルシードがぐいぐいと迫ってくる。
今はティグルもいないため、先日のように精霊にのってこの場を去ることもできなかった。
(わざわざティグルがいない時にやってきたのは、私に近づこうとするためでしょうか?)
アルムの主であるフィオーラと縁を持つために。
機会をうかがい、わざわざやってきたのかもしれない。
「……私がルシード殿下のお時間を取らせるなんて、恐れ多いです。ルシード殿下は王子として、
ご多忙な身なのでしょう?」
「はは、雑事なら部下に任せてあるよ。フィオーラ殿のように美しい方を愛でることが、僕たち男性の一番の仕事だからね」
キザなセリフを、息を吐くように告げるルシード。
フィオーラとしてはやりづらかった。
(……ルシード殿下、こちらへ向ける瞳が笑っていないわ)
虐げられて育ったフィオーラは、他人の顔色を読む癖があった。
今、ルシードが向けてきている視線は、ここ最近よく向けられる種類のもの。
フィオーラを利用しようと、近づいてくる人間の瞳だった。
(やはりルシード殿下も、王太子の座を強く求めているのかしら?)
注意しつつ、フィオーラはルシードとの会話を続けた。
アルムごしでもへこたれず、心にも無い甘い言葉を投げ続けるルシードは、なかなかに図太い性格のようだ。
「ちょっと兄上‼ フィオーラに何言い寄ってるんだよ‼」
「うおっと⁉」
フィオーラからルシードを遠ざけるようにエミリオが。
白馬の王子様(ただし蔦による命綱つき)がやってきた。
「やぁ、小さき弟よ。しばらく見ない間に、ずいぶんと乗馬が上手くなったんだな」
「馬じゃない精霊様だ!!」
誇るように自慢するように、エミリオがルシードを見下ろしている。
「ふふん、見下ろされる気分は同だ? 僕は小さくなんてないからな!!」
「はは、そういう言動こそが、おまえが小さき弟である証明だよ」
「なんだって⁉」
からかわれたエミリオが、顔を真っ赤にして怒っている。
「弟よ、おまえも小さいとはいえ男なんだな。気になる相手の前で少しでも自分を大きく見せたいとは、いじらしいことじゃないか」
「うっ‼ ほっとけっ‼」
何やら図星を刺された様子のエミリオが、ルシードへと食い掛った。
「はは、僕は優しいからな。今日のところは、おまえに免じてこの場を譲ってやろう。フィオーラ殿、またお会いできる日を楽しみにしていますよ」
片目を閉じウィンクをすると、ルシードが去っていった。
去り際まで、どこまでもキザで胡散臭い様子だった。
「あいつは一体、なんのためにやってきたんだ?」
「……心当たりはありますが……」
確証はないため、フィオーラは続きを口にしなかった。
代わりに、エミリオへと礼を述べることにする。
「エミリオ殿下、助かりました。早がけの最中に、わざわざ戻ってきてくださったんですよね?」
「別に、おまえのためなんかじゃないからな」
エミリオに、ぷいと視線をそらされてしまった。
「あら、わかりやすい坊やね」
フィオーラの肩の上で、モモがうふふと小さく笑っていた。
「わかりやすいって、何がですか?」
「……あんた、他人の視線には敏感な癖に、ところどころとっても鈍いわよね」
やれやれと、なぜかモモにため息をつかれてしまった。
フィオーラが疑問に思っていると、エミリオの咳払いが響いた。
「それよりおまえ、そろそろおやつの時間だろう? お腹は空かないのか?」
「わかりました。今準備しますね」
持ってきた鞄の中身を、フィオーラは素早く広げた。
座るための敷き布と、手でつまめるクッキーやプチタルトだ。
艶やかなサクランボの輝くプチタルトに、エミリオは釘付けになっている。
「エミリオ殿下は、サクランボが好物だとお聞きしました」
「ありがとう‼ 大好きだぞ!!」
大きく頷いたエミリオだったが、ついでなぜか、赤くなってしまった。
「か、勘違いするなよ? 今のはおまえじゃなく、サクランボが好きだといっただけだからな?」
早口でまくし立てるエミリオに対して、
「あまーい‼ サクランボよりずっと、こっちの方が甘酸っぱいじゃない‼」
モモが何やら楽し気に、はやし立てている。
愛らしいモモンガの姿をしており、人々から崇められる精霊でもあるが、中身は姦しく俗っぽい性格の持ち主だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なぁなぁフィオーラ、精霊様は普段、何を食べてるんだ?」
タルトとクッキーを食べ終えたエミリオは、満腹で機嫌が良いようだ。
両手でクッキーを持って頬張るイズーを見ながら、フィオーラに話しかけてきた。
「イズーや精霊様たちは、綺麗な水と陽の光があれば、それで十分みたいです」
「え、水だけ? それじゃあ、お腹が膨れないじゃないか」
「精霊様たちは、世界樹の眷属……わかりやすく言うと、家族のようなものなんです。見た目は馬やイタチのようですが、世界樹に近い存在なので、肉や果物は必要ないみたいです」
「へぇ、そうなのか。でも……」
「うきゅっ⁉」
クッキーを頬張るイズーを、エミリオがつんつんと突いた。
「イズーはこんなにも、クッキーに夢中になって――――うわっ⁉」
つつかれたお返しとばかりに、イズーが小さなつむじ風を巻き起こした。
エミリオの赤毛が散らばり、鳥の巣のようになっている。
「イズーは、クッキーを気に入ってるんです。邪魔されたくないみたいですね」
「食い意地が張りすぎだろう……」
文句を言いつつも、イズーの食事の邪魔をして悪いと思っているようだ。
エミリオは髪を直し、頬を膨らましている。
「髪が乱れた。今日はもう帰る。明日も同じ時間に、フィオーラはくるんだろう?」
「……エミリオ殿下、そのことですが」
言いづらさを感じつつも、フィオーラは言葉を続けた。
「こうして私がここに来るのは、今日が最後になると思います」
「……なんだって?」




