54話 令嬢は王宮に招かれる
招待状が届いてから五日後。
準備を整えたフィオーラは、アルムらとともに王宮へと向かうことになった。
「きゅいっ?」
馬車の中で、イズーがはしゃぎ回っている。
久しぶりのフィオーラとの外出に楽しそうなイズーの首には、ぐるりと青いリボンが巻かれていた。
イズーは精霊だが、見た目はイタチとそっくりだ。
よく見れば、左前脚に精霊の証である花が一輪咲いているが、初見ではやはりわかりにくかった。
青いリボンは、野生のイタチと勘違いされないためのものだ。
緊張感を欠片も感じさせないイズーを見ていると、フィオーラも少し気が楽になってくる。
「心配せず、どーんと構えてればいいのよ。どーんとね。女は度胸なんだから」
ドレスの隠しから、モモの声がする。
イズーとは違い外に出ず、こっそりとフィオーラについて来てくれるらしい。
ちなみにモモにも念のため、首に赤いリボンを巻いてある。
出かける前に、鏡の前で丹念にリボンの結び目を確認するモモの姿は、夜会の準備に励む貴婦人のようだったのである。
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「おぬしが、新たなる世界樹の主となったフィオーラ・リスティスか」
呼びかけに、フィオーラはドレスの裾を引き礼をする。
付け焼刃な礼儀作法だが、教えられた通りに出来たはずだった。
眼前に座すのは、ティーディシア王国の第13第国王、バルクメル・ティーディシアその人だ。
(一体、どんな方なのかと恐れていましたけど……)
思ったより話しやすそうな雰囲気だ。
一国の国王であり、あのセオドアの父だからと、前日の夜からずっと緊張していたが、取り越し苦労だったのかもしれない。
国王は、息子であるセオドアよりもやや色の濃い金茶の髪をした、気さくな初老の男性だった。
「こたびは馬鹿息子のセオドアが、多大な迷惑をかけてしまいすまなかったな」
「恐れ多いお言葉です。こちらこそ、陛下の足元である王都に、いきなり巨木を生やしてしまい、驚かせてしまったかと思います」
「ははっ、気に病まんでも良いぞ。待ち合わせに良い目印が出来たと、王都の民たちも喜んでいたからな」
和やかに会話を続ける。予定通りの流れだ。
フィオーラには、事前に国王の手のものから、謁見の間でどんな話題を持ちかけられるか通達されているので、ある程度受け答えの準備ができていた。
国王側としても、フィオーラ達とは良好な関係を築いていきたいようで、セオドアの件について険悪になることも無い。
「……ふむ。しかし喜ばしいことだな。新たなる世界樹の主がわが国民の中から選ばれ、しかもかように美しい乙女だったとは、わしにとっては望外の幸運だ」
国王はフィオーラを褒め会話を締めくくると、次にアルムへと話を向けた。
「して、その方が、次代の世界樹であるのだな? 銀に緑の色が滲む髪とは、世界に二人といないであろう、稀にして麗しい姿をしているな」
「初めまして、陛下。僕は人間じゃないから、称賛の言葉は不要だよ」
国王に対しても、アルムはいつも通りだった。
敬意は見せず無表情で。
だからと言って相手を蔑むでも無く淡々と、投げかけられた言葉に返答していた。
国王に対するものとは到底思えないざっくりとした応対。
フィオーラは心配になってしまったが、国王は気分を害した様子も無かった。
アルムは人ではないし、格で言えば王に勝るとも劣らない世界樹だ。国王と対等な物言いで接しても、認められるようだった。
アルムと国王のやり取りを見守っていると、再び会話がフィオーラへと振られた。
「フィオーラよ。おぬしの年は、17歳であっているな?」
「はい」
少し恥ずかしくなり、フィオーラは身を縮こませた。
フィオーラは長年の家族からの冷遇が祟って、発育が人より悪かった。
最近は、食事事情なども改善されマシになってきたが、同じ年の令嬢と比べるとまだ、17歳には見えなかったのかもしれない。
王の御前で失礼がないように精一杯着飾っていたが、かえって肉体の貧弱さが目立っているのかもしれなかった。
「ん? どうした? 何か気にかかることでもあるのか?」
「いえ、すみません。大丈夫です」
「そうか……。あまり、暗い顔をするでないぞ。おぬしは17歳。花も恥じらう年頃だ。おぬしにだって、好いた相手の一人や二人おるだろう?」
なるほど、この話題につなげたかったのか、と。
フィオーラは納得していた。
事前の通達には無かった会話内容だが、ある意味予想の範囲内。どう答えるべきかも、ハルツ司教たちと打ち合わせ済みだ。
17歳は結婚適齢期の真っただ中で、フィオーラは婚約者もいない身の上。
フィオーラを味方に引き入れようとした時、婚約を考え付くのは自然な流れだ。
「……残念ながら、私に浮いた話はございません。つい先日、婚約者との関係は白紙に戻りましたし、その後セオドア殿下との件もありましたから、しばらくは独り身の自由を満喫したいと思います」
「……そうか。うむ。ならば仕方が無いな」
国王はあっさりと引き下がった。
国王には5人の王子がいたが、フィオーラはセオドアのやらかしを持ちだし、婚約者は不要だと言ったのだ。
国王といえど、王子のいずれかと婚約者に、などと。
フィオーラに無理に持ち掛けることは出来ないはずだった。
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国王との謁見を終えたフィオーラは、王宮の奥庭へと招かれていた。
奥庭の一角、美しく整備されたその場所に、一本の木が聳え立っている。
以前よりこの国に存在する、ただ一本の精霊樹だ。
(この精霊樹に精霊を実らせれば、より多くの人を黒の獣から守れるはず……)
国王から持ち掛けられた願いだ。
教団の上層部は最初、フィオーラの力を出し渋っていたが、国王の依頼を引き受け恩を売る方向で話がまとまったらしい。
フィオーラとしても、自分の力が役立つのは願ってもいない状況だ。
精霊樹の幹に触れ、思いを込め樹歌を歌いあげる。
今日フィオーラが実らせた精霊には、王都から丸二日ほどの距離の、黒の獣の被害が多い場所に向かってもらう予定だ。
遠くへと向かうならば、大型で足が速い獣の姿の精霊が生まれると良い。
そんな願いが通じたのか、実ったのは大きな、フィオーラの背丈ほどもある銀の果実だった。




