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51話 令嬢は王太子の行く末を聞く


 ミレアについての話の後。

 話題はフィオーラ誘拐事件の首謀者であるセオドアの処遇へと移り替わる。


「国王陛下はセオドア殿下のことを、廃嫡なさるそうです」


 ハルツ司教が静かに告げた。

 一伯爵令嬢であったミレアの身の振り方とは違い、王族の進退に関わる話だ。

 フィオーラは恐る恐る、ハルツ司教へと尋ねることにする。


「私の誘拐事件の、責任を取るためでしょうか?」

「もちろん、それが一番大きな理由です。今回の事件に、国王陛下や国の上層部は関わっておらず、セオドア殿下の独断専行だったそうです。以前から慕っていたフィオーラ様を手に入れ、世界樹であるアルム様の力をも手中に収めようと、暴走してしまったようです」


 セオドアの暴走。

 彼の危ういまなざしを思い出し、フィオーラは小さく唾を呑み込んだ。

 セオドアは決して、フィオーラを憎んでいたわけでは無かった。


 愛していたからこその行動。

 しかし彼の瞳には、フィオーラ本人は映っていなかった。

 自分の思い描く理想の女性を、フィオーラに押し付けていただけだ。


(思えばセオドア殿下に対しては、前から苦手意識があったんですよね……)


 セオドアは、家族に虐げられていたフィオーラにも優しくしてくれていたが、なぜか心を許すことが出来なかった。

 苦手意識の理由は、セオドアが義母リムエラやミレアと同じ、金髪紫眼の持ち主だからと思い込んでいた。


(でも、違った。教団で出会ったタリアさんも金髪紫眼だったけど、打ち解けることが出来ました)


 セオドアへの心の壁が消えなかったのは、彼の危うい本性を薄々感じ取っていたからかもしれない。

 今のフィオーラには、そう思えてならないのだった。


「……セオドア殿下は廃嫡された後、どうなさるおつもりなのでしょうか?」

「王都からは離れられるそうです。それが、廃嫡のもう一つの理由でもありますからね」

「もう一つの理由……?」

「あの木ですよ」


 ハルツ司教が窓を指し示す。

 良く晴れた空に、巨木が葉をそよがせているのが見える。

 今や、王都のどこにいても目視できる、アルムが生み出した大木だ。


「セオドア殿下はあの日以来、大きな木を見ると全身が震えるが出るようになってしまったんですよ。それに、二階以上の高い場所に上ることもできなくなって、とても王都や王宮では暮らせないと、地方に下り静養なさることになったのです」


 巨大な樹木と、高所に対する恐怖症。

 どう考えても、アルムに大木から落とされた影響だ。


「それと、これは公にはされていませんが……。どうもセオドア殿下は、フィオーラ様に対しても、巨木や高所に対するのと同じような拒絶反応が出るそうです」

「私に対する、拒絶反応……」

「フィオーラ様の名前が耳に入ると、『あんな野蛮な女だと思わなかった。醜い化け物使いは近寄るな』、と。聞くに堪えない罵詈雑言を吐きながら震えているそうです」

「…………」


 何と言っていいかわからず、フィオーラが黙り込んでいると、


「やっぱりあいつ、もう一度木の上から落とそうか? 今度は命綱は無しの方向で」


 無表情で呟くアルムの声と、


「女に振られた腹いせに、女を下げる男はロクな奴じゃないわよ」


 小声で毒づくモモの声が耳に入る。


「アルム、落ち着いてください。……私は、これで良かったのだと思います」


  王都で暮らせなくなったセオドアは気の毒だ。

 だが、彼がフィオーラのこともまとめて嫌ってくれたおかげで、これ以上執着されることは無くなった。


 廃嫡となる以上、王太子の時のように人を動かすのも不可能だ。

 この先セオドアが、フィオーラに何かすることは難しいはず。

 フィオーラは一つ息をつき、誘拐事件に一つの区切りがついたのに安心したのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 フィオーラが安堵を浮かべたのと同じころ。

 事件の当事者の一人である、リムエラは唇を噛みしめていた。


 「フィオーラっ……!!」


 その名は、リムエラから全てを奪っていく憎い仇のものだ。

 金銭と名誉を奪われ、娘のミレアまでもがリムエラを見捨てた。


 伯爵家の財産であった美術品、リムエラの誇るドレスのコレクションもほとんどが売り払われ、屋敷は寂しく空っぽだ。

 

 リムエラに残されたのは、フィオーラへ向ける憎しみだけだった。

 それが八つ当たりでしかない、身勝手な怨恨であろうとも。

 リムエラにとってはただ一つ、身の内を焦がす憎悪の炎こそが真実だった。


「許さない……!! 絶対にあの娘を、幸せになんてさせないわ……!!」


 どす黒い感情を吐き出し、リムエラは唇を釣り上げた。


 リムエラに失うものは何も無かった。

 望みはただ、フィオーラを――――憎しみ抜いた女の娘であるフィオーラを、絶望へと叩き落すことだけだ。


 どんな手段を使おうと構わない。

 今までは保身を考え、使わなかった切り札だってあるのだ。


「待ってなさいよ、フィオーラ。母親の因果が身を蝕むと、いずれ必ず思い知らさせてやるわ」


  哄笑を上げるリムエラ。

 黒々とした誓いを聞き届けたのは、壁にかけられた古ぼけた額縁だけだった。


 ――――リムエラの執念がフィオーラの元に届くのは、しばし後のことになるのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 親の因果が、と言うなら正に自分の娘の有様がそうだろうに
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