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62話 令嬢は知識を望む


 フィオーラは、ディルツからの求婚をアルムに秘密にしていた。

 それはアルムに心配をかけさせないためであり、同時にディルツの求婚を受け入れる気が無く、アルムと話し合う必要がないからだった。


(……私もいずれ、誰かと結婚しなくてはならないかもしれないけれど、今はまだその時では無いわ)


 フィオーラはとうてい今の自分に、公爵夫人が務まるとは思えなかった。

 教団側としても、フィオーラにこの国の王族や、貴族に婚約して欲しくは無いようだ。


 既にフィオーラは王都の大樹に、イズーら何体もの精霊といった多くの力を、この国にもたらしている。


 世界樹の恵みとは本来、この世界全てにもたらされるべきものだ。

 これ以上この国に、フィオーラおよび世界樹の恩恵が及び独占状態になると、他国からの突き上げがまずくなるようだった。


(政治や外交は難しいけど、それくらいは私でもわかるものね……)


 フィオーラとしては、より多くの人のために、自分とアルムの力が役立てばいいと思うけれど。

 所持する力がけた外れに大きい以上、そう単純にはいかないようだ。

 フィオーラにできることは持ちうる力を正しく使えるよう、勉強し見分を広めることだった。


「アルム、この国の歴史や貴族関係について、先生に少しお話を聞いてきますね」


 フィオーラは護衛代わりのイズーを肩にのせ、部屋を出ていったのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あの、アルム様。フィオーラお嬢様を追いかけないんですか?」


 控えめな口調ながらもはっきりと、ノーラがアルムへと尋ねた。

 アルムはフィオーラの去っていった扉を、静かに見つめたままだった。

 

(フィオーラなら、イズーがついていれば大丈夫だ。……僕も一緒にいきたいが、今は少し様子が変だ……)


 自らの変調に、アルムは小さく首を捻った。

 先ほど、フィオーラの顔を間近で覗き込んだ時から。

 鼓動が不規則に跳ね、今も早鐘を打ったままだ。

 

 人間歴が浅く顔面筋が発達していないせいで表情にこそ出ていないが、内側はずいぶんとざわめいている。


(なんだ、この変化は?)


 人の姿をまねた以上、今のアルムには心臓や肺といった器官も備わっていた。


 ただしあくまで仮初。

 その証拠に血は透明で傷はすぐふさがり、肺を介さずとも呼吸できるあくまで形だけの仮の肉体だ。

 にもかかわらず、その形だけのはずの肉体が時折、不意に騒がしくなることがある。


(それはいつも、フィオーラといる時だった)


 今だってそうだ。

 フィオーラのことを思い心の内で名前を呼ぶと、途端に体が熱を帯びるのがわかった。


(理解できない現象だけど、不快ではないな……)


 むしろ心地よいくらいだ。

 もっとフィオーラの声が聴きたい、近くにいきたいと、熱に浮かされるように思うのだった。


(……けど問題は、理解できない現象がこれだけじゃないことだ)


 例えば数日前、フィオーラがハルツと話している時のことだ。

 ハルツの身の上話を聞き、フィオーラは彼のことを心配していた。


 心優しいフィオーラらしい行動だったが、フィオーラがハルツへと思いと視線を向けるたびに、なぜか意識がちりちりとした。


(あれは一体、なんだったんだろう……?)


 思い出すとアルムは今でも、落ち着かない気分になってしまう。

 ハルツのことを、不快に思っているわけではないはずだ。

 アルムにとって人間は、フィオーラとそれ以外でわけられる。

 そして『それ以外』の人間の中では、ハルツのことをそれなりに好ましく思っていた。


(ハルツはフィオーラを認め、あれこれと助けようとしていた。人間の尺度で行っても、優しく聡明な、一般的に好ましいとされる性格のはずだ)


 にも関わらず、ハルツとフィオーラが一緒にいると、アルムの体はざわついていた。


(ハルツは好ましい人間のはずだ。いや、それともだからこそ、こんなにざわつくのか?)


 矛盾した思考に、アルムは首を捻った。

 

「ハルツが人間として好ましいからこそ嫌だなんて、訳がわからない思考だな……」。


 整理しきれない心の内を、思わずアルムが口にすると、


「くふふ、青いわね熱いわね。それが若さっていうやつよ~~~」


 素早く、モモが合いの手を入れてくる。

 妙に楽しそうな様子に、なぜかアルムはむっとしてしまった。


「……何が言いたいんだ? 独り言なら、壁に向かって言ってくれないか?」

「もうっ、違うわよ鈍いわね。わざと聞かせてあげてるの。ヒントをあげてるんじゃない」

「僕は君に何も、頼んでいないし求めていないよ」 

「年長者の助言は受け取っておくものよ」


 言われてるうちが花なんだから、と。

 訳知り顔で、モモが小さな頭をうなずかせていた。


(なぜこいつは、僕にこんなにかまってくるんだ……?)


 アルムには解せなかった。

 まるで人間のように「お節介」を焼いてくる、人間ではないモモンガの姿をしたモモが。

 そしてどこかモモを拒絶できず、受け入れている自分のことも、アルムには不思議なのだった。


(世界は不思議であふれているんだな……)


 姦しいモモの言葉を聞きながら、世界樹の化身にして数多の軌跡を行使するアルムは、世界の不条理に思いを馳せたのだった。




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