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57話 令嬢は王子に口説かれる

「ケチくさいこと言うなよ。ほらっ、いただき――――うわおっ⁉」


 鞄へと手を伸ばした、エミリオの体が宙に浮く。

 蔦を操ったアルムの仕業だ。


「君、いつもいつも、呆れるくらいこりないよね」

「うわぉおぉぉっ⁉ はなせぇぇえぇっ‼」


 右へ左へ、エミリオの体が宙で何度も揺らされる。

 驚き悲鳴を上げていたエミリオだったが、楽しくなってきたらしい。

 途中からは興奮した声で、宙ぶらりんを楽しんでいた。


(殿下、逞しいですね……)


 意外なことにエミリオは、アルムにもそれなりに懐いている。


 アルムの方は、エミリオがいたずらしようとした時に止めているだけだが、エミリオにとってはそれも新鮮なようだ。


 王子という身分のせいで、エミリオは周囲から持ち上げられ、そして遠巻きにされて育っている。

 そんな中、遠慮なく自分に接するアルムに対しては文句を言いつつも、愉快に感じているようだ。


(アルムも一応、怪我はしないよう加減はしてくれているみたいだし)


 だからこそフィオーラも、安心して見ていられた。


 アルムは人ならざる存在。

 ほんの二か月ほど前に初めて人間の姿をとった、次期世界樹の化身だ。

 人ではないが故、主であるフィオーラを傷つける相手には容赦なかったが、無暗に力を振るう性格では無かった。


 その圧倒的で神秘的な美貌と、感情が表に出にくい性質のせいで近寄りがたい印象を与えるが、その心の内が温かなものであることを、今のフィオーラは知っていた。


(アルムは優しいし、エミリオ殿下もさびしいのでしょうね……)


 エミリオを生んだ母親、第三王妃は、数年前に病でこの世を去っている。

 自身も幼い頃に母親を亡くしているフィオーラは、エミリオの寂しさが嫌というほど理解できた。


(エミリオ殿下がわがままを言うのも、周りの人間の気を惹きたいからでしょうし)


 幼くして肉親を失った子供には、ありがちなことだった。

 だがエミリオは、生まれ持つ王子という身分のせいで、そえを受け止め、いさめてくれる人間がいなかったのだ。

 結果エミリオの寂しさは癒されることなく、ここまで育ってしまったのだった。

 

(……だからといって本当は、私なんかが殿下とこうして、気安くお話しすることは許されないはずだけど……)


 エミリオ側、より正確に言えば、彼の父親である、国王にも思惑があるようだった。


(国王陛下は、私と殿下が仲良くなることを望んでいらっしゃるんですよね)


 フィオーラは先日、この国の王太子であったセオドアに、強引に婚約を進められそうになっている。

 アルムたちのおかげで事なき得たが、その後もいくつもの婚約話が持ち込まれていた。

 今のところ全て断っているため、国王も考えを改めたらしい。


 人と人との繋がりは、婚姻によるものだけとは限らないのだ。

 世界樹の主であるフィオーラがエミリオに情を覚えれば、国王としても儲けものだと思っているのだ。


(……そして私は陛下の狙い通り、エミリオ殿下をほおっておけないと思っているわ。……私ではエミリオ殿下のお母様の、代わりにはなれないけれど)


 それでも少しだけでも、小さな王子の寂しさを癒す助けになれたらと、フィオーラは願うのだった。


「フィオーラ」


 物思いに沈むフィオーラの耳に、アルムの声が滑り込んだ。


「アルム、どうしたんですか?」

「誰か来る。知らない人間だ」


 アルムの言葉に、エミリオの護衛が身を固くする。


「……世界樹様、失礼ですが、どちらからその人間はやってきますか? 私どもの身では、気配が捉えられなくて」

「あっちの方だよ。木々がざわめいている」


 指し示された木は、これといったおかしな箇所も無く、風に梢をざわめかせている。

 人間にはただの葉擦れにしか聞こえない音も、アルムにとっては意味を持つのだ。

 やがて足音が聞こえ、一人の青年が姿を現した。


「おや、なんとも、美しいお嬢さんがいらっしゃるようだ」


 金の髪をうなじで結んだ、青い目をした青年だ。

 長身だが、首から上だけなら女性と見まがうような、優美な顔立ちをしている。


「どうだい、お嬢さん。このあと僕と、お茶を一杯楽しまないかい? 君の美しさを、存分に讃えさせてもらいたいんだ」

「えっと……」


 フィオーラは戸惑っていた。

 甘い言葉になれていないのもあるが、何より青年の存在を掴みかねていた。

 ここは王宮の奥庭であり、余人が簡単には足を踏み入れられない場所だ。


「フィオーラ・リスティスです。お名前を教えていただいても?」

「愛を語らうのに名前が必要かな? 君がいて僕がいる。それだけでいいと思わないかい?」


 くすりと、青年が肩をすくめ笑った。

 気障な仕草だが、甘く整った容姿のおかげでさまになっている。

 この手の駆け引きに慣れないフィオーラとしては、どう返せばよいかわからなかった。


「それとも、そんなにも僕のことが気になるの――――」

「ルシードお兄様‼」


 かっこをつけた青年の言葉は、エミリオにより遮られた。


「また昼間から仕事をさぼってるのか? フィオーラは今、僕と遊んでるんだぞ!」


 ルシード兄王子の行く手を塞ぐように、フィオーラの前へと立ちふさがるエミリオ。

 出鼻をくじかれた形になるルシードだったが、答えた様子もなくゆるい笑みを浮かべている。


「やぁ、小さき弟よ。遊ぶことは即ち仕事をすること。私は何も、手を抜いているわけでは無いよ」

「嘘つけ! 兄上の従者たちがいつも毎日、文句を言っているじゃないか」

「文句など、勝手に言わせておけばいいさ。役に立ちもしない小言に耳を傾けるより、僕は少しでも長く、美しいものに触れていたいからね」


 エミリオの抗議もどこ吹く風といった様子だ。

 ルシードはフィオーラへと、甘い笑みを浮かべ歩み寄ってくる。


「追い払おうか?」


 面白くなさそうに、アルムがそう呟いた。

 フィオーラのことを思ってだが、相手はこの国の王子だ。

 どうするべきか、フィオーラが迷っていると、


「ひひんっ‼」


 ティグルのいななきが響き、蹄の音が違づいてきた。。





お読みいただきありがとうございます。

次話は明日火曜の夜に更新予定です。

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