52話 令嬢は侍女と再会する
「フィオーラお嬢様っ!!」
「ノーラっ!!」
久しぶりに見る侍女の姿に、フィオーラは笑みを浮かべ駆け寄った。
もしかしたら、もう会えないかもと思っていただけに、再会の喜びもひとしおだ。
ノーラは今まで、ヘンリーの友人がこっそりと匿ってくれていたらしい。
ノーラが、フィオーラに対する人質として使われるかもと、早々にヘンリーが手を回してくれたからだった。
「ノーラにはこれから、フィオーラ様付きの侍女として働いてもらうつもりですが、いいでしょうか?」
「はい、ハルツ様。色々と手配していただき、ありがとうございました」
礼を告げた後、さっそくノーラと共に、フィオーラに与えられた部屋に向かうことになった。
ノーラはフィオーラと共に部屋に入り――――アルムもついてくるのに驚いていた。
「申し訳ありません。アルム様は男性です。部屋の外でお待ちしていただけませんか?」
「ノーラ、アルムなら大丈夫よ。いつも一緒に部屋にいるもの」
「えっ……?」
ノーラが訝し気に固まっていた。
(やっぱり、そういう反応になりますよね……)
年頃の男女にしか見えないアルムとフィオーラが、部屋を同じにしているのは異例の状況だ。
改めて指摘されると、やはり少し恥ずかしい。
アルムの方には、邪気や下心が無いのは理解しているからこそ、フィオーラ一人が意識しているようで恥ずしさが強くなっていく。
羞恥心を誤魔化すように、フィオーラは口を開いた。
「アルムと私の生活について、まだ聞かされていなかったですか? 軽く説明すると―――――」
アルムと出会ってからの簡単な経緯や、彼がフィオーラのことを守ろうと、常に付き従っていることを説明する。
ノーラは一通り話を聞き終えると、アルムに向かい大きく頭を下げた。
「フィオーラお嬢様の恩人と知らず、失礼をして申し訳ありませんでしたっ!!」
「気にしてないから、さっさと頭を上げてくれ」
無表情なアルムの言葉に、ノーラの背がびくりと震えた。
「ノーラ、怖がらないで。アルムは怒っているわけじゃないの。これがいつもの、彼の口調なんです」
フィオーラはノーラを安心させるように言った。
アルムはフィオーラ以外に対しては、無表情で感情の色がうかがえないのが普通だ。
温度の無い声のせいで、不機嫌だと誤解されてしまいがちだが、アルム本人に悪意や敵意は無かった。
フィオーラを害そうとしない限り、アルムは良く言えば寛容。おおらかと言える対応をしていた。
「そうだったんですか……。アルム様はお顔もお声もとんでもなく綺麗ですから、ただ普通にしているだけで、つい相手に身構えられてしまうのかもしれませんね」
納得しているノーラへ、イズーとモモのことも紹介していく。
ノーラは小動物が好きで、イズーともすぐに打ち解けたようだった。
揺れるノーラの一つ結びの髪の毛に、イズーが楽しそうにじゃれている。
一通り親交が深まった後は、今後の予定についてノーラに話すことにした。
「私たちはしばらく、この王都の教団支部に滞在するつもりです。いつまでここに居るかはわかりませんが、短くても一か月は他に移らないと思います」
セオドアとの一件があってから十日目。
ようやく少しずつ、王都も落ち着きを取り戻してきたようだった。
王都に巨大な木を生やしたことで、アルムの力が多くの人に知られることなった。
教団には今日も、各方面からの問い合わせが舞い込んでいるようで、ハルツ司教も忙しそうにしている。
(私も、せっかく樹歌が使える様になったのですから、誰かの力になりたいのですが……)
王都は平和だが、先代の世界樹の力が弱まってきている影響で、黒の獣の被害が出ている地域もあった。
フィオーラの樹歌が役立つはずだが、現実はなかなか上手く行かない。
フィオーラの、そしてアルムの持つ力が抜きんでていると知られたせいだ。
もし今、うっかり王都を歩けば注目を浴び、たちまち取り囲まれ動けなくなってしまう。
だからと言って、王都の外に出ることは、国王が難色を示しているらしく、教団の上層部との話し合いが繰り返されているらしい。
アルムの主となり、巨大な力を得たとはいえ、政治に関してフィオーラは素人だ。
勝手に動き回り、ハルツ司教らに迷惑をかけることも憚れて、大人しく教団の建物の中に閉じこもっていた。
(早く、外に出られるようになりたいです。ゆくゆくは、先代の世界樹の元を訪れる必要もあるみたいですし……)
先代の世界樹の力は衰えてきている。
今日明日すぐに、ということは無いが、数年のうちに先代の世界樹の元をアルムが訪れ、代替わりの儀式を行う必要があると聞いている。
まだ切羽づまった話ではないが、旅の途中でどんな不測の事態があるかわからないため、早めに準備をしたいところだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
フィオーラの思いとは裏腹に、それから十日間が、外に出ることも無く過ぎていった。
籠の鳥だが、ただぼんやりとしているわけにもいかなかった。
礼儀作法、国の歴史、千年樹教団の教義と組織のあり方……。
様々な知識教養を、フィオーラは勉強させられていた。
世界樹の主として公の場に出た際、無学では恥をかくだろうという、教団側からの計らいだ。
(つ、疲れました……)
ぐったりと、フィオーラは長椅子にもたれかかった。
勉強は嫌いではない。
知識を得る機会を与えられ、ありがたいとも思っている。
だがしかし、短期間でフィオーラに一通りの教養を叩きこむべく、教育日程はとても過密だ。
教師陣が有能なおかげか、今のところ予定通り勉強は進んでいるらしいが、疲労はフィオーラに蓄積していく。
「フィオーラお嬢様、お疲れ様です。紅茶をお飲みになりますか?」
「お願いします」
ノーラの手から、紅茶の茶器を受け取る。
口にすると少しだけ、疲労がまぎれる気がした。
つい先ほどまで、みっちりと淑女の礼儀作法を学んでいたところだ。
その間、イズーは退屈だったせいか、今は膝の上に乗ってじゃれてきている。
モモは、そんなイズーのことを、『落ち着きのないお子様ね』と言わんばかりに見つめ、丸くなっている。
アルムの姿はここにない。
フィオーラの守りをイズーとモモに任せ、少し別行動で用事を済ましていた。
「フィオーラ、ただいま。今日の分の薔薇を持ってきたよ」
ふわりと漂う香りと、薄紅の薔薇を携え、アルムが帰ってきたようだった。
おかげさまでこのたび、本作の書籍版が発売されることとなりました!
読んでくださった皆様、感想や誤字報告をくださった皆様、ありがとうございます!!
書籍化に伴い、タイトルを少し変更いたしました。
書籍版はドラゴンノベルスより雲屋ゆきお様のイラストと書き下ろしの番外編付きで
6月5日(金)に発売されますので、そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。




